【第四章 五年前の少年】 『第19話 残された手紙』
地下保管庫は静まり返っていた。
古びた封筒。
表には、
『白石千尋 遺品』
と記されている。
二十五年前の紙は黄ばんでいた。
角は擦り切れ、
長い時間を閉じ込めてきたことを物語っている。
美咲は息を整えた。
慎重に封筒を開く。
中には数枚の書類と、一通の手紙が入っていた。
薄い便箋。
丸みのある文字。
女子高校生らしい筆跡だった。
「手紙……」
相沢が呟く。
美咲はゆっくり読み始めた。
『お母さんへ』
たった五文字で。
地下保管庫の空気が変わった。
『ごめんなさい』
『先に謝ります』
『私、もう疲れました』
美咲の指先が震える。
『お母さんは悪くありません』
『先生たちも悪くありません』
『悪いのは私です』
神谷は顔を歪めた。
結衣も俯く。
知っている。
助けを求められなくなった子どもは、
最後に自分を責める。
『誰かに迷惑をかけるのが怖いです』
『みんな困った顔をします』
『だから私が消えれば終わると思いました』
地下室の空気が重くなる。
誰も声を出せない。
美咲は読み続ける。
『でも一つだけ嘘があります』
『本当は死にたくありません』
神谷は目を閉じた。
『本当は助けてほしいです』
『本当は怖いです』
『本当は生きたいです』
結衣の肩が小さく震えた。
まるで。
二十五年前の少女と。
二年前の少女が。
重なったようだった。
『でももう無理です』
『だから』
『もし誰かがこの手紙を読むなら』
『お願いがあります』
美咲は唾を飲み込んだ。
『私みたいな子を』
『もう増やさないでください』
沈黙。
その一文だけで十分だった。
二十五年という時間が。
一気に現実になる。
手紙はそこで終わっていた。
誰もすぐには話せなかった。
やがて。
教頭がぽつりと言う。
「彼女は優秀な生徒でした」
「明るくて」
「絵が上手で」
「誰からも好かれていた」
教頭の声は掠れていた。
「事故死だと発表された」
「学校もそう説明した」
「でも」
そこで言葉が止まる。
神谷は気付いた。
教頭は知っている。
二十五年前の真実を。
「でも?」
美咲が問いかける。
教頭は苦しそうに目を閉じた。
「彼女は」
「事故ではありませんでした」
地下保管庫の空気が凍る。
「自殺ですか」
相沢が尋ねる。
教頭は首を横に振った。
「違う」
「じゃあ何なんですか」
長い沈黙。
そして。
教頭は震える声で言った。
「私たちも分からないんです」
全員が顔を上げる。
「え?」
「遺体発見現場が異常だった」
「警察も」
「学校も」
「説明できなかった」
神谷の胸がざわつく。
説明できない死。
まただ。
結衣。
自分。
そして千尋。
何かが共通している。
その時。
手紙の封筒から、
もう一枚小さな紙片が落ちた。
誰も気付かなかった紙。
美咲が拾い上げる。
そこには走り書きで一行だけ。
『三浦先生は知っています』
全員が凍り付いた。
三浦修司。
二十五年前。
朝倉結衣。
高坂家。
神谷の死。
すべての中心にいる男。
神谷は確信した。
次に会うべき相手は。
三浦修司しかいない。
しかし。
その時だった。
地下保管庫の外から、
足音が聞こえた。
一人ではない。
二人。
三人。
ゆっくり近づいてくる。
そして誰かが言った。
「資料室の明かりが点いている」
「まだ中にいるぞ」
美咲の顔色が変わる。
見つかった。
神谷は咄嗟に叫ぶ。
「逃げろ!」
もちろん声は届かない。
だが次の瞬間。
地下室の扉が勢いよく開いた。
懐中電灯の光が差し込む。
そこに立っていた人物を見て、
教頭の顔から血の気が消えた。
「三浦……」
入口に立っていた男は、
静かに微笑んでいた。




