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【第7回HJ大賞応募作】あなたを殺したのは私です―死んだ教師が暴く、最後の真実―  作者: 鷹司 怜


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【第四章 五年前の少年】  『第16話 助けを求めた生徒』


 暗闇だった。


 何も見えない。


 何も聞こえない。


 ただ遠くから雨音だけが響いている。


 神谷はその音を知っていた。


 五年前。


 あの日の雨だ。


「先生」


 小さな声。


 振り返る。


 廊下の端に一人の少年が立っていた。


 制服姿。


 痩せた身体。


 青白い顔。


 高坂遼。


 忘れるはずがなかった。


「遼……」


 少年は笑わない。


 ただ静かに神谷を見つめている。


「思い出してください」


 その声と同時に。


 景色が変わった。


 五年前。


 六月。


 神谷はまだ三十二歳だった。


 教師になって八年目。


 若かった。


 理想もあった。


 生徒は必ず救える。


 そう信じていた。


 その日。


 放課後の職員室。


「神谷先生」


 呼ばれて顔を上げる。


 そこにいたのは高坂遼だった。


 一年生。


 目立たない生徒。


 成績は中程度。


 欠席が少し多い。


 ただ。


 神谷には気になることがあった。


 痣。


 首筋。


 腕。


 頬。


 本人は転んだと言う。


 だが教師なら分かる。


 あれは違う。


「どうした?」


 神谷が尋ねる。


 遼はしばらく黙っていた。


 そして。


 震える声で言った。


「先生」


「帰りたくないです」


 神谷の心臓が止まりそうになった。


 その一言だけで十分だった。


 教師なら分かる。


 これはSOSだ。


 助けてほしい。


 でも助けてと言えない。


 子ども特有の叫びだった。


「何があった」


 遼は(うつむ)く。


 沈黙。


 長い沈黙。


 そして。


「父さんが」


 言葉が止まる。


「父さんが……」


 それ以上は言えなかった。


 だが。


 十分だった。


 神谷はその日のうちに学年主任へ報告した。


 スクールカウンセラーにも相談した。


 児童相談所にも連絡した。


 手順通りだった。


 教師として正しかった。


 少なくとも。


 その時はそう思った。


 数日後。


 高坂家への訪問が行われた。


 父親は激怒した。


『余計なことをしやがって』


『教師のくせに』


『家族を壊す気か』


 神谷は今でも覚えている。


 あの目を。


 憎悪。


 殺意。


 絶望。


 全部混ざった目だった。


 その後。


 遼は一時保護された。


 学校では問題解決とされた。


 だが。


 半年後。


 高坂の父親は自殺した。


 神谷は言葉を失った。


 自分が通報したからか。


 自分が家庭を壊したのか。


 何度も考えた。


 だが答えは出なかった。


 そこで記憶が途切れる。


 神谷は暗闇の中で立ち尽くしていた。


 遼がこちらを見る。


「先生」


「本当にそれだけでしたか」


「え?」


「先生は知らない」


「父が死んだ後のことを」


 神谷の胸がざわつく。


 知らない?


 何を。


 その時。


 遼の後ろに人影が現れた。


 背の高い男。


 黒い傘。


 スーツ姿。


 三浦修司。


 男は微笑んでいた。


 いや。


 笑っているように見えた。


 その目だけは。


 全く笑っていなかった。


「神谷先生」


 三浦が口を開く。


「あなたは善人だ」


「だから気付けなかった」


「人を救うということが」


「誰かを壊すことでもあると」


 次の瞬間。


 世界が崩れた。


 神谷ははっと目を開く。


 地下保管庫だった。


 停電から数秒しか経っていない。


 しかし。


 神谷の中では違った。


 忘れていた記憶が戻り始めていた。


 高坂遼。


 高坂の父。


 三浦修司。


 この三人は。


 どこかで繋がっている。


 そして。


 自分の死にも――。


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