【第三章 消された記録】 『第14話 夜の資料室』
インターホンの前に立っていた男は二十代半ばくらいだった。
痩せた身体。
疲れ切った顔。
だが、その目だけは異様なほど真剣だった。
「突然すみません」
男は深く頭を下げた。
「僕は相沢亮介といいます」
美咲は警戒を解かない。
「十三人目の生徒って……」
男は苦しそうに頷いた。
「正確には」
「十三人目になるはずだった生徒です」
意味が分からない。
だが相沢は鞄から古びた手帳を取り出した。
神谷の字だった。
「神谷先生から預かりました」
その言葉に美咲の表情が変わる。
「いつ?」
「亡くなる前日です」
神谷も息を呑んだ。
覚えていない。
だが自分の手帳だった。
「先生は気付いていました」
相沢は言う。
「学校の資料室に何かあるって」
「資料室?」
「旧校舎地下保管庫」
その言葉を聞いた瞬間。
神谷の頭に激しい痛みが走った。
旧校舎。
地下。
埃だらけの棚。
積み上げられた段ボール。
懐中電灯の光。
断片的な記憶。
「思い出した……」
結衣が振り返る。
「先生?」
「俺は行ったんだ」
「死ぬ前に」
「資料室へ」
そして。
何かを見つけた。
そこから先だけが思い出せない。
「神谷先生は」
相沢が続ける。
「証拠を見つけたと言っていました」
「証拠?」
「十二件全部を繋ぐ証拠です」
部屋が静まり返る。
「どこにあるんですか」
美咲が尋ねる。
相沢は首を振った。
「分かりません」
「でも先生は言っていました」
『もし俺が消されたら』
『資料室を調べろ』
神谷の胸がざわつく。
その言葉。
確かに自分が言った。
だが。
誰に消されると思っていたのか。
まだ思い出せない。
その夜。
美咲は決断した。
「行きます」
相沢が驚く。
「今からですか?」
「主人が命を懸けたんです」
美咲の声は静かだった。
だが強かった。
「知りたいんです」
「全部」
午後十一時五十分。
青葉高校。
昼間とは別世界だった。
校舎は闇に沈んでいる。
風が木々を揺らしていた。
正門は閉まっている。
相沢は慣れた様子で裏門へ向かった。
「警備員は一人だけです」
「巡回は一時間おき」
美咲は思わず聞く。
「どうしてそんなことを知ってるんですか」
相沢は苦笑した。
「僕も探していたからです」
「ずっと」
その言葉に。
神谷は違和感を覚えた。
ずっと?
何を?
だが考える時間はない。
四人は校舎へ入った。
美咲。
相沢。
そして誰にも見えない神谷と結衣。
旧校舎は使われていない。
空気が重い。
湿気の匂いがする。
地下へ続く階段を下りる。
ギシギシと音が鳴った。
その時だった。
神谷が足を止める。
「ここだ」
「先生?」
結衣が聞く。
「思い出した」
地下廊下の突き当たり。
記憶が蘇る。
死の前日。
自分はここにいた。
そして。
誰かと会った。
顔は見えない。
だが。
知っている人物だった。
『先生』
その声が蘇る。
『これ以上はやめてください』
『命を落とします』
神谷の顔が青ざめる。
脅されていた。
死ぬ前から。
その瞬間。
地下保管庫の扉が開いた。
美咲と相沢が懐中電灯を向ける。
大量の段ボール。
古い資料。
廃棄予定の記録。
そして。
部屋の奥。
一つだけ新しい金属製キャビネット。
不自然だった。
明らかに新しい。
「これ……」
美咲が近づく。
鍵は壊されていた。
ゆっくり開く。
中にはファイルが一冊。
表紙に赤い文字。
『特別管理案件』
そして。
その下に記された名前を見た瞬間。
全員が凍り付いた。
朝倉結衣
高坂遼
神谷悠真
そして。
最後の一行。
『次期対象者 神谷美咲』
美咲の手から懐中電灯が落ちた。
その瞬間。
地下室の電気が一斉に点灯する。
眩しい光。
そして入口から拍手が響いた。
パン。
パン。
パン。
「そこまでです」
低い男の声。
振り返った美咲の顔から血の気が引いた。
入口に立っていたのは――
青葉高校教頭だった。




