第二騎士団はあなたの味方です
第三騎士団の男は、訓練場の空気を舐めるように嗅いでから、わざとらしく肩をすくめた。
「いやぁ……最近、第二騎士団長室に任せたはずの書類が、戻されることが多くてですね?」
任せたとは上手い言い方をするものだ。
アデルハイト団長は何を言われているのかわからない顔で俺を見ようとする。だが、後ろにいた二人の第三騎士団の騎士が、手にした束を軽く掲げる。
見覚えがある。俺が元帥閣下の机に投げ込んだやつだ。
「こちらの備品紛失の顛末書。こちらの配膳人の欠員補充。こちらの飼料発注。修繕申請」
男は一枚一枚、指で弾く。
「第二騎士団の決裁じゃないので返却します。だそうですね。ふふ、随分ご立派になったものだ」
アデルハイト団長の目が、赤く細くなる。
「用件はそれだけか?」
「用件は簡単です」
第三騎士団の騎士は、笑ったまま言った。
「第二騎士団長殿は元帥家の侯爵令嬢だ。コネで団長になったんでしょ? そういう風に我々は理解しています。なら、書類くらい手伝ってくれてもいいでしょ? 我々は訓練と街の警邏で忙しいんですよ。わかってくれますよね?」
周りの第二騎士団の空気が、ぴり、と刺さる。
見習いの列も息を止めた。
団長が何かを発する前に、俺の口が先に動いた。
「それはおかしいですね」
第三騎士団の騎士が、俺を見た。
「……見習いが口を挟むな!」
「すみません。現在は、団長つきの雑用係をしております。その書類を返したのも俺です」
俺はゆっくり前に出る。
団長の前じゃない。横に並ぶ。
「あなた方の理屈だと、こうですよね。コネで団長になったのだから、雑用も全部背負えと?」
第三騎士団の騎士は鼻で笑った。
「そうだが?」
「じゃあ、逆に聞きます」
俺は、真っ直ぐ見た。
「あなたたちは団長より強いんですか?」
訓練場が、しん、と静まった。
第三騎士団の騎士の眉が跳ねる。
「は?」
「団長は強いです。指揮もできる。現場も回せる。あなた方が押し付けた書類をやりながらでも、訓練をしているあなた方よりも強くて仕事ができる」
「なっ?!」
「……それを全部やった上で、他部署の雑用まで背負えと? もしも、あなた方雑魚が書類仕事をすれば、王国騎士団はもっと助かるんですよ。それが理解できませんか?」
俺は肩をすくめた。完全に第三騎士団の騎士を煽っている。だが、元帥室に突撃をかけた時に比べれば何も怖くない。
「あなた方は何をするんです? 訓練? 警邏? 書類仕事もできないのに、あなた方が訓練して団長より強くなれるんですか? 書類仕事もしていないのに、本当に警邏の仕事をしているんですか? どうせどこかでサボっているんじゃないですか? 今もくだらないことを言いにきて、サボっていますしね」
第三騎士団の騎士の顔色が変わる。後ろの二人が、剣に手をかけた。
「貴様……」
「ああ、わざと煽ってますよ。分かりやすくね。第三騎士団はこれまで第二騎士団をコケにしてきた」
俺の言葉に第二騎士団の空気がピリッとする。
「あなた方に騎士の誇りもない」
俺は、わざと口角を上げた。
「コネとか言って恥ずかしくないですか? 実力があるから団長なんですよ。そんなことも理解できないですか? 理屈は届かないですか?」
「貴様、そこまで我々を愚弄してタダで済むと思うなよ!」
第三騎士団の先頭にいた者が剣に手をかける。
俺は自分が殴られてもいいと思っていた。
だが団長が、俺の横から低い声を落とす。
「ホート」
「はい」
「……お前は何を言っているんだ?」
団長は理解できない顔をしている。
俺に対して勝手なことをしたと団長は怒るだろうか?
「団長、すみません。俺はアデルハイト団長では判断できないと思った書類を、第三騎士団に戻させていただきました」
「この間のあれか?」
「はい。本来、アデルハイト団長が判断できない仕事です。第三騎士団の仕事を返しただけですが、その難癖をつけにきたようです。仕事を戻しただけですが、文句を言いにきたようです」
「そういうことか」
団長が、俺の行いを理解してくれた。
好きにしてみろという視線を向けてくれる。
だから、俺は第三騎士団の騎士に二択を提供する。
「決闘しますか? 今すぐ撤回して謝罪しますか?」
第三騎士団の騎士が笑った。怒りの笑いだ。
「いいだろう。貴様を八つ裂きにしてやる」
「なんで俺がやると思ったんですか? あなた方が証明するのは、団長とあなた方の実力です」
団長の赤い瞳が、獰猛な光を放つ。
これまで鬱憤を溜め続けてきた。
その相手が目の前にいるんだ。
「団長、すみません。俺では荷が重いので助けてください」
戦ってもいい。俺だって怒りは感じている。
だけど、これは俺の戦いじゃない。
女性には負担をかけてもいいと姉は言っていた。
「ああ、任せろ」
団長が前に出る。第三騎士団の騎士は引くかと思ったが、どうやら俺の煽りによって頭に血が昇っているようだ。
「……望み通りにしてやる」
第三騎士団の騎士が前に出る。後ろの二人も剣に手をかけていた。
「三人同時に相手をしてやる。ありがたく思え」
第三騎士団の騎士は本当に騎士としてのプライドがないようだ。
三対一の戦い。
周囲がざわつく。卑怯だ。だが、第三騎士団の騎士たちはそういう連中だと自分たちで言っている。俺は団長を見た。
「かまわない」
団長の鎧の金具が鳴った。
俺は、胸の奥で一瞬だけ躊躇した。
負担をかける。
だけど、ここで団長が折れたら、全部が元に戻る。
「……アデルハイト団長。お願いします。信じています」
「ああ、私はアデルハイト・フォン・グラーツだ! 問題ない」
団長は笑っていた。
剣を抜く音が、訓練場の空気を切った。
瞬間、第三騎士団の騎士が踏み込んだ。二人も左右から挟む。連携の形は綺麗だ。
だが団長は、その形の前提を壊した。
最初の一歩が違う。早いのに、重い。
俺が戦っても一度も当てることができなかった。
美しき剣となった団長の姿がそこにあった。
視界に赤い髪が走ったと思った次の瞬間、第三騎士団の騎士は宙を舞っていた。
「……え?」
声にならない声。団長の剣は止まらない。回転。踏み込み。返し。左の男の足元が崩れる。膝が落ちる。背中から地面。
右の男が慌てて距離を取ろうとした瞬間、団長が剣を当てるだけで終わらせた。
胸じゃない。肩口。鎧の隙間じゃない。骨に響く一撃。
「ぐっ……!」
第三騎士団の騎士が倒れる。最後に残った先頭にいた騎士は、顔を真っ青にして構え直した。だが、もう遅い。団長が一歩。圧で息が詰まる。剣が閃き。
第三騎士団の騎士の視界が揺れた。剣が落ちる。
そして、地面に落ちた。
瞬殺。
訓練場にいた全員が、言葉を失った。団長は剣先を下げ、息ひとつ乱さず言った。
「確認は終わったか? 貴様らの団長であるスネークに伝えよ。今後、余計なことをするなら容赦はしない」
「……っ」
第三騎士団の騎士は呻いた。誇りごと折られた顔で。
その瞬間、第二騎士団の騎士たちが動いた。
団長を守る盾となって、前に出て壁になる。
副騎士団長バインドが、低い声で言った。
「今後、文句があるなら我々に言ってもらおう」
「グラーツ団長に文句があるなら俺たちに言え」
「そうだ! 俺たちの団長は強いんだ!」
「お前たちも騎士なら、ちゃんと仕事ぐらいしろよ」
第二騎士団の騎士たちが一斉に頷く。
「団長は第二騎士団の指揮官だ」
「余計な雑音を入れるな」
「仕事を押し付けるなら、今度は俺たちが押し返す」
第三騎士団の騎士三人は、第二騎士団に囲まれて青ざめていく。
起き上がっても、前に壁がある。
団長まで届かない。顔だけが、怒りと恐怖と屈辱で歪む。
「……覚えていろよ!」
それでも負け犬の遠吠えのように、第二騎士団をかき分けて逃げていく。
「次はありませんよ」
俺の言葉に、周囲から笑いが起きた。
第三騎士団の騎士たちは、無様に逃げるように去っていく。
背中に、第二騎士団の視線が刺さる。
「アデルハイト団長。かっこよかったですよ。それと守っていただきありがとうございます」
俺は団長に礼を伝える。
団長は何とも言えない顔をして、最後に笑みを向けてくれた。
♢
あの日以降、団長室に書類の地獄は戻らなかった。
元帥が裏から働いてくれて、第二騎士団の受付で止まる。担当部署へ流れ、誰かが悪意で押し付けようとしても、第二騎士団の騎士たちが団長を守るために動いてくれる。
アデルハイト団長も、薄々は分かり始めている。
でも、何も言わない。
ただ、訓練場に立つ時間が増えた。
見習いに声をかけることが増えた。
騎士たちに指示を出すことが増えた。
アデルハイト団長の本来あるべき居場所が、ようやく戻ってきた。
俺の第二騎士団での研修が終わりに近づいている。
午前、書類。
昼、食堂。
午後、訓練。
夜、特別訓練。
団長の剣は相変わらず理不尽で、俺は相変わらず、揺れるものに視線を向けてしまって怒鳴られる。
「ホート! どこを見ている!」
「見てません!」
「嘘だ!」
「……風です!」
「言い訳が雑だ!!」
そのたびに、第二騎士団で笑いが起きる。
笑える空気が戻った。それが、嬉しかった。
研修の終わり。
俺がしていた仕事は、本来の第二騎士団の騎士から秘書が選ばれて引き継がれた。
女性の隊員が選ばれて、俺では解決できなかった団長の女性としての悩みも解決できるだろう。
訓練場の夕暮れ。団長は剣を収め、俺を見下ろした。
「ホート」
「はい」
「……お前は、なかなかに見どころがある」
その言葉は、初日よりずっと軽い。重さじゃない。温度がある。
俺は背筋を伸ばす。
「はっ! ありがとうございます。アデルハイト団長に鍛えられたおかげです」
「ふん。素直でよろしい」
アデルハイト団長は、わずかに口元を緩めた。
「……次の騎士団に行くのか?」
「はい。見習いの規定ですから」
「そうか」
赤い瞳が、ほんの少しだけ細くなる。
俺は、姉の言葉を思い出して、わざと軽い調子で聞いてみた。
「二択です」
「……なんだ?」
「また会いたいですか? それとも俺とは会いたくないですか?」
「ううう……貴様は本当に鬼だな。会うに決まっているだろう!」
即答だった。
俺は、笑いそうになって、咳払いで誤魔化した。
「次は私の専属になりたいと言わせてやる」
「そうであったらいいですね」
団長は踵を返す。夕陽が鎧を赤く染めていた。
その背中は、もう書類の山には沈まない。
俺は剣を握り直して、空を見上げた。
アデルハイト団長が、王国一の美女なのか答えは出なかった。
でも、魅力的な女性であると俺は思う。
一本の剣として戦場に立つ団長は、美しい。




