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小説 王国一の美女と結婚してみせろと幼馴染に言われたので、 真面目に自分磨きをしていたら女性を沼らせてしまった件  作者: イコ


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失ったものの大きさ 1

sideリナ・カーホイ


 王都の朝は、冷たい。


 窓を開けた瞬間、薄い霧みたいな空気が部屋に入り込んで、私は反射で鼻をしかめた。


 ……寒い。嫌い。布団が恋しい。


 でも、宮廷魔術師見習いになった以上、寝坊は許されない。


 許されない、はずなのに。


「……やばい」


 机の上に積まれた紙束を見て、私は思わず呟いた。


 提出期限が今日。正確に言うと、今日だと思う。


 いつもはホートが教えてくれるから名前を書くだけでよかった。


 紙がどれも似たような色で、どれがどれだか分からない。


 封蝋が付いているものが優先? 違う。たぶん違う。封蝋が付いているのは偉い人宛て? でも偉い人は急ぎじゃないかもしれない。


 頭がぐちゃぐちゃになる。


 ……ああ、こういう時。


 ホートなら、迷わずに仕分けして、期限と重要度を並べてくれていた。


 私に「これだけやればいい」って、線を引いてくれた。


 そうして私は魔法の勉強だけをしていればよかった。


 ……ホートが卒業して実家に戻ったことは聞いた。


「どうして私のところに来ないのよ!」


 朝から怒りをぶつけながら、なんとか服を着替えて化粧をした。


 いつもなら、ホートが朝食の用意をしてくれて、髪を整えてくれたはずなのに……。


 宮廷魔術師見習いの詰所は、王城の奥にある。


 石造りの廊下を歩くだけで肩が凝る。視線が多い。私が、どこの出身で、誰の推薦で、どれくらい使えるかを見られている。


 私は、そういうのは得意だった。


 いつも人から注目を集めていた。


「リナ、おはよう。君、ローブの紐がほどけているぞ」


 背後から声。マグナム・フラーボ・ギャラクティカが声をかけてきた。


 大柄で、礼儀正しくて、真面目な男。


 私はちらりと視線を下げて、あ、と息を呑んだ。


「おはようございます……いつからですか?」

「私が見たときには」


 ……最悪だ。顔が熱くなる。私は慌てて結び直す。


「ありがとうございます」

「気をつけろ。見習いだからといって、みっともないのは印象が悪い」


 正論。正論が刺さる。


 ホートなら、結ぶ前に気づいて直してくれていた。


 いや、違う。ホートは私が紐をほどいたままにしないように、最初から結んでくれていた。


 ……当たり前に、支えられていた。


 私は歩きながら、胸の奥が少しだけ痛くなるのを感じた。



 詰所に入ると、雑談の輪が出来ていた。


 宮廷魔術師は噂が好きだ。仕事の話より、噂の方が流れが早い。


「聞いた?」

「第二騎士団の団長様の話?」

「アデルハイト様よね。あの……若くして騎士団長に上り詰めた侯爵令嬢様」


 私は、ぴくりと反応する。


 アデルハイト第二騎士団長。


 侯爵令嬢で、元帥家の出身。剣の才能が高く、指揮官としても有名な騎士だ。


 何よりも私と違って胸が大きくて。いや、そこはいい。……いや、よくない。噂がそこに集中するから、よくない。


「最近、団長様が見習いを連れ歩いてるんだって」

「見習い? 騎士見習い?」

「そう。名前がね、ホート・ルベルっていう子らしいよ」


 私は、足が止まりそうになった。


 ホート? ホート・ルベル? その名前が耳に入った瞬間、世界が一瞬だけ遠くなる。


 ……嘘。


 あいつが、王都に戻って、騎士見習いになっているのは知ってる。


 でも、第二騎士団長が連れ歩いているって、何?


 私の知っているホートは、いつも少し困った顔で、私の散らかった机の上を静かに片付けて、黙って紅茶を淹れて、私の忘れ物を追いかけて持ってきてくれた。


 優しくて、目立たないつまらない男だった。


 ……そのホートがどうして噂の第二騎士団長の側にいるの?


「団長様、どこに行くにも連れてるんだって」

「団長室にも、訓練にも、食堂にも」

「一緒に昼も食べてるらしい」

「え、団長様が食堂で? 信じられない。あの人って男性嫌いって有名だよね?」


 笑い声が起きる。


 私は、笑えなかった。


 胸の奥が、じわじわと冷えていく。


 ……なに、それ。


 私が知らないところで、ホートは誰かの隣にいる?


 しかも、王国で一、二を争う美人で、有名な女性の隣にいるの?



「リナ」


 ディアスの声がして、私は現実に引き戻される。


 ディアスは同級生で、父親が騎士であり、今は従士として王城の中で訓練をしている。


 学園での成績は剣の実技で首席であり、周りからも人気がある。なのに本人は無駄口が少なくて、余計に近くにいると落ち着かない。


「今朝の課題、終わってるか?」

「……終わってるわよ」

「目が泳いでるが」


 うるさい。マグナムが横で腕を組んで言う。


「提出物の封筒が逆だ。宛名が内側に入っている」

「……は?」


 私は封筒を見て固まった。


 本当だ。封筒の折り方を間違えている。これ、どうするの。開けたら破ける。破けたら怒られる。怒られたら、いや、怒られるのはいい。恥ずかしいのが嫌。


 私は、ふらっと椅子に座りそうになる。


 その時、脳裏にホートの声が浮かんだ。


『リナ、封筒はこう。ほら、折り目をここに』

『急いでるときほど、手順を固定しろ』


 ……私は、固定してなかった。


 全部、ホートがやってくれてた。


 その事実が、じわっと腹の底に落ちてきて、吐き気に近いものが込み上げた。


「大丈夫か?」

「ええ、大丈夫よ」


 私は二人に手を振って、距離を取った。


 今までとは違う環境、ホートのいない日々。


 ギリっと私は奥歯を噛み締めた。

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