七、キミヘのコクハク
午後からの授業は、昼食時に彼女が言った、可愛いという言葉が胸に引っかかったまま、そのことばかりを考えて過ごしていた。
今まで必死に努力を重ね、誰からも好まれるように作ってきた私を、可愛いと言う
言葉で表現したのだ。
どんな意図でそのような表現になったのだろうか?
私の何をみて。
しかし、少なくとも瑛は私の男装女子に惹かれたわけではない、という事なのは
わかった。
暫く考えてみたが答えは出ず、それなら本人に聞いた方が早いのではと至った。
放課後、駅までの道を並んで歩いていく。
「昼間に言ってたことだけど」
相手の様子を伺いながら、言葉を絞りだした。
「昼間?」
「その、私のことが可愛いって…」
ああ と瑛はそれがどうしたのとでもいうように不思議な顔をする。
「その、自分でいうのもなんだけど、私はいわゆる男装女子で」
なんだか、自分で言っていて恥ずかしいぞ。
「ええ そうね」
「かっこよく繕っていても、可愛いと言われるような事は出来る限り見せずにいたと思うけど」
私の言葉をきいて瑛は軽く目を見開いた後、表情を少し曇らせた。
「私はあなたの顔が好きだと言ったわ。覚えてる?」
水族館で言ったことだろう。
「ああ。うん。覚えてるよ」
その言葉に少なからず、何故か気持ちが沈んだことも。
彼女は妙に気まずそうに、目を逸らしながらぽつぽつと呟くように話しだす。
「あれは別に表面上の事を言ったわけではなくて。笠倉さんやほかの女子たちが思っているカッコいい美鈴ではなく、あなたがあなたらしくいる時の顔の美鈴が好きなの。でも最近、あなたが努力して作り上げてきた美鈴も、あなたの一部なんだわって考えていたら、私がやっていることはただの傲慢だと気づいて。もしかしたら、笠倉さんの言っていた『並ぶとお似合い』という言葉が正しくて、あなたが大切にしてきたものを私が邪魔しているのかもしれない」
「それは…!」
違うと言いかけたところで、彼女が言葉を続ける。
「でも、花火大会のお誘いをはっきりと断ってくれた。更に、公の前で誘ってくれたことがとても嬉しくて、やっぱり私は、美鈴という人間が好きなのよ。例えどんな容姿をしていたとしても」
思ってもみなかった言葉に、また顔から火でも出そうな程の告白を聞き、私は全身に熱が灯ったように熱くなる。
直ぐには言葉が出てこなかった。彼女の告白に、今、私が感じた気持ちをそのまま表現するには、陳腐な言葉しか出ない気がした。
しかしこの時、私はある決意を胸に秘め『また、明日の放課後に話しがしたい』とだけ伝えて別れた。
翌日は朝から何事も無く一日が過ぎた。
ただ、私自身は朝から、昨日決意をしたことを実行するために、一日中そのことばかり考えていた。
彼女は、私が私らしくいる時の顔に惹かれたといった。
姿形はどうだとしても。決してそれは、男装をしている私でなくてもということだ。
彼女はどう思うだろうか。
今、私がやろうとしていることは、相手を試すようなことだ。
今までの自分をまるで否定するかのような姿に、戸惑いと、緊張と、不安と、焦りと、期待と、高揚感と、開放感とほかにも様々な感情が混ざり合っている。
あまりに色々な感情が襲ってくるため、何かが込み上げてきそうだ。
唇がまるで磁石にでもなったかのようにきゅっと噛みしめていた。
放課後、彼女を誰もいない教室へ呼んだ。
先ほどから自分の中で沸いている沢山の感情を抑え込み、彼女の前に立つ。
彼女は私の姿を捉え、特に変わった様子もなくただ静かに佇んでいる。
「初めてみるわね。どうしたのソレは?」
ソレというのは、私が今穿いている女子の制服スカートの事だ。
「運動部の子に借りた」
「そう」
「それはあなたがあなたらしくいられる事?」
瑛が何かを決意したような表情で問いかけてくる。
「わからない。でも…瑛にはこの先、可能性としてあり得る私の姿を見せるべきだと思った」
そう。別にこれからの学校生活でスカートを穿こうとか思っているわけではない。
ただ、男装していても私は女子であるということ。
この先、日常でもスカートを穿く日がくるかわからないけれど、どんな姿でも瑛に
見せていきたいという覚悟だと思う。
「私も見くびられたものね」
ひとつため息をつくと、私の方へゆっくりと近づいてくる。
そして、次の瞬間には彼女の両手でがっしりと頭を捕まれ、唇に柔らかいものが触
れた。
湿った僅かに暖かい温度を感じた瞬間、一気に体温が上昇し体中が熱くなる。
「忘れないで。どんな格好をしていてもあなたが好きって。でもあなたが心から笑っ
ていなければ意味がないわ。だから、私に笑顔を頂戴」
その言葉に、今までの感情が一気に解放された気持ちになった。
ああ 参った。
私は、一度唇をきゅっと引き締め一息吸ったたあと頬を緩め、意を決して一言告げた。
「あきら、私はあなたが好きだ」
私の告白に、瑛は瞳を細め口元を綻ばせる。
この時私は、今まで生きてきた中で一番の笑顔を彼女に捧げた。
ー完ー




