四、イルカデート
6月吉日。
初夏の鮮やかな青い空を雲がところどころ模様のように彩る中、橙色のキャップに浅葱色のフードつきパーカー、藍色のデニムパンツに紺のスニーカーという出で立ちで、駅前にある誰が創ったかわからない、何かの動物のようなオブジェの前で彼女を待っている。
初めてのデートで、何とも言えない緊張感が体を包む。女子たちとは出かけることはあるが、その全てがグループ行動で、特定の誰かと二人っきりで出かけるということが初の経験なのだ。
初めてのデートが、岩中さんとは。なんとも複雑な気分だ。
今更だけど、好きかもわからないのにデートなんて、もしかして非常に失礼なことをしているのでは?と頭を抱える。
いや、しかし…。期間限定といえ付き合うと決めた以上は、デートをして相手の事を知らないとその後がどうしたらいいのかもわからない。
腕を組みながら「もんもん」とそんなことを考えていると、すっとよこから落ち着いた涼しげな声が空気を震わす。
「おまたせ」
現れた岩中さんは、髪を緩めに大きく三つ編みに結い、若竹色の麻のワンピースに、山桃色のカンカン帽子を被り、ペタンコパンプスの姿で現れた。
このまま黙っていればどこかのお嬢様にみえてくる。元来、整った容姿であるため、更にそれを強調している佇まいだ。
何か物珍しいものでも見た気分。正直少しの間、見とれていたところ、行きましょう、と促され岩中さんの後について水族館のゲートの方へ向かう。
あ そういえば。この場合は、私がリードした方がいいのだろうか?
と疑問に思ったが、颯爽と行動する彼女には必要がないのだろうと感じた。
水族館のチケット窓口へと進むと、前方で等身大のパネルに視線がいった。
そこにいるのは、恋するイルカちゃん‼
恋するイルカちゃんとは、海の中からいつも人間をみているうちに陸での生活に興味を持ち、人間に扮して上陸しては色々とトラブルを起こしていくという、今、大人気のアニメだ。
パネルの詳細をみるとこの水族館でコラボをやっているようで、至る所にパネルが飾られコラボ雑貨も販売中だと表記がある。
ほしい!
おもわず目がキラキラと輝く。しかし、岩中さんの目の前で可愛いキャラグッズを購入するのは少々勇気がいる。
変に思われないかな?
どうにかして隙をみて購入が出来ないかと策をめぐらす。
そうこうしている内に窓口についた。
「千二百円です」
入場料を払ってチケットを受け取ると、期間限定デザインでウインクをしているイルカちゃんのイラストが、紙面の半分は覆い尽くす程の大きさで載っていた。
ぐううう かわいい♪
今の自分の表情はきっと頬が緩み切って怪しい人物になっているに違いない。
やばい!私の自制心はもつのか?
そしてその後も、行く先々でイルカちゃんコラボと遭遇しては、その都度悶えじぬという試練に耐えることとなる。
十一時からのイルカショーに、人間バージョンのイルカちゃんに扮した調教師が、アニメの名場面を再現するというイベントがあるという。
何それ⁉
見たい‼
胸中では、音楽ライブにでも参加したかのように踊りまくっている。
はっ⁉
岩中さんの様子はどうだろう。
イルカショーに興味はあるだろうか?
疑問に思って様子を伺うと、予想とは違った反応をしていた。物凄く目が輝いている。
えっ?
「岩中さん?」
「わたし、可愛い物にめがないの」
きりっとした笑顔の気持ちの良い返答に思わず、ふっと笑顔で口角が上がる。
「じゃあ、イルカショーを見に行こう」
彼女は親指を立ててグッと微笑む。
それを見て、更に表情筋が緩みそうになる。気づかぬ内に私は手を差し出し、エスコートするように彼女と手をつないでいた。
イルカショーを間近で見たいために、急いで特別席を探して座った。
もちろん、レインコートの購入は忘れずに。
登場した調教師のお姉さんは、アニメに出てくるイルカちゃんそのものの姿で、音声は録音された声優さんの声だった。
お姉さんが、指示を出すと複数のイルカたちは空中にぶら下がっている輪っかを、華麗なジャンプで潜り抜けていく。その度に、喝采がわき水しぶきの音と合わさる。
そうのうち、小さなイルカが近づいてきて私たちの目の前で、大きく弾けた。
同時に水のシャワーを私たち二人を含め、周りにいた十数人の人達が浴びることとなる。
『もう。いたずらしちゃダメでしょ』
と、お姉さんに窘めながらもイルカたちはキュィーと声を出すと、スイスイと円をえがくように泳いでいる。レインコートを着ていたため、ずぶ濡れになることはなかったが、髪に少しかかった水が滴り、お互い顔を見合わせて笑いあった。
タオルも購入していたので、軽く髪を拭きながら昼食について相談しあう。
「昼食だけれど、館内のカフェでコラボをしているから行きましょう」
「コラボ!」
「ええ。恋するイルカちゃんとのコラボカフェよ」
ふふふ と彼女は怪しい笑みを浮かべながら、パンフレットをのぞき込んでいる。
??どういう、微笑みだ??
その笑顔の意味は、注文後に明らかとなる。
カフェの前まで来るとそれなりに人が並んでいた。
皆、コラボ目的だろうか?売り切れだけはやめてくれー!
私たちも受付欄に記名すると、コラボメニューの冊子を手に取り内容を確認した。
飲み物とメイン、スウィーツがそれぞれ三種類ずつある。
さて何にしようかと考えていると、岩中さんがキランと目を輝かせながらこちらをみつめてくる。
「全種類注文してシェアしましょ!」
「はい?」
全種類?何言ってんだこの人。
冗談だろと思って相手をじっと見つめると、その目は真剣で訴えてくる気迫が凄まじい。
「もちろん私の方が多く食べると思うから、三七で大丈夫よ」
まじですか。
冗談だろうと思って適当に了承したが、その後二十分程待って席に案内され、本当に全種類注文した時には、開いた口が塞がらなかった。
注文した料理が並べられる。
シェアするため取り皿をもらい、何から食べようかと悩む。
すると頭上からカシャカシャとシャッターの音がした。
角度を変えながら真剣に、被写体を捉えている。
その姿が妙にいじらしくて、思わずふふふと鼻で微笑んでいた。
「こっちのカレーも撮る?」
カレーを指さしながら声をかけると、キラキラとした目でこちらを向きうんうんと頷く。
その仕草が人懐っこい小型犬のようで、アハハと声に出して笑うことを堪えきれなかった。
「岩中さんは写真を撮る派なんだね」
カレーを渡しながら、その写真を後で送って欲しいとついでに頼む。
彼女は受け取りながら、私の頼み事には笑顔で答え、問いかけには僅かに首を横にふる。
「いいえ。普段は取らないけれど、今日は特別」
配置を決めて再びスマホを構える。
彼女の意外な一面を見た。と思ったが直ぐに、いや違うなと考えなおした。
意外な一面?というほど彼女の事を知らない。これは彼女の事を知るためのデートだ。
そこまで考えて、今のところ見てきた彼女の姿はどうだったろうかと思い出す。
うん。彼女に対して嫌な感情はない。いや、むしろ妙な相似点があって話が合う。しかも、自分の中でそれが楽しいと感じている。
よし!
これからの二人について、少し前進したい気持ちが湧いてきた。
「あのさ」
「ん?」
写真撮影もひと段落ついたのだろうか、彼女のスパゲッティを取り分けていた手が止まる。相手は不思議な顔で『何?』とこちらをみる。
「瑛て読んでも良いかな?」
少し緊張して、相手の様子を伺う。
恋人として考えるにはまだ、感情がわからない。でも、友人としているのは楽しいと感じる。それなら、名前呼びはいいきっかけになる気がした。
「当然でしょ。私は美鈴って呼んでるし」
相手も躊躇することなく受け入れてくれる。
お互いにふふと微笑みあう。
「ところで。気になってたんだけど。私のどこを好きになったのかを聞いても良い?」
彼女は少し思案するように視線を泳がせる。
「そうね…顔。かしら?」
少し悩んだようにして、出てきた言葉がそれだった。
その単語に正直、うっ、と妙な汗がでた。
顔というワードに底しれぬ不安が湧き出た。妙な焦燥感が滲みだす。瑛も男装女子をしている私が好きだ、ということだろうか。
今まで好感度を上げるために、沢山の努力をした。メイクについてもそうだ。
毎日ケアは怠らず、爽やかイケメンを目指して勉強した。なのに今、瑛に『顔』だと言われて自己肯定を作るための行為が「それで本当にあっていたのか?」という疑問が駆けぬけた。
いや、大丈夫だ。私は間違っていない。
自分を誇示するように、心の中で何度も呟いた。
昼食を済ませた後、キャラグッズ売り場へと赴いた。
そこでも、瑛は瞳を輝かせながら売り場を何周もしていた。
ふと、文房具売り場で足を止め、一点を物凄くガン見している。
「どうしたの?」
不思議に思い声をかけると、何かを差し出しながら返事がくる。
「これが欲しいわ」
彼女の手元を見ると、持っているのは水色のイルカが夜の海を背景にジャンプして
いるイラストが描かれているシャーペンだ。
夜の背景には金のラメで星が加工されている。
あ、可愛い。
よく見ると彼女の手にはもう一つシャーペンが握られている。
そちらは色違いでイルカが桃色だ。
まさか。
と思った時には既に私の手の中には桃色イルカのシャーペンが握られていた。
「いやいや。逆じゃないの⁉」
すると瑛はえっと訝しげな顔をした後、何事もなかったようにレジに並んだ。
ええー! これは学校で使用するには勇気がいるぞ。
むむむぅと考えたが、ここで買わないのも水を差すようで、グッと一度シャーペン
を強く握りしめた後、意を決してレジへと並んだ。
その後はショッピングモールへ移動し、参考書が欲しくて書店へ付き合ってもらい
気付けば程よく帰宅する時間になっていた。
電車に乗りそれぞの最寄り駅まででこのデートは終わる。
「今日は楽しかった。また学校でも話をしたいんだけど」
改めて言うと、なんだか少し照れる。
「ええ。私も」
明日は日曜日だ。会うこともできる。
誘うべきだろうか。
正直、お付き合い(仮)というものが初めてで、どのような距離の詰め方が正しい
のかわからない。
それでも意を決して聞いてみる。
「明日だけど。時間はあいてるかな?」
「ごめんなさい。バイトがあるの」
「え、あ、そっか。頑張って」
思わず拍子抜けしてしまった。
少し気まずくなったかと思ったが、瑛がふっと微かに笑っているのが感じられて、
帳消しになった。
「ええ。ありがとう」
瑛は緩く微笑むとそっと私の胸に持たれた。
そして『メールするわ』と呟く。
その仕草に緊張と動揺が飛びこんでくる。
そして彼女は、そこから何か考えこんでいたのか口数が減っていった。
この時、彼女が何を考えているのかなど気に留める余裕もなく、彼女が下りる駅に着くまでただひたすら、激しく高鳴っている心臓が相手に伝わるんじゃないかと気が気ではなかった。その時、クチナシの香りが彼女から漂ってきた。自分の感情がその香りとともに、全身にしみわたっていくような錯覚がした。
そのため、そこで彼女がかすかに聞こえるかどうかの声音で呟いた
『美鈴は笠倉さんと花火大会に行くのかしら?』
という、言葉を聞き逃してしまっていた。
就寝前に送られてきた写真は、コラボメニューと一緒に写った私の写真で、私も瑛との写真を撮るべきだったと、僅かな悔しさを残しながら眠りについた。




