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さようなら

 おかあさんもおとうさんも、忙しいのに毎日顔をみせにきてくれる。

 だいすきです。

 ありがとう。


 でも、

 だいすきだから、

 これからの事を考えるとおそろしいのです。

 患ってしまったからだのせいで

 これからかける迷惑の事、

 わたしが終わるまでのじかんの事。


 だれも悪くなんてない。だれも恨んでなんかない。

 わたしが、こわくなったのです。

 わたしが、逃げ出したくなったのです。


 わたしは、

 わたしの意思で、わたしのからだが動くうちに、


 さようならをしたいと思うのです。


 親不幸でごめんなさい。

 たくさんたくさん愛してもらいました。


 ありがとう。


 怖くないといえば嘘になるけれど、大丈夫。





 だって




「は?天国?」

「天国じゃなくってもいいけど、天国が一番イメージしやすいんじゃないかなあ。死んだ後のせかい?俺もよく分からないんだけど」


ヨシノが淡々と語る。


「死んでからも在り続けられるって、信じた子がいたんだ」


隆弘さんは茶化さずに黙ってヨシノの話を聞いている。


「俺の友達。話したよね、ユウの恋人の綾ちゃん。難しい病気でずっと入院してたから、信じたっていうか。そう信じたかったんだろうなって、思うけど」


灰花さんが忙しなく私達の同級生を抱えて芝生と運動場を行き来している。


「信じて、自殺選んじゃった」


隆弘さんの眉がピクリと動いたように見えたがヨシノは表情一つ変えず続ける。


「綾が生前にね、昔の友達に会いたいってずっと言ってたんだ。同窓会が開かれる頃に病状が進行して会えなかったら俺が会わせてあげるって。連れて行くって約束しちゃってさ。でもその前に死んじゃって」


ヨシノが苦笑する。


「綾が死んでもまた会えるって信じて死んだんだから、連れて行ってあげなくちゃ」

隆弘さんがヨシノの言葉を遮るように大きなため息をついた。動けたなら今にもヨシノを一発ぶん殴りそうな剣幕をしている。

「お前が馬鹿な事はよぉく分かった」


肩を竦めてくすりとヨシノは笑う。


「綾が死んでもまた会えるって信じたからユウも信じた。綾が死んで自暴自棄になってたからね、今回の件あっさり付き合ってくれたよ。一人でそんな大人数連れてくなんて大変だから助かっちゃった!」


つまり私のためにヨシノはこんなとんでもない事をしでかしてくれたのか。

確かに約束はしたけれど。コイツは約束したら何が何でも守り通す奴だったけど。昔からそんな奴だったけど。


「大変だったけど、偶然知り合った君達を呼んだだけで全く予定通りに事が運ばなくって、最高に楽しい同窓会になっちゃったよ!ありがと!」


隆弘さんは黙り込んで俯く。


「…さっきの質問」

「うん」

「悪ぃけど俺は天国だ死後のせかいだなんてもん、信じてねえよ。素晴らしきかな、人生だ」

「だろうと思った!いいんだよ、二人はそんな空想論理解してほしいなんて思ってないから。そう自分に言い聞かせて逃げたかっただけなんだろうから」

「でも、お前は信じたんだな。その友達とやらのために、そんな馬鹿げた思春期特有の妄想を」


まったくガキだぜ…と隆弘さんに言われてヨシノはきょとんとした。

次いで、軽快に笑いながら答えた。


「信じてる訳ないじゃん」



音楽室の方から何かが崩れる音がする。


「ねえ隆弘クン、もう一つ教えてあげようか」


音がした方に顔を向けていた隆弘さんが視線だけでヨシノをとらえる。


「音楽室の下はね、調理室になってるの。ここに来る前に立ち寄ってガス漏れさせといたんだよ」

「ッ」


斉賀さんがコンパウントボウを投げ出して駈け出す。何か叫ぼうとしていたが音楽室の床が抜け落ちる轟音にかき消された。


「あはは、あははは!」


ヨシノは今日一日見せていた楽しそうな笑顔そのままで無邪気に笑った。


「不幸なガス爆発事故が起こるね!」


辺りを爆音と閃光が包み込んだ。



けたたましい爆発音と地響きがしてたまらず瞑っていた目を開けると壁が吹き飛んだらしく小学校の中身が剥き出しになっていた。校舎の中は火の海だった。

辺りにはがれきが飛び散って火が至る所に燃え移って被害を拡大していく。

なんて現実味のない光景なんだ。映画でしか観た事ないぞ。


「う…ッ」


隆弘さんのうめき声が聞こえた。

一番校舎にいたのだ、爆発の衝撃で飛散したガラス片や瓦礫が直撃したのだろう、隆弘さんの背中は血に塗れていた。


「隆弘!大丈夫か!」


幸い生徒達を運動場の奥へ運ぶため校舎から遠ざかっていた灰花さんが惨状に怯まず掛け寄る。


「灰花…原稿の続きを…頼む…」

「こんな時にまで冗談吐いてんじゃねえ!はったおすぞ!」

「すまん」

「ひどい怪我だな…動けるか」

「俺よりも先にガキ共を」


灰花さんがまだ移動させられずにいる数人に視線をやる。未だ意識が戻らない彼らにも火の手が近づいているし煙の量も尋常ではない。また爆発が起きないとは限らない。

けれど一刻の猶予もないというのに一度に全員は運べない。その事実に灰花さんは歯軋りをする。


「灰花君!」


突然黒のカムリが灰花さん達の目の前に現れて急停止する。煙で視界が悪くて距離感が分からないのだろう、危うく二人に直撃するところだった。

運転席には斉賀さんの姿があった。ヨシノによってフロントガラスが砕かれているためよく見える。


「この車に全員乗せて!」


彼も爆発の衝撃を受けたのだろうところどころ怪我をしているように見えた。


「斉賀!こんな燃えてるとこに車近づけたら危ねえぞ!」

「お前一人で一度にその人数運べるのかよ」


 助手席には声の主、くるが座っていた。ぐったりしていて顔色が悪い。


「お前しかまともに動けないんだから、口答えしてないでさっさとしろ」

「は、はい!」


灰花さんがキレの良い返事をして意識の戻らない生徒達の元へ駆けて行く。


「なぁ、この車どうしたんだよ」


隆弘さんが震える足で立ち上がりながら二人にたずねている。


「職員室で残業してた先生に借りてきました」

「よく貸してくれたな」

「ちょっと力づくでね」


場を和ませるためだろうか。えへ!と斉賀さんはおちゃらけていた。

ユウが先程職員室を覗いた時先生が倒れていると言っていた。斉賀さんに強襲されて鍵をくすねられたってとこだろう。

この人やっぱり穏やかじゃない。


「車の中に隠れててって言ったのに、運動場を爆走してるのが見えた時は驚いちゃったよ。くる君運転出来たんだね」

「斉賀さんの運転いつも見てるし。アイツらの顔見てたら腹立ってきて」


それでも運転しちゃいけないだろ無免許。

それにしてもコイツ本気でヨシノ達にぶつけるつもりだったのか、怖い。


「その車の持ち主の先生も連れだして来ねえとな!」


灰花さんが数人を担いで戻ってきた。後部座席の扉を開けて押し込む。


「灰花、あと何人だ」

「2人!先生の事も俺に任せて隆弘も乗ってろよ!」


言いながら灰花さんは再び煙の中に消えていく。


「今度アイツには飯奢ってやらねえとな」

「そうだね。ほら、隆弘君も乗って」


隆弘さんは運転席の斉賀さんを見て深く深くため息をついた。


「ユウー、いつまでものびてないで起きてー」


ヨシノの呑気な声に振り向くと、ヨシノはユウの頭を小突いていた。

矢が刺さっていた右肩と左足からは血が垂れ落ちていて、ヨシノが移動した道筋を沿うように点々と赤黒い滴が続いている。矢は折って身体から引き抜いたのだろう、2つに折れた矢が2本散らばっている。

ヨシノが困ったように斉賀さんを見る。


「一体どんなどつき方したのさ」

「コツがあるんだよ」


斉賀さんは柔らかい表情をしているのにどこか冷めた口調だった。


「ヨシノ、お前どうするつもりだよ」

「爆発事故に巻き込まれた大勢のうちの一人として救急車で運んでもらうつもりだけど?」


こいつ、いけしゃあしゃあと。


「同窓会しよって人を集めたのは俺だけど、それだけだよ。今回の事故と俺は繋がらないもん。どうとでもなるよ」


サイレンの音が近づいてくる。


「斉賀!これで最後だ!」


灰花さんが生徒と先生を担いでやって来た。


「りょうかーい!じゃあ運動場の奥までちょちょいと移動しちゃうね、捕まってて!」

「運動場の奥に数人寝かせてあるから轢かないようにな」

「僕の運転を信用してよ」

「無茶言うんじゃねえよ」


隆弘さんのため息交じりの一人言に対してくるが睨みつけていた。


「お前ら!のんびり話してる暇はないぞ!今は早くここから離れねえと!」


灰花さんが急かす。


「ねえ」


ヨシノが呼び止める。


「また会えるといいね!」


隆弘さんが鼻先で笑う。


「二度とごめんだ」

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