独奏曲
「ヨシノはさ、天国って信じる?」
「んにゃ?突然どしたの?綾、闘病生活という深刻な現実から逃避するため救いを求めて変な宗教に手を出したの?止めないけど俺を巻き込まないでね」
「違うよ。違うけど」
「ほいほい、そんな空気が重たくなるようななしだよ。さて、今日は綾にこんなものを持って来てみたから元気を出すのだよ!」
「わあ、小学校の頃のアルバムだ!」
「たまにはいつもと趣向を変えたお見舞いを持って来たよ、褒めたまえ!」
「お前はいつも果物を持ってきては自分で食べてしまうじゃないか」
「いいじゃん、ちゃんと綾の分も残してるでしょ」
「そういう問題じゃない。どうせ一人じゃ食べきれないからいいけどね」
「ちなみにこのアルバムはユウのだからショタ時代のユウの写真中心に載っているのだよ」
「お前分かってるじゃないか。褒めて遣わそう」
「にひひ」
「懐かしいなー。中学高校と進む度皆ばらばらになっちゃったもんねー」
「同窓会とかで会えるんじゃない?」
「会えるといいねえ」
「早く良くならなくちゃいけない理由が増えたね」
「早く良くなれなかったらヨシノが皆をここに連れて来て同窓会開いてね。私を懐かしい気持ちにさせたのはお前なんだから」
「こんな所で同窓会なんて企画したら俺が怒られてしまいます」
「うんうん。そんな事を言いながらそれでもヨシノは友達のためを想って実行してくれる人だって私は知っているよ」
「他人事だと思って」
「他人事だもの」
◇
ゆるりとヨシノが振り返ると体育館の前、コンパウンドボウをヨシノに向け構えている斉賀さんの姿があった。構えているというより矢を装填して構え直しているように見える。
ヨシノを射ったのは斉賀さんか。
右肩を矢で貫かれていると言うのに、ヨシノは口角を吊り上げ笑って斉賀さんに向かって駈け出した。
斉賀さんは冷静に二射目を射つとヨシノの左脛骨に命中してヨシノはその場に膝から崩れる。左手で上半身を支え何度か立ち上がろうとしていたが、左足に力を込めるとその度激痛が走るようで立つ事も出来ないようだ。それでも楽しそうに笑っているところは相変わらずだ。
暫くすると立ちあがる事を諦めたのか、その場にぺたんと座り込んでしまった。
「…はぁ。ねえ、何で斉賀さんがそれ持ってんのかな」
「これ?そこで裕一君と会ってね、借りたんだ」
「よく貸してくれたね」
「ちょっと力づくでね」
物騒な言葉とは裏腹に、その表情は今日何度も見てきた穏やかな斉賀さんのままだ。
斉賀さんの後方に横たわる人影が見える。かすかに聞こえる呻き声から察するにユウだろう。この人全然穏やかじゃなかった。
「斉賀アアアアアアアアアア!!」
突然怒号が聞こえた。隆弘さんだ。
隆弘さんが灰花さんに肩を貸してもらいながら芝生側から斉賀さんに近付く。もしかして隆弘さんは飛び降りて脱出したのだろうか、煤まみれで擦り傷があちこちに見える。
睡眠導入剤入りの飲み物に口をつけ一酸化炭素を吸ったというのに灰花さんはしっかりとした足取りだ。それに比べ飲んだ量が違う隆弘さんはおぼつかない足取りのようだった。
そりゃ、飲んでたのアルコールだしな。浴びるように飲んでたものな。
「てめえ!何火炎瓶投げ込んでんだ!」
「ここまでの騒ぎになったら警察まで介入してくるだろうから、小火騒ぎって事にしておいた方が後々楽だと思って。事情聴取されても酔って目回してる間に火災が発生してたで済むでしょ?お酒の事は咎められるかもしれないけど。音楽室調べられたら誤魔化せない物たくさん出てきそうだから、燃やしてしまった方が都合いいなって」
「何だよその物騒な発想…やっちまったもんは仕方ねえから話は合わせてやるけどお前あとで説教な。っつーか!俺がまだ音楽室にいるって分かってて投げ込んだだろ!どういう事だよ!」
「灰花君が全員運び出したのは見えてたんだ。だから隆弘君が降りてから射ようと思ってたんだよ。でも君すぐに降りてこなかったでしょ、もう構えちゃっててさあ。腕が疲れてきちゃって。手、離しちゃった」
「離しちゃった、じゃねえよ!殺す気か!」
「隆弘君なら着火直前に颯爽と音楽室から頭を庇いながら飛び降りて華麗に着地してくれると思って」
「映画の観過ぎだ馬鹿野郎!」
そんなやりとりを聞いていたヨシノがくすくす笑っている。その笑い声が聞こえたのか隆弘さんが鋭い目つきでヨシノを見る。
「何、笑ってやがる」
「あんなに燃えてるのに小火騒ぎ扱いするのが面白くって!」
「消防車と救急車には連絡済みだよ、息してない子もいたからね」
「AEDは見つからなかったのか?」
「見つけたけど使い物にならなかったんだよ。…その斧で、割ったのかな?」
「えへへ、消火器もスプリンクラーも使えないよ。不幸な不具合って重なるね」
「テメェがやったんだろうが」
「決めつけないでおくれよ。用意周到な放火魔がその辺うろついてて、たまたま今日ここが標的になったのかもしれないでしょ!」
隆弘さんが舌打ちをする。
「灰花、俺の事はいいからさっき言ったように皆を校舎から遠ざけてやってくれ」
「ああ、分かった」
灰花さんは隆弘さんをコンクリートの上に座らせ、こちらからは死角になっている芝生の奥の方へ行ってしまう。出て来た時には同窓会に来ていた私達の同級生数人を抱えヨシノの隣を走り抜け運動場の奥へ駆けて行く。
「間に合うといいね」
ヨシノが楽しそうに呟いた。
「ヨシノ」
「なあに、隆弘クン」
「お前何でこんな事したんだよ」
満身創痍の隆弘さんがまっすぐヨシノを見ている。
「聞いてやるよ、救急車来るまでの暇潰しに」
ヨシノは視線をゆっくり斉賀さんに向ける。斉賀さんはいつでも構えられるように三射目を弓に添えて立っている。
続いてヨシノは自分の肩と足に刺さった矢を見た。傷口から血が流れ落ち腕を足を伝い運動場にぽたりぽたりと赤黒い滴が絶えず滴り落ちている。
くるの様子でも見たかったのだろうか、振り返ろうとしていたが傷口が痛むのか途中でやめてしまった。
くるは車のシートにもたれかかってだるそうに浅く呼吸している。頭を殴打された後2階から突き落とされ車をノーブレーキで爆走させていたのだ、ダメージが大きいのだろう。さっきは気付かなかったが傷口にあてている布には血が滲んでいる。
ヨシノは隆弘さんをじっと見て、いつものようにほころびながら口を開いた。
「隆弘クンはさ、天国って信じる?」




