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快速行進曲

運動場に轟音が響き渡った。

衝突の衝撃で職員室の窓ガラスは砕け散りサッシは歪み壁に亀裂が走った。


「ユウ、大丈夫ー?」


向かってくる車を回避したヨシノが呑気な声でユウの安否を尋ねる。

そうだ、こんな直撃を受けたら人体なんてひとたまりもないだろう。

嫌な想像を振り払いながらユウの姿を探すと、車を挟んだ向こう側でユウを見つけた。土煙を吸い込んでしまったようで咳込んでいるが無事のようだ。ヨシノにもその姿が確認出来たらしく、すぐにこいつの意識は車に移る。

見ると車のボンネット部分はひしゃげている。当然と言えば当然だ。これは運転手もただじゃ済まないんじゃ…そんな事を思いながら車をまじまじと眺めていたら横でヨシノが利き手である右手に持ち直した斧を振り上げた。

フロントガラスを狙って振り下ろされた斧は急発進ならぬ急後退をした車には直撃せずガツン、と石畳を叩く。

ヨシノが顔をあげると同時に車は急停止して再びヨシノに向かって発進しだした。というのにヨシノの表情は歓喜の色を濃くする。


「…にゃははっ」


接触するんじゃないかとこちらがハラハラする至近距離でヨシノは車を避け、擦れ違いざまにフロントドアに斧を叩き付けた。車に刺さった斧ごと身体を持って行かれそうになっていたが振り抜いた。金属が擦れ合う甲高い不協和音が響いて私は思わず耳を塞いだ。


「ユウ、行って!」

「でもヨシノが」

「ここにいて何が出来るんだよ!」


ユウに一瞥する事なくヨシノが笑顔のまま怒鳴る。


「何も出来ないだろ!分かったなら走れよ!」


ユウは何か言いたげだったがぐっと言葉を飲み込んで、ヨシノの後ろを通過して体育館の方へ駆けだした。


「あはは、すごい。斉賀さん。斉賀さんだよね?聞いてた通りひどい運転だね!」


車は速度を落とす事なく方向転換してヨシノを再び狙う。ヨシノは斧を持ち直し、今度はサイドガラスを狙って叩き付けた。先程校舎に衝突した時に車のガラス部分には罅が入っているためか、斧はガラスに弾かれる事なく深い亀裂を作る。

車は再び土煙を上げながらヨシノに向かって方向転換をするがヨシノは逃げようともせず自ら車に向かって駈け出した。

楽しそうな笑い声をあげながら斧を振り上げる。



「灰花!ソイツで最後だ!」

「よし、こっちは大丈夫だ。隆弘、お前は一人で降りて来れるのか?!」

「何だよ、お前が華麗にキャッチしてくれるからここからお前の胸目掛けて飛べって?」

「こんな時に冗談言ってんじゃねえよ!でもそれが必要だってんなら」

「真に受けんなよダセェ、お前が一人で降りられたんだから降りられるに決まってんだろ」

「無茶すんなよ!」

「ああ。灰花、今のうちに救急車呼んどけ。あとなるべく校舎から全員離しといた方がいい」

「離しとくってどこに…っ」

「そこ右に進んだら…お前から見て左か、運動場になってんだろ。奥の方に放っとけ」

「…さっきからその運動場を車が走り回ってる音が聞こえるんだが」

「幻聴かよしっかりしろ!モタモタするんじゃねえよ早…ッ、ぐ、つぅ…っ!」

「隆弘!」

「ただの立ちくらみだ気にすんな…!俺に構ってねえで自分の仕事しろ!」

「っ、分かった!」

「はぁ、ったく、とんだ厄日だぜ……はぁ、っ、は………ん?…体育館の前に、誰か、いるのか…?」

「え?」

「…あ?何してんだよお前、それ、ちょっ」



急に辺りが明るくなった。

振り返ると音楽室の方が煌々と明るい。次いで黒い煙が濛々と立ち上りはじめた。

音楽室の真正面にある体育館の窓ガラスに赤い光が反射している。音楽室が燃えているのが見えた。

ああ、火炎瓶が投げ込まれたのか。

くるが窓ガラスを割ったので一酸化炭素は風に流され漏れてしまったのだろうか、爆発音のようなものは聞こえない。ヨシノはガス爆発と言っていたけど、爆発までは事を運べなかったのだろうか。

明るくなった視界に、何度も斧を叩き付けられ傷だらけのカムリの姿と、ボンネットの上に乗りあげ座り込んでいるヨシノの姿が見えた。

タイヤに一撃でも喰らったのだろうか。急に速度を落としはじめ、先程から停車したまま動かない。追って来なくなった車に無警戒にヨシノが近づき乗り上げていたのは知っていたけれど、ボンネットに乗り上げる意味が私には理解出来なかった。きっとアイツの事だから乗ってみたかっただけだろう。子供か。

ヨシノはじっとフロントガラスを凝視している。急に動き出したら転がり落ちるんじゃないのかそれ。

でもよく見るとトップカウルに器用に捕まっているようだ。

フロントガラスは罅だらけになり、ぱらり、ぱらりと破片が内側に零れていく。あと少し衝撃を与えれば粉々に砕け散りそうだ。


「ねえ、もう終わり?遊園地のアトラクションみたいで面白かったのに!」


ヨシノは運転席に向かって話し掛け続けているが一言も返事は返って来ない。それがつまらなくなってきたのか頬を膨らませ「むう」と呻る。

ヨシノがちらりと視線を向けた先、音楽室からは炎が燃え上がっている。物凄い勢いで火の手が広がっているようだ。


「うまくやれたみたいだし、ユウと合流しなくっちゃね」


ヨシノは器用にその場に立ち上がり、斧でフロントガラスを叩き割った。粉々になったガラスがばらばらと運転席に降り注いでいる。ヨシノは間髪入れずもう一度斧を振り上げる。コイツ運転手を斧で叩き殺す気かと私が息を呑むと直後振り下ろしかけたヨシノの動きが突然止まった。


「にゃ?」


 首をこてんと傾げる。


「くるちゃん?」


運転席にはくるが座っていた。


「なんで」

「斉賀さんがあんな荒い運転する訳ないだろ」


シートにもたれかかり、殴打された所を片手で押さえながら悪態をつく。

風が切る音がして、次いでヨシノの身体が前方に弾かれたたらを踏んだ。

どうしたんだ?と思い近寄って見ると割れ残ったフロントガラスに赤黒い液体が飛び散っているのが見えた。


「…にゃ?」


ヨシノの右肩を矢が貫いていた。

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