同窓会
私達は校舎に向かった。
ヨシノは小学校へ下見に訪れたらしいが私は同行しなかったのでここを卒業してから足を踏み入れるのははじめてになる。
とても懐かしい。
卒業生が植えたらしい記念樹や校舎を囲むように飾られた花壇、校庭に置かれた遊具に校舎の外観、記憶にあるそのままの姿だった。
「おい、あそこに車停まってるけど教員いるんじゃねえのか」
「あー、まだ先生が残ってるのかもー」
夏休みといえど教員には仕事がある。今日に限らずいつだって残業していても不思議じゃない。
「でも、大丈夫。もし見つかったら泥酔させるから」
さらりとヨシノが先生に見つかった時の対策を口にしていたが聞かなかった事にしよう。
先日ヨシノが下見をしに来た時に鍵穴に細工しておいたと得意気に案内してくれた来客用玄関から中に入る。
校舎の中は静まりかえっていた。慎重に運ぶ足音でさえこんなにも廊下に響くものなのか。月明かりが便りの校舎内は知っている学校なのに知らない学校のようだった。どきどきする。
「にゃ、職員室灯りついてる…」
ヨシノの視線の先、職員室から灯りが漏れていた。
「こりゃ、いるな」
どうするんだよ、と隆弘さんがヨシノの頭を肘でつつく。
「んー、2階の奥の音楽室に用意してあるんだ。あそこ裏が体育館になってて外から見えないし防音だから、少しくらいなら騒いでも大丈夫だと思うよ」
「待って。職員用玄関から出たら音楽室丸見えだよ。灯りついてたら一発でバレるんじゃない?」
「そんな時のためのスピリタスだよ」
こいつ先生を泥酔させるためにアルコール度数世界最高峰の酒を用意してやがる。
◇
音楽室の扉を開けると賑やかな声が静かな廊下に漏れ出した。
室内を見渡すと20に満たない人数が集まっていた。もっと少ないかと思っていたけれど頑張って走り回ったんだな同窓会。
いくら昔馴染みとはいえいきなり”夜の母校で先生に内緒で同窓会しよう”なんて誘われてノコノコ出向く高校生も珍しいだろう。私達はノコノコついてきちゃったけど。
扉の開閉音に視線が集まる。途端隆弘さんと灰花さんの長身二人は一瞬で注目の的だ。
「何だ、もう集まってるんじゃねえか」
隆弘さんが口を開くと所々から黄色い声が上がった。同窓会と銘打たれた会場にどう見てもクラスメイトじゃない人間が突然入室してきた事への戸惑いの声なんかじゃない。ヨシノに「ちょっとヨシノ!その人達誰よ紹介しなさいよ!」とさっそく詰め寄る女子も一人や二人じゃなかった。
複数人に詰め寄られヨシノが大きく二度手を叩いた。
「はいはーい、みんなに紹介するね!今日知り合った隆弘クンと灰花クンと斉賀さん。はるばる花神楽から同窓会に来てくれたんだよ、仲良くしてねー!」
はるばる来させたのはお前だけどな。
「ちなみに隆弘クンは趣味でBL漫画描いてて灰花クンはホモだけど彼女持ちで斉賀さんはこう見えても皆より年上だよー」
一部の女子から声高に叫ぶ声が聞こえる。今の紹介のどこに歓喜する箇所があったのだろう。
「おいコラヨシノ」
隆弘さんの眼光が鋭くなる。
「簡単に紹介しといた方が良いかと思って」
「何でそのチョイスなんだよ!他に言う事あるだろうが!!」
「インパクト強い事言った方が一発で覚えてもらえると思って。嘘はついてないでしょ」
「いやいや俺ホモじゃねえし」
ヨシノを押しのけ隆弘さん達の周りに人が集まる。特に女子が長身二人に興味津々のようで質問責めをはじめていた。
「あはは、モテモテだあ」
「他人事だと思って…隆弘さん達困ってるよ、どうするの」
「俺には関係ないもーん」
隆弘さんの耳に届けばまた怒られそうな事を平然と口にしながらヨシノは部屋の奥に置かれたピアノに近寄った。
「懐かしいねー。綾が音楽祭でピアノ担当になってさ、このピアノで放課後毎日練習してたよね」
私が音楽祭で何の楽器を担当したかなんてよく覚えてるな。
言いながらヨシノはピアノ椅子に腰掛け鍵盤の蓋を持ち上げる。
「えっとー、何て曲だったっけ。パッヘルベルの」
「カノン」
「そうそうそれそれ」
普通タイトルの方を覚えているものだと思うけれど、ユウが慣れたようにヨシノの質問に答える。ヨシノが小学生の頃音楽祭で発表するために練習した曲を弾き出した。
どういう事だ。無駄にうまい。
「ヨシノもピアノ担当したんだっけ?」
「んにゃ、リコーダー」
「よく弾けるね」
「ふふん、ヨシノ様は器用なのだよ」
先生が階下にいるというのにピアノ弾き出すとは何を考えているんだろうとは思ったがこの音楽室の防音はしっかりした造りになっているんだっけ。
音漏れ防止にしっかりと窓も締め切っている。
これでは暑いだろうにと思ったら音楽室にある筈がない涼風扇を見つけた。そういえば空調は廊下なんかより断然過ごしやすい。
わざわざヨシノが持ち込んだのだろう。遊ぶ事に関しては抜かりがないんだよな。
でもきっとヨシノの事だから同窓会と言ったところで何か催しを考えていたりはしないのだろう。
懐かしい面々と懐かしい場所で話がしたいだけなんだろうな。確かに懐かしくて楽しい空間だけど。
隆弘さん達の方は質問責めが続いていた。女子や男子にまで身体を触られ人の波に埋もれそうだ。
「高校三年生?全然そうは見えない大人っぽい!」
「どこからいらっしゃったんですか?」
「ねえホモって!ホモってどういう事なの!」
「あ、この香水GAPですねー!私の彼氏も同じの使ってるんで分かりますー!」
「俺らより年上って、いくつ?」
「漫画描いてるんだって?BLってどんなジャンルなの?」
「すげー筋肉なんだこれ!」
「電話番号とメルアド教えて下さい!」
「酒はイケる口?持ち込んであるんだ」
隆弘さんはやはりその容姿から想像出来る通りよく言い寄られるのだろう、慣れているのか一人一人の質問に手際よく答えている。
灰花さんは戸惑いながらもしっかりと一人一人に答えていた。見た目不良だけど根は真面目な人なのかな。
ん?斉賀さんがいない。さっきまでちっさいかわいいともみくちゃにされていたのに。
見回すとすぐに発見した。音楽室の隅で壁にもたれかかりじっとしているくるに近付いているところだった。なんだか彼はくるの保護者みたいだなあ。
そういえばくるはよく癇癪を起こして暴れていたけど、普段はいつもああやって押し黙っていた気がする。
「くる君どうしたの。向こうで皆とお話しないの?」
「俺はいいからアンタが話してきなよ」
「はは、皆してちっちゃいちっちゃいって失礼だよね。くる君もほら、積る話もあるんじゃない?」
「ねえよ」
突き放すように言い放って顔を背けた。何をそんなに苛立っているのだろう。
やはり無理矢理連れて来た事に腹を立てているのだろうか。
そんな態度を取られても斉賀さんは穏やかな表情を崩さない。
「ちょっと外の空気、吸ってこよっか」
斉賀さんはくるの返答を待たず腕を引っ張り、灰花さんに一言「外に出てくるね」と告げて音楽室から退室してしまった。
ここに残るよりもあちらについて行った方が面白い話が聞けるような気がして、私は二人の後を追う事にした。
勿論、こそっとだ。




