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凶星

何を思ったのかヨシノが斉賀さんを電車に連れ込んでしまってからというのが大変だった。

扉が閉まりかけているにも関わらず挟まれるかもしれないからと躊躇する事もなくくるが電車内に駆け込んできた。


「あはっ」


ヨシノが嬉しそうに笑う。

反して怒り心頭のくるは乗客の視線をものともせずヨシノの胸倉を掴んで壁に叩き付け、顔面に向かってはさみを振り下ろした。が、はさみが顔面を狙うであろう事が予測出来ていたらしいヨシノは首の動きだけでそれを交わした。

舌打ちをして二撃目を繰り出そうと振り上げたくるの右手を斉賀さんが後ろから掴む。


「くる君、落ち着いて」

「何でこんな奴庇うんだよ!」

「庇うとかじゃなくって。くる君はその鋏で今何をしようとしているの。警察沙汰になるよ」

「未成年で一時的錯乱だから保護観察処分だ止めんな!」

「止めるよ」

「離せ!」

「離さないよ」


突然車内に乗り込んできてヨシノを壁に叩き付けはさみを振り下ろした時点で乗客からの訝しむ視線を集めてはいたのだけど、言い争いの音量が大きくなるにつれ更に視線が集まる。

その視線に気づいたくるが斉賀さんの手を振りほどき乗客を噛みつかんばかりに睨みつけた。右手にははさみを持っていて先程から物騒な事を喚き散らしている事も相まって畏縮させるには十分過ぎる剣幕だ。実際集まっていた視線は一瞬で散った。

くるが大きくため息をついて空いてる席に座る。その隣に斉賀さんが腰掛けくるの頭を撫でていた。

くるは黙り込んで俯いているが不機嫌なのは顔を見なくても分かったからヨシノが余計な事を口走らない事を祈るしかない。


「ヨシノ何やってるんだよ!斉賀さん仕事残ってるって言ってたのにどうするの!」


ユウがヨシノの両肩を掴んで揺さぶっている。顔面蒼白だ。

ユウは何も悪くはないけど責任感じちゃうよなあ。やっぱりヨシノは迷子紐装着させた方がいいと思う。


「だって、斉賀さんが来たらくるちゃん来てくれると思って。高校にだって来てくれたし、くるちゃんが帰らないで最後まで一緒に学校回ってくれたのは斉賀さんがとりなしてくれたからでしょ?」


悪びれもせずヨシノが答える。


「何でそんなにくるに拘るの」

「くるちゃんって何しでかすか分からないじゃん。面白いから好きなんだよね」


コイツちょっと痛い目見て反省した方がいいと思う。

そんなヨシノの発言が聞こえたのだろう。はさみを握り直し席を立とうとしたくるの頭を斉賀さんが抱え込み「わしゃわしゃー」と頭をなでくりまわして惨事が起こるのを阻止してくれていた。

くるが喚いたのでとても注目されていたけれどヨシノを刺そうとしていた絵面に比べればなんと平和で和やかな光景だろう。

でも私は駅に着くまで他人のふりをし通す事に決めた。



斉賀さんが同窓会へ同行してくれる事になった。

駅に着くまで途中下車させる暇を与えず頼み続けたヨシノの根気勝ちだった。

くるに頼んでも無駄だと判断し斉賀さんに頼み込むとは悪知恵が働く奴。

確かに今日一日見ていただけの私でも分かるようにくるは斉賀さんに弱いようで、実際、憤慨しながらも斉賀さんに腕を引っ張られながら着いて来ていた。

先を行くヨシノが「こっちだよー」と手招きをしている。

ヨシノが同窓会会場として選んだヨシノの母校である小学校は駅から少し距離がある。

懐かしさにくるの機嫌が良くなるのではないかと思っていたが、小学校が近づくにつれてどんどん表情が険しくなっていく。小学校に良い思い出がないのだろうか。

今日久しぶりにくるに会って変わったなと思う事が多かった。

小学生の頃を思い返してみれば毎日毎日彼は荒れていていた気がする。問題を起こす度、先生達に教室から連れ出されていくのを何度も見た。聞いた話だが、くるが癇癪を起こす度落ち着くまでどこか使われていない部屋に閉じ込めていたらしい。癇癪を起こせば毎度のように物を壊して生徒に怪我をさせていたのだから大人達にとって仕方ない対処だったのだろう。

私はそんな部屋見た事ないから真偽は分からないけれど、その話が本当なのだとしたらくるにとってはもう近寄りたくない場所なのかもしれない。

そんな事を考えていると懐かしい校舎が見えてきた。

日はもう沈んでしまっているし夏休みという事もあって校内に人の気配はない。


「もしかしてここが目的地かな」

「お、斉賀さん名推理!」


校門の前でヨシノがくるりと向き直る。


「その通り!ここが俺達の母校である小学校です!」

「そのようだな」


後ろからぬっと巨体が現れヨシノの頭を鷲掴みにした。

あ!あの見覚えのある手の甲は!


「隆弘クンに灰花クン!」

「ったく、いきなり斉賀を電車に連れ込むなんて何考えてやがる!」


ヨシノの後ろから隆弘さんと灰花さんが現れた。

校門の片隅にバイクが見える。駅で別れてからあれを走らせてここに来たのだろう。駅から歩いたとはいえ私達よりも先に着いているという事は、法定速度を守っていないな…

おまわりさん!二人がそんな違反速度で走る事態を招いたのはヨシノのせいだからしょっぴくのはヨシノで!


「えへ、斉賀さんを連れてきたらくるちゃん来てくれると思って」

「なんつー無茶を」

「それに二人も来てくれると思ってたよ。隆弘クンと灰花クンは良い人だもん、斉賀さんとくるちゃんがあんな乗り込み方するのを見てほっとける訳ないよね!」

「おうおう言うじゃねえか」

「あ!頭に隆弘クンの指が食い込みはじめたよ!見てないで助けてよユウ!」


ユウは首を横に振って意思表示していた。


「二人共、よくここがわかったね」


斉賀さんが不思議そうに尋ねる。


「ずっと同窓会っつってたから小学校に向かうって事は想像付いたし、ヨシノがヴァレンタインに会った時久しぶりとか言ってたからな。デートの邪魔は悪ぃとは思ったが連絡とったら一発だ。すぐここの住所がメールで届いたぜ」

「小学校の住所なんか覚えてるなんてさすがヴァレンちゃんだー」


ヨシノが嬉しそうな笑みをこぼす。

理由は知らないが小学校の頃からヨシノのお気に入りはヴァレンタインとくるなのだ。


「ね、折角ここまで来たんだからさ、隆弘クン達も同窓会おいでよ。斉賀さんはOKしてくれたんだから!」

「そうなのか?でも斉賀、お前仕事って」

「仕事は余裕持って進めてるから。このくらいの想定外なら問題ないよ」

「俺も余裕もって原稿あげられるようにならねえとな…」


きっと余裕持たず作業しているからこのくらいの想定外は隆弘さんの原稿スケジュールに支障ありまくりなのだろう。遠くを見ながらはは…と乾いた漏らす隆弘さんの肩を力強く灰花さんが叩く。


「今日は気分転換の日って事でいいじゃねえか。帰ってからラストスパート頑張ろうぜ、俺も手伝うからよ」

「灰花…そうだな、頼りにしてる」


二人は顔を見合わせて頷き合う。男の友情だ。眩しい。


「招待されてやろうじゃねえか」

「そうこなくっちゃ!」


隆弘さんの右手から解放されたヨシノが両腕を広げ高らかに告げた。


「ようこそ!歓迎するよ!」

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