道行き
「灰花クンと彼女さん、らぶらぶだったね!」
「ヨシノ、もうその話はやめてくれ…」
合宿場から離れても暫く灰花さんは先程のスロワさんとのやりとりをネタにからかわれていた。灰花さんは両手で顔を覆い隠している。
「ユウもね、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい彼女とらぶらぶなんだよー」
まさか自分に話題が飛び火してくるとは夢にも思っていなかったであろうユウが咳込んだ。
「は、はあ?!何言って…ッ」
「何だ裕一、お前彼女いるのかよ」
隆弘さんがニヤニヤしながらユウの肩に腕を乗せる。完全にからかう姿勢に入った、その時。
「おや、君達」
校門をくぐる直前、後ろから声がかかった。
振り返ると金髪の男性がこちらに向かって歩いてきている。隆弘さんや灰花さんに負けず劣らずの素晴らしい筋肉美をお持ちな事がジャージの上からでも容易に想像出来た。
「げ、アレックス………先生…」
「人の顔を見て失礼な反応だね、隆弘」
隆弘さんの顔には一番見つかってほしくい先生に見つかったと書いてあった。どことなく身構えていつでも逃げ出せるような体勢な気がするのは気のせいだろうか。
アレックスと呼ばれた先生はこちらを見渡し「その子達は誰だい?」と隆弘さんに質問した。
「お、俺のダチだよ」
「そう、交友関係が広いのはいい事だね。うちの生徒ではないだろう?」
「ヨシノです!今日は隆弘クンに花神楽高校を案内してもらいました!」
ヨシノが元気よく片手をあげて自己紹介をした。
隣でユウが頭をさげている。アレックス先生を前にして隆弘さんの顔色が宜しくなくなったのを見て、言葉を発して良いものか迷っているようだ。
「私はアレックス、ここ花神楽高校で体育教師をしているよ。花神楽高校はどうだったかな?」
「俺の通ってる高校は学校指定の制服着用が義務付けられてるんで、私服で学校に来てるって光景が新鮮でした!うちは部活より勉強ってとこなんで部活してる生徒多くてそこも新鮮だったな…あ!図書室なんて俺の学校にはない本ばかりで読みに通いたくなりましたよー!」
「ここの図書室は品揃えが独特だからね、楽しんでもらえたようで良かったよ」
ははは、とアレックス先生が軽快に笑う。爽やかな人だな。
「ところで君達、ちゃんと入校許可はとったよね?」
隆弘さんと灰花さんの背後にギクッという擬音が見えた。
よく考えれば事務の受付で入校手続きを済ませればあんな校内をコソコソしながら見学する必要もなかった訳だ。まさか花神楽高校は部外者一切立ち入り禁止なんて学校じゃないだろうし。
「ばっちりです!校長先生から頂きました!」
「ん?校長から?」
「本当は無断だったんだけどね。校長先生が漫画の原稿手伝ったら校内見回ってもいいよって、見逃してあげるって言ってくれたんです!」
私にもヨシノが何を言おうとしているのか想像がついたから隆弘さんがヨシノの口を押えようと手を伸ばす理由は分かった。けれど遅かった。口を押えたところでどうして黙らせたのかを尋ねられただろうから、間に合ったところで手遅れだとは思う。
アレックス先生は笑っている筈なのに表情が固まってるような気がした。
「そう。まったく、あの校長には困ったものだよ」
笑顔のまま溜息をひとついてやれやれ、と肩をすくめる。
あれ?怒られると思ったんだけど。校長先生のそういった自己判断は日常茶飯事なのだろうか。
「また来る時はちゃんと受付に名前書いて行ってね。事務室に寄れば分かるよ」
「はい!」
「うん。良い返事だ」
にこりと笑ってアレックス先生は一直線に校舎に向かって歩き出した。
なんて迷いのない、力強い足運びなんだろう。
私がそんなアレックス先生の後姿に見惚れている隣で、校長室で修羅場開けの身体をクールダウンさせている校長先生に向かって隆弘さんが両手をあわせていた事を、私は知らない。
◇
日が暮れる時分、駅のホーム。
私達は元いた街に帰るために電車に乗り込んでいた。
帰宅ラッシュの時間前という事もあるのか、花神楽高校内のような賑やかさはなかった。いや、花神楽高校が賑やかだったのかもしれない。ついつい思い出し笑いが零れる。
うん。楽しかった。
もうすぐ発車時刻。花神楽ともさよならだ。
だというのに電車の出入り口からホームに向かってヨシノが身を乗り出して話し掛けている。隆弘さん達が見送りにこんな所まで足を運んでくれているのだ。
「くるちゃん、どうしても同窓会こない?」
「しつこい」
くるがここまで来てくれただけでも喜べばいいのにヨシノも諦めが悪い。
駅まで送ると同行してくれようとする隆弘さんと灰花さんまで無視して直帰しようとしていたくるを、斉賀さんが連れてきてくれたようなものだけど。
「むう。折角なんだから隆弘クンも灰花クンもおいでよ!斉賀さんも!」
「僕は仕事があるから。ごめんね」
「誘ってくれるのは嬉しいんだけどよ、俺は俺で原稿残ってんだよ。それに同窓会なんだろ、懐かしい顔同士で楽しめ」
「俺はその手伝いしなくちゃだしな、また来いよ!」
「むうう…」
発車ベルが鳴る。
「ヨシノ、ドア閉まるから危ないよ」
ユウがヨシノをたしなめながら腕を引っ張った。
しかしヨシノはその腕を振りほどいて電車から身を乗り出して腕を伸ばす。
「え」
迷わず斉賀さんの腕を掴んで、そのまま電車に連れ込んだ。




