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花神楽:合宿場

別館から外へ出ると日が傾いてきたのか、花神楽高校に着いた時よりもちょっぴり気温が下がった気がする。葛城家から出た時感じたむあっとした身体に纏わりつくような不快感は感じられない。それでも暑いに変わりはないけれど。


「ねえねえ次はどこに行くの?」


それなのにどうしてヨシノはどうしてこんなに元気なのだろう。


「あんま目立てねえからな…先生がいそうになくてあと連れてけそうな所っつーと…」


隆弘さんが辺りを見回しながら考えてくれている。


「生徒らも帰りはじめてるみたいだし、次で最後ってとこだなー…」


すると灰花さんがおずおずと手を挙げた。


「なぁ、合宿場の方見に行かねえか…?」

「スロワか?」

「ちがっ…わない、けど…」

「お前こっち来る前にも会いたいっつってたけどよ、夏休みは部活に集中したいから会わないってスロワに言われてるんだろ?いいのかよ」

「隆弘さ、校長先生に夏休みは原稿に集中したいから会わない連絡してくるなって言われて従えるか?」

「無理」

「だろ。ちょっと顔見るだけでいいんだよ、元気にしてるとこ見たいだけだからさ」


隆弘さんのすきな人ってやっぱりあの校長先生だったのか。

ヨシノは合宿場という響きに興味をひかれたのか、その彼女さんのとこ行こうよーと隆弘さんの腕を掴みせがんでいる。

私も灰花さんの彼女さんがどういう人なのか興味があるし是非行きたい。


「じゃ、最後は合宿場でも見に行くか」

「合宿場で部活動をしてるの?」

「軽音部が部室として使ってるんだよ、すぐそこだ」


行くぞ、と隆弘さんが歩きだす。


「軽音かあ。隆弘クンはギターで灰花クンはドラムとか似合いそう!」

「ドラムかあ…触った事ねえなあ…」

「そういやお前スロワに部活勧誘されてたじゃねえかよ、結局入らなかったのか?」

「ん、まあ、な」


何やら灰花さんが口籠った。

音楽にそこまで興味がないのだろうか?それともしたい事が他にあったのだろうか。

恋人と一緒に部活動なんて誰もが夢見る青い春だと思うけれど。私だったら是非ありつきたいところだ。

前方に校舎とも体育館とも違う建物が見えてきた。

あれが合宿場か。

吹奏楽部とは違う楽器の演奏音が聞こえてくる。

すると灰花さんが駆け足で建物に近付いたと思ったら扉の前でしおしおとその場にしゃがみこんでしまった。


「何やってんだよ」


隆弘さんが爪先で灰花さんをつつく。


「見つかったらやっぱ怒られるかなって」


顔を上げずに灰花さんが答える。


「ここまで来といて今更何言ってんだよヘタレか!会いてぇんだろ!元気な顔見たいんだろ!」

「そりゃそうだけど…でも、やっぱりスロワの邪魔になるのは」


言い終らないうちにヨシノが合宿場の扉を開けた。勢いよく盛大な音をたてて扉を開けた。


「どしたの灰花クン目を点にして。ここだよね?」

「ヨシノの空気の読めなさに呆れてるんだよ」

「あれぇ?灰花クンが怖気づいてるみたいだったから背中を押してあげようと思ったんだけど。寧ろ俺空気を読んだでしょ?」


ねえ?とユウに同意を求めていたが首を横に振られていた。「あれぇ?」と首を傾げるヨシノにいらっとしていたら中から聞こえてきた演奏音が止まった。


「なんか玄関の方騒がしくない?」

「私見てきます」


続いてこちらに向かってぱたぱたと近づく足音が聞こえてきた。弾かれたように灰花さんがその場から逃げ出そうとするのを隆弘さんが肩を掴んで引きとめる。


「離せ隆弘!」

「お前原稿中ずっと会いたいっつってたじゃねえか!」

「だけど!でもやっぱり駄目だ!約束の一つも守れない情けない男だと思われる!」

「お前が彼女よりくずはを優先する残念な男だって事実以上に落胆する現実なんてねえから安心しろ!」

「ねえ」

「何だよ斉賀!」

「ヨシノ君、中入ってっちゃったけど」


斉賀さんが合宿場の方を指差しながら二人に告げた。

たった今何を言われたのか理解出来なかったのか一瞬二人はぽかんとした後、隆弘さんが弾かれたように合宿場の中に突撃して行く。隆弘さん達の押し問答に気を取られていたので私も気付かなかった。ユウはあきれ果てて扉の前で脱力している。


「西野じゃん、どうしたの?こんな所で」


 屋内から聞こえてきた声に灰花さんが反応した。そろりそろりと扉に近付き中を窺っている。この声の主が灰花さんの彼女なのだろうか。


「もしかしてさっきから外で騒がしかったのもアンタ達?」

「悪ぃな、部活の邪魔して。オラ、こっち来いヨシノ」

「えー!もっと見たいー!」

「なになにアンタ興味あるの?見学してく?それとも入部希望!?」

「スロワ先輩、その人この高校の生徒じゃありませんよ」

「え?そうなの?」

「はい、間違いありません」

「アンジェラがそういうんならそうなんだろうけど…じゃあもしかして他校の子?勝手に学校に入れちゃまずいなんじゃないの?」

「ぐら校見たいっつって聞かなくってよ。見逃してくれ、な」

「もー、先生に見つかったって知らないからね」

「ああ、もう帰るからよ」

「ねえ、今日灰花は一緒じゃないの?アンタ達いっつもつるんでるじゃん」

「何だ?夏休み中は練習に集中したいから会わないって宣言したってお前の彼氏から聞いたぞ、もしかして灰花が会いに来たんじゃねえかって期待でもしたか?」

「別にそんなんじゃないし。のこのこ会いに来たんじゃないかって思っただけ。まあアイツの事だから今頃くずはのためにプリンを」

「来てるよ」

「へ?」

「灰花クンでしょ?彼女さんに会いに来てるよ」

「…は?」


そんなやりとりが屋内から聞こえていたと思ったら、玄関から桃色髪の女の人が飛び出してきた。ぐるりと辺りを見渡して灰花さんの姿を目視すると叫んだ。


「灰花!!アンタ何してんの!!」

「スロワ…ッ!」


スロワ、さん。つまりこの人が灰花さんの彼女さんか。怒っているのか灰花さんに険しい表情を向けていらっしゃるけど。


「夏休みは会わないって言ったじゃん!何来ちゃってんのよ!それとも何、アンタ、葛城の言う事以外覚えてらんないの?!」

「そ、そんな事ねえよ!でも夏休み中会えないっつーのは」

「たかが一ヶ月とちょっとじゃん!それにいっつも葛城優先で予定合わせてくるくせに今更夏休みだからって何さ!」


矢継ぎ早にスロワさんに糾弾され灰花さんがどんどんしおれていく。


「わ、悪かったよ…」

「謝んないでよ!もう!」


スロワさんが灰花さんのお腹に右ストレートを繰り出した。

避ける事もせず灰花さんはそのまま衝撃を受け止めた。


「私だって、折角の夏休みなんだからアンタと遊びに行ったり旅行行ったりしたいんだよ!それでも高校生活最後の夏休みだから部活を選んだの。音楽も大事だから後悔なんて絶対御免なの!でもアンタの顔見ちゃったら…駄目じゃん、一日くらいアンタと出かける日があってもいいかなって、欲が出て来ちゃうじゃん…!」

「スロワ…」

「何で来たのよ馬鹿!」

「一目で良かったんだよ、元気にしてるとこが見れたら満足して帰るつもりだった」

「……」

「ごめん」


灰花さんがスロワさんを抱き寄せる。


「謝んなって言ったでしょ、ばか」


完全に二人の世界だった。

扉の前、二人の一番近くに立ってしまっていたユウが硬直している。あのひどい汗は暑さのせいではないだろう。分かるよ、物音ひとつ立てたらいけないこの空気。部外者にはとても気まずい。


「俺知ってる!痴話喧嘩って言うんだよね!」


そんな空気が残念ながら読めないヨシノが屋内からこちらを指差しながら言い放った。 隆弘さんがヨシノの首をきゅっと掴んだ。

その声に、周りに人がいる事を思い出した灰花さんとスロワさんは真っ赤になって慌てた声をあげながら離れた。


「もうマジ帰れ!」


灰花さんはスロワさんにビンタされていた。

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