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花神楽:夏休みの宿題

ロッソ先生に図書の受入れ作業をしていたテーブルに案内してもらうと、そこにユウはいた。受入れ作業は終わっているらしく、ユウの席の前には図書や受入れ作業に用いたのであろう用具が整頓され置かれている。

見ると、ユウは彼の隣で車椅子に座っている子と話をしていた。とてもちっちゃい。


「うっ…うぅ…」

「ど、どうしたの?何を泣いてるの?」

「う…、このご本ね、みきちゃんが死んじゃうの。シロがひとりぼっちになっちゃって、かわいそうなの…っ」

「そうなんだ、それは悲しいね。でもホラこのページ、みきちゃんは天使になってシロを見守ってくれてるじゃない」

「これは”みきちゃんを思い出せばいつでもみきちゃんに会えるね、こんなに近くにいたんだね”ってシロのイメージだよぉ…かなしいけど、挿絵にだまされちゃだめなの!」

「そ、そうか。ごめんね」

「人が死んだら天使さんになれるのはご本の中だけなの。だからボクはいっしょうけんめい生きるんだよ」

「そっか」

「でもユウは天国とか信じてる派だよねー!」


ヨシノが二人の会話に元気よく割り込んだ。


「…ッ、ヨシノ!」

「ユウ、約束の時間になっても来ないと思ったらこんな所でナンパしてたんだね!」

「殴るよ」

「冗談に決まってるだろー!」


あははと笑いながらヨシノがばしばしとユウの背中を叩いている。

車椅子に座った子が、そんなヨシノを不思議そうに見上げて「どちらさまぁ?」と呟いた。


「俺のダチ」


隆弘さんがユウ達に近付きながら答えた。顔見知りなのだろうか。隆弘さんは行く先々で顔が知られてる気がする。ヨシノの手綱も握っててくれてるし、面倒見が良い人なんだろうな。人望も厚そうだし。


「あー、たかっしー!そっかぁ、たかっしーのおともだちかぁ。ボクはティータ、よろしくねぇ」


ティータさんがヨシノに手を伸ばした。握手を求めているのだろうか。ヨシノは両手で ティータさんの手を包み込むように握り、「よろしくー」と笑った。


「あ、皆さんすみません!約束の時間とっくに…っ」

「ああ、おじっそから話は聞いてるよ。別に時間なんて適当に区切っただけなんだから気にすんな」

「隆弘さん…ありがとうございます!」

「ユウさん!うちの鳥頭…いえ、司書が御迷惑をおかけしました、申し訳ありません!」


ヴィオーラさんが隆弘さんを押しのけユウに歩みより頭を下げた。


「い、いえそんな!おれは別に…」

「おぉ、ここに持って来た本、帳簿も捺印も全部済んでるじゃんー!裕一仕事が早いねー」


図書委員としてユウに頭をさげるヴィオーラさんの事が眼中に入っていないかのような、ロッソ先生の呑気な声が響いた。ヴィオーラさんが信じられないものを見るような目でロッソ先生を見ながら絶句している。


「助かっちゃったよ、ありがとー」


「まずは貴方も頭下げるんですよ!」とロッソ先生の後頭部に平手打つ。叩かれた勢いのままロッソ先生は床にビタンと顔をぶつけた。


「委員でもない生徒に貴方の作業を手伝って貰ってるにも関わらず貴方は生徒と呑気におしゃべり!貴方が途中退席したから作業が終わってもユウさんが席を立てなかったんでしょうが、そんな事も分からないんですか!」

「あ!そうだったの?!ごめん!」

「先生、そのおツムの中にちゃんと脳みそは入ってますか?自分がどれだけ大人として恥ずかしい事をしでかしたか、理解出来てますか?」

「ヴィオーラ先輩、おじっそをいじめちゃめっ!なのー」


ティータさんが両頬をぷくっと膨らませていた。


「みんななかよく!だよ!」

「ティータ、ロッソ先生は悪い事をしたんです」

「わるいこと?」


ヴィオーラさんに気圧され起き上がれずにいるロッソ先生の後頭部を今にも靴の底で踏みつけそうな怒気を発していたヴィオーラさんが、ティータさんの両肩にやさしく手を置いた。


「そう。なのにロッソ先生は悪い事をしてしまったとまだ自覚がないんです」

「それは…いけない事だね…」

「でしょう。仲良しだから、怒ってあげてるんですよ」

「そうだったんだ。あ、あのね、ごめんね。ボク、ヴィオーラ先輩がおじっそをいじめてるのかと思っちゃったの」

「ティータはやさしいんですね」

「え?えへへー、そんな事ないよー」


ティータさんがはにかみながら両手をぶんぶん胸の前で振っている。

そんな様子を見てヴィオーラさんがふっと笑った。先程のロッソ先生に向けていた形相が嘘のような微笑だ。


「あ、あのヴィオーラさん。おれが手伝いますと先生に声をかけたんです。なので本当に迷惑とかじゃなくて」

「図書委員でもない貴方がどうして?」

「おじっそもちゃんと受入れ作業してたんだよ。”こんな地味な作業眠くなってくるー”って言いながらそれでも頑張ってたの、ボクみてたよ!」


ティータさんはロッソさんを援護しているつもりのようだったが、ヴィオーラさんはそうは捉えなかったようだ。ヴィオーラさんがロッソ先生の個性的な形をした耳をぎゅっと摘まみあげる。ロッソさんがいたたっと声をあげた。うん、とても痛そうだ。


「そんな風にぐだぐだ文句言ってたから、ユウさんが声を掛けてくれたんじゃないんですか」

「いたたたた次からは文句言わずちゃんと自分の仕事するよぉー!」

「聞きましたよ、もう次はありませんからね!」


ヴィオーラさんがロッソ先生の耳を離す。

「あぅぅ…」と涙目で耳をさするロッソ先生の頭をティータさんが「いたいのいたいのとんでけー」と撫でていた。


「お騒がせしました」


もう一度ユウに頭をさげた後、ヴィオーラさんがロッソ先生の首根っこを掴んでロッソ先生をどこかに引き摺って行った。

どこに連れて行くのだろう。


「おじっそ、また司書室でお説教かなぁ」


本当に、どちらが先生か分からないな。


「…おれ、余計な事したかな」


ユウがぼそりと呟く。


「おじっそはありがとうって喜んでただろ、それでいいじゃねえか」

「そうだよー、あの図書委員さんの言いたい事も分かるけどそれはあの先生に対してだよ。ユウは良かれと思ってしたんでしょ、深く考えないの」


励ましているのだろうか、隆弘さんとヨシノがユウの肩をぽんっと叩いた。


「…はい、ありがとうございます」


沈みがちだったユウの表情が柔らかくなった。


「ところで裕一、お前天国信じてるのか」


そういえばさっきヨシノがそんな事口走っていたっけ。よく聞いてる人だな。

ユウが口を開くよりも先に、天国という単語に反応したのはティータさんだった。


「てんごく!あったらいいよねーボク行ってみたいなぁ。きっとお花がたくさん咲いてて、空気がとてもおいしくて、きらきらしてて、とってもすてきなところだと思うんだぁ」

「ティータ、天国があったとして、死なないと行けないぞ」

「そうだった!死なないで行ける方法たかっしー知らない?」

「知らねぇなあ」

「そうだ、夏休みの自由研究、”生きたまま天国に行く方法”とかどうかなぁ?」


ここにいて隆弘さんの知り合いって事はティータさんは高校生なのだろうけど、純粋でおさない子だなあ。

とんでもない自由研究案を聞いえ隆弘さんが困った顔をしている。


「あー…見つからなかった時自由研究どうすんだよ、探すなとは言わねぇけど自由研究は別のにしとけ」

「そっかぁ、このままあさがおの観察続けた方がいいかなあ」

「そう思うぜ」

「わかった。たかっしー、みつけたら教えてね」

「おぅ」


やったー!たのしみにしてるね!とティータさんは無邪気に喜んでる。


「信じてるっつー事は、やっぱそういうの詳しいんじゃねえの?」


話題が逸れて助かったと顔に書いていたユウに灰花さんが話題を再び振った。


「生きたまま天国へ行く方法なんて知りませんよ。それにおれは別に、死んだら天国に行けるとか信じてる訳じゃ…」

「ありゃ?そうだっけ?」

「さっきティータさんが言ってたような天国じゃなくって、死んでもその先があるって信じたいとは思ってるよ」


それを聞いて灰花さんが意外そうな反応を返す。


「お前そういうの信じないタイプに見えっけどな」


確かにユウは昔そういう非科学的な類のものは一切信じてなかったけど、私がちらっとそんな話をしてから信じるようになってしまったんだよな。あれ?私のせいか。

あるのかないのか分からないんだったら、あるって考えた方が気が楽だって言ってた気がする。


「人は見かけによらないって言うよ」

「そうだな。斉賀は小学生に見えるけどまさかの成人男性様だもんな」


斉賀さんから見えない角度からくるが灰花さんに肘鉄をくらわせた。


「灰花君が大きいだけだよ!…って、どうしたの灰花君、背中痛むの?」

「や、何でもない…」


とても痛そうな音がしていたけどな。

隆弘さんが時計を見上げる。


「そろそろ行くか。じゃあな、ティータ。朝顔の観察頑張れよ」

「うん、またねー!」


ティータさんは私達が図書室から出ていくまで、こちらに向かって手を振ってくれていた。

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