(宝とダンス)
『ねぇ、何か収穫があった?』
アンナからの通信が耳に届く。剣術大会でカイトが耳に入れていた、通信魔法の送受信のアイテムだ。
「あの黒い頭巾を被った男が、怪しいです。一番前の真ん中のテーブル。何か、知っていそうです」
小声で連絡するマリーだった。
『……お頭に、一応報告だ……』
アンナも注目する小柄な男は、トイレでも行くかのように静かに席を立って、スーっと店の外へと出て行った。
『あの男ね』
「ええ、行方を……」
マリーが言った直後だった。
先ほどの小男が、大男を従えて店の中に戻ってくる。入口に立つ用心棒のケビンも、手に持ったこん棒を背中に回して、敵意はないと表現していた。入口を塞いでいた体を動かし、大男に道を譲る。
太ったガードマンよりも、更に体の大きい男だった。
「ヤバッ!」
保安官のキートンは、バツが悪そうに制帽で顔を隠していた。公共の場で顔を合わすと、何かと都合が悪い相手なのだろう。
「ドスン」
大男は、空いた中央のかぶり付きの席に座る。彼も、小柄な男と同じ黒いバンダナをしていた。二人は同じ組織の人間だと思われる。
『……です。ええ、ええ、ダンナ……』
腰掛けた太っちょの大男に、耳打ちする小男。
マリーも魔法で強化した聴力を集中するが、内容までは詳しく聞き取れない。
「ねぇアナタ! チョッと聞きたいことがあるの! ねえ、どこ向いてるの? ええ、そこの醜いおデブさんの事よ!」
「んあ?」
アンナに指差され、男はようやく顔を上げる。
「そうよ、やっと気が付いたの? 動きが鈍すぎて緩慢すぎるわ! 脳から神経に命令が届くまで時間が掛かりすぎるのよ!」
「何だと!」
アンナの挑発に、男が立ち上がる。大きな上半身に比べて、足の方は細かった。
「お、お前、俺を誰だと思ってやがる!」
低くて掠れた声をアンナに向ける。ツバを飛ばし、床に散る。
「誰かだって? そんなのは関係ないわ。アタシが知りたいのは、王家の財宝の情報だけ」
「ううう、うるさいな! 知っていたとしても、おおお、お前に教えるワケが無いだろが!」
アンナに向けて、男は吠える。
隣では、仲間の小男がしきりになだめている。
「どうしたー! ケンカかぁー!?」
「何やってるんだ!」
「立ってるデブ! 邪魔だ、邪魔! 座れよ!」
ダンスが中断されたので、後ろの席の連中が口々に苦情を言う。
音楽も止まり、照明も戻っていた。
「ああ、ヤバイよ、ヤバイよ」
舞台袖で酒場の主人ロイドが震える。蓄音機を止め、魔法照明を戻す。ステージに向けられていた明かりが消え、客席がよく見えてきた。
「あああ、あんだあ? おおお、俺に文句があるのかあ?」
客席の後ろに顔を向け、他の客を睨みつけていた。
「ブ、ブッチのダンナじゃあー、ないですかい!」
「オイオイ、デブと呼んだのは誰だよ!」
「ちち、血の雨が降るぜ!」
観客たちは口々に叫んでいた。
「姉ちゃんたちは、旅の踊り子かい?」
黒いバンダナの小男が、ステージのアンナに近づいて来た。
客席とステージの段差は30センチメータルほどしかないが、アンナが高い位置から見下ろす形となる。
「何よ、文句あるの? チビ!」
挑発的な行動をやめないアンナ。
「ちょ、チョッとアンナさん。チビとか言って、あんまり刺激しては……」
マリーが、後ろからなだめようとする。
「いいじゃないか、体に聞くのが一番早い」
クロエの方も乗り気だった。たくましい二の腕の筋肉を見せつけながら、アンナの前に立つ。
「この、お子様たちはしつけがなってませんね。そうですよね、ブッチのダンナ!」
小男は後ろを向き聞く。
「おおお、お仕置きが必要だなぁー。その後で、おおお、お嬢ちゃんたちの体に聞こうか? ぐへへ」
ブッチのダンナと呼ばれた男は、のっそりと歩き出しステージの前に立つ。アンナより高い目線に立っていたので、2メータル以上の大男だと分かる。
「ね、姉ちゃん……」
カイトはステージの隅に隠れ、幕を掴んでフルフルと震えていた。
加勢したいが、何も出来ないことを知る――役立たずのポンコツ勇者。
「ま、ワシは、そのー……そろそろ見回りの時間でな」
保安官のキートンは立ち上がり、警棒で制帽を叩きながら酒場を出て行こうとする。
公権力も手を焼く相手なのだった。
「オイよ、キートン! おおお、俺が、この姉ちゃんたちと『ヨ・ロ・シ・ク』やったとしても、つつつ、罪には問えないだろ。ああん?」
「ああ、ブッチ。合意の上での行為ならば、警察も介入できんからな。ただし、十六歳未満の女の子とエッチしたら、淫行条例で捕まえないとならん。その辺は、加減してやってくれ」
保安官のキートンは、ステージ隅で震えているカイトをチラリと見て言った。
可哀相に――との哀れむ目だった。
そのまま職務を放棄し、店から出て行ってしまった。
(え? ボク。ヤラレちゃうの?)
カイトは、思わずお尻を押さえる。
「あの~キミたち、困るんだよね。こうした問題は、店の外に出て双方だけで解決してくれないかな」
酒場の主人のロイドは、アンナにすがるような目を向けている。
「ええ、心配なく。一発で決着を付けます」
アンナは口の右端を上げて、魔法の準備を始める。自信たっぷりの落ち着いた表情だった。
アンナは右手の人差し指を立てる。
指をクルリと回せば、この酒場の男たち全員を、拘束魔法で押さえ込むことが出来るのだ。
目を激しく動かし、全員の位置を把握した。
「お待ちなさい!」
マリーがステージからドン――と飛び降りて、ブッチの目の前に立った。
「え?」
アンナは唖然とする。このまま拘束魔法を使えば、デブのブッチがマリーに倒れ込んで、彼女を押しつぶすことだろう。
一瞬、躊躇した。
そのため、全ての相手の空間位置を把握していたのが、一斉に動き出されていて無駄になる。
「この、腐敗しきった街は何なのですか! 『怠惰』と『暴食』と『強欲』にまみれ、『色欲』と『憤怒』に包まれた住人! 『傲慢』で『嫉妬』深くて、救いようが無いわ! 恥を知りなさい! あなた方には神の救いは訪れません! 地獄の業火に焼かれ、魂は氷付けになるのです!」
マリーが糾弾する。
酒場は一瞬、静かになる。
「オメーはいったい、何モンなんだよ」
ブッチの低くて不快な声が響く。
「わたくしの名前は、マリー・アレン! ティマイオス王立学園の生徒会長です! 祖父は教皇のチャールズ十三世! 嘘だと思うのですか、これをご覧なさい! ステイタスカード、起動! 特殊アイテム装備!」
そう言った、バニーガール姿のマリーは、胸の谷間にステイタスカードを押し込む。そして黒いカードを右手に持った。
黒カードに左手をかざすと、映像が浮かび上がる。
「このカードの持ち主は、マリー・アレンです。枢機卿である、このわたくしが保証しますわ」
動いて喋るパトリシア・アレン枢機卿の映像。この後、教皇の紋章が浮かび上がる。
二匹の蛇が剣に絡みつく紋様。
(あー、ヤッチャったー)
アンナは顔を覆い、ヤレヤレとの表情を浮かべていた。
次回からは、レベル06「盗賊の 鼻を明かして 宝取れ」をお送りします。




