第9話 お金を稼ぐ。そして行水事件。大人のお姉さんはスゴかった
「はい。依頼達成ですね。お疲れさまです」
ぺたん、と、依頼票に完了のハンコが押される。
じゃらりと銅貨がカウンターに並べられる。
「銅貨46枚です」
人の嫌がる仕事は、やっぱり実入りがいい。
宿代と食事代を引いても、30枚以上は残る計算。
皆の嫌がるドブさらいの仕事は、僕たちのような新米冒険者か、あるいは、体を壊したり手足をなくしたベテラン冒険者の仕事。それでも避けられる仕事なので、報酬は高めになる。需要と供給の関係だ。
街でできる仕事の候補は、いくつかあったけど、配達とか荷運びとか給仕の仕事とか、代読とか代筆とか、僕でもできそうなほかの仕事は、これよりもっと報酬が少ない。
宿代と食事代を取ったら、ほとんど残らない。それじゃ武器を買うお金が貯まらない。
「にーしーろくやのと……、にーしーろく……。はい。46枚ちょうど頂きます」
銅貨を数え終わって、受付嬢のお姉さんの顔を見る。
「……」
うん?
数えているあいだは気がつかなかったけど、ずっとジト目を向けられていた模様。……なんでだろ?
「そろそろ銅札《Fランク》取得を考えてみませんか?」
「ああ。はい。……前向きに検討したいと思います」
日本人必殺のお断り文句を告げると、お姉さんの目がすっと細まった。雰囲気が変わる。
「迂遠に言っても伝わらないようなので、はっきり言います。――はよ銅札《Fランク》取りやがれ」
下町娘みたいに、ガラの悪い口調で急に言う。
びっくりするから、やめてください。
「三週間って言ったじゃないですか」
「三週間以内に、です。登録料を貯めたら、普通はすぐに銅札《Fランク》になるものです。30枚なんて、もう、いつでも払えるでしょう?」
と、言って、お姉さんはカウンターの上の銅貨にジト目を注ぐ。
僕はお姉さんから守るように、ささっと、銅貨を袋に落とす。
「これは武器を買うために貯めてるんです。無駄使いなんて、できないです」
「ギルドへの登録料は無駄ではありません」
「いまは武器が優先なんです。三週間までは待ってもらえるんですよね? それまでには銅札《Fランク》貰いますから」
「はぁ。可愛くない」
毎日毎日、仕事の開始と終了時に、こうして顔を合わせているもので、ちょっとした軽口も言える間柄になっている。
「それで? いまどのくらいですか?」
「あともう二、三日で、臭い仕事ともおさらばできそうです」
「鍛冶屋でしたら、裏通りにある――」
「――ドワーフのおじさんの店ですよね。そこです」
「なら問題ないですね」
緩んでいた表情を引き締めて、お姉さんは、完璧な受付嬢の顔に立ち返る。
「それではレンさん。銅札《Fランク》へのご登録、お待ちしております」
花のような笑みを浮かべて礼儀正しく頭を下げる。
もー、だまされないもんねーだ。
◇
解体所のほうを覗いてみたけど、今日は解体が多いのか、アルカはまだ忙しそうだ。
一人で宿へと向かうことにする。夕飯を買ってくるのは、後から帰ってくるほうの役割。だってそのほうが温かくて美味しいし。
手ぶらで街中を歩く。
夕方には、まだすこし早い時間。
街中も活気がある。
ドブさらいの仕事をはじめた頃は、日が暮れる頃まで掛かっていた。この道を通るのは、すっかり暗くなってからだった。
いまでは昼間のうちに帰れるようになっている。
ドブさらいの達人だ。
ドブさらいの仕事は、受け持つ区画の大きさで、報酬が変わる。
これなら複数人で受けるような、大きな区画をやってもいいのかもしれない。それでも夕方までには終わらせられそうな気がする。――なにしろ達人なので。
◇
宿に着くと、他の旅人が宿を取っているところに出くわした。
長い金髪の、綺麗なお姉さんである。
おじさんはよく見かけるけど、女の人、それも若い美人さんはめずらしい。
年齢はギルドの受付嬢のお姉さんよりは、ちょっと上。でもお母さんというほどでもなくて……。こういうの、妙齢っていうんだっけ?
あんまり見てると失礼だし。
日課の行水のために、井戸端へと向かう。
ぽいぽいぽーいと、服を脱いで、いつものように、頭から水をかぶる。
そろそろ洗濯するかなぁ。洗濯板は井戸端に立てかけてあるけど、石鹸とかなくても、水だけでゴシゴシ擦れば洗濯できるかな?
――とか、考えていたら。
さっき見た宿泊客のお姉さんが、木戸を開けて中庭に入ってきた。彼女は衝立の向こうの隣のブースで、桶を引き上げて、水を汲む。
むむむ……。
僕がここで全裸で水浴びしているのに、見事なまでのスルー。
男の裸とか見慣れてますか。そうですか。
うう……。大人の女の人って、すごい……。
そんなふうに考えていた時期が、僕にもありましたー。
お姉さんは、なんと、その場で服を脱ぎはじめた。
結んだ髪紐を解いて、ショールをほどき、上着をはだけ、スカートを落として――。
なんとその場で全裸になってしまう。
そして水を浴びはじめる。
えっ! えっ! ええええーっ!?
僕は心の中で大絶叫して、硬直してしまっていた。
そりゃ、前におじさんが、この井戸で、フリーダムに体を洗っていたのは見たことがあるよ! なんなら僕だっていま行水しているわけだけど!?
でも――!?
こんな綺麗なお姉さんが! するぅ!?
衝立があるから、そりゃ全身は見えないけれども。
お姉さんが体を洗う動作のたびに、ちらっ、ちらっと。
豊かで形のいいおっぱいだとか。きゅっと締まってるお尻とか。あと股間の陰りなんかも……。
髪の毛が金色だと、下のほうも金色なんだ……。
そんな変なことで感心している僕がいた。
馬鹿だ。馬鹿すぎる。死ね。僕。
お姉さんは、僕のほうに目を向けて――。
――あっヤバい!
覗いているのがバレた!
まじまじと見過ぎてしまった!
はい! 変質者! ここにいます! おまわりさん! ここでーす!
「……くす」
なのにお姉さんは、くすりと笑うだけ。
そのまま気にせずに行水を続ける。
僕は――。
「し、しつれいしましたあぁぁ――!」
逃げるように――いや、ほんとに逃げ出した。
自分の服を大急ぎでまとめて、ダッシュで――パンツを落としたので取りに戻って、もういちどダッシュで、その場から立ち去った。
◇
宿の廊下に濡れた足跡をいっぱい残して――。僕は部屋に駆けこんで、ドアを閉めた。
ばっくん。ばっくん。
心臓が大騒ぎしている。
すごい。異世界すごい。いや異世界関係ないか。
大人の女の人って……。すごい……。




