第5話 立ち止まって考える。お金の価値を学ぶ
二人で宿を出て、昨日と同じに、道ばたの屋台でパンを買う。
目玉焼きの乗ってるラピュタパンは銅貨1枚。
でも焼いただけのパンなら2枚で銅貨1枚。1枚を食べて、1枚をポッケにしまいこむ。
どうも現代人としては、お昼ご飯がないとお腹すいちゃうんだよね。
これで残りの所持金は、銅貨10枚になった。
街の中央の噴水広場に出る。
「ねえ。あのさ――」
ギルドに向かおうとするアルカを止め――ようとしたんだけど、ずんずん歩いて行ってしまうので、手を握って物理的に引き止める。
女の子の手って、柔らかい。
アルカは僕が手を握った人生初の――って、いまはそれ、どうでもいいよね。
「なに?」
「ここでちょっと話そう」
「うん? そうだねー。いい天気だよねー」
天気がいいから日向ぼっこしよう、と、そう思われたみたい。
まあそれでもいいんだけど。
このままノープランでギルドに向かうのはよくないと思った。
異世界に来て、冒険者になって、いろいろと物珍しくて楽しくて、なにも考えずに行動してきたけど。
ちょっとピンチになったので、ここは、立ち止まって考えるべきだ。
幸い、所持金はまだ銅貨10枚ある。
こういう時、人って、二つのタイプに分かれるんだって。
「もう10枚しかない」って思うタイプと――。
「まだ10枚ある」って思うタイプと――。
僕は後者でありたいなぁ、って思ってる。
だってそっちのほうが人生楽しめそうだ。
せっかく異世界きたんだし。楽しまなきゃ損だ。
いざとなれば宿に泊まらず野宿をするとして――。
食費だけなら、もう二、三日は生存可能。
うん。いけるいける。ちゃんと計画立てれば、ぜんぜん、大丈夫ーっ。
「すごーい。よく晴れてるー」
噴水の縁に腰掛けたアルカは、足をぷらぷらさせている。
空を見上げて、ニコニコしている。
気楽だなぁ。明るいなぁ。アルカのいいところだなぁ。
心配して気を回すのは、ぜんぶ僕の仕事ってことでいいよね。
「ねえ。アルカ」
「なぁに?」
「お金の価値とか、教えてくれない?」
「価値?」
アルカはきょとんとする。
だよねー。
そんな〝常識〟を聞かれたら、僕だってそんな顔を返すだろう。「100円っていくらですか?」みたいなマヌケな質問だ。
でも異世界人の僕には、いま必要な情報であった。
「宿が一泊銅貨20枚だったよね。ラピュタパンが銅貨1枚。パンだけだと2枚で銅貨1枚。薬草一束は、褒められる出来で採取して銅貨15枚になったよね」
「すごいね。よく覚えてるね」
アルカは感心したように言う。
そりゃ、生存可能日数が掛かってますから。
「あ。お金の心配してるの? だいじょうぶだよ。わたし、すこしは持ち合わせがあるから。レンに貸してあげ――」
と、言ってくるアルカを、僕は手で制す。
「だめだめだめ。そういうところはきちんとしよう。……まあ、本当にどうしようもなくなったときにはお願いするかもしれないけど。いまはまだそうじゃないよね?」
「う、うん……」
アルカはまだ納得がいかない様子。僕は言葉を足した。
「さっき計算したけど、宿に泊まらなかったら、まだ二、三日はだいじょうぶなわけだし」
「そうなの?」
僕はそこで、はっと気がついた。
算術――計算ができないって、ひょっとして、計画も立てられないのでは?
たとえば――。
一日二食で、銅貨3枚が必要だとする。
所持金は、いま銅貨10枚だから、三日後にも、まだ銅貨1枚は残っている計算。
10個のミカンを、1日3個ずつ食べたら、何日でなくなりますか? ――なんてのは、もうよく覚えていないけど、たぶん、小学生一、二年生でやるような内容だよね?
つまり、アルカって小学生以下!?
こんなにカワイイのに!?
いやカワイイは関係ないか。
僕は途端に心配になってきた。
算術のできない冒険者って……。
お釣りだって、ちょろまかされたりしちゃうのでは?
ランクが上がって大きな仕事をするときには、契約なんかをするのだろうけど。書いている内容がわからなかったら、簡単に騙されたりしちゃうよね。
『違約金は契約金の五〇〇パーセントです』なんて書かれていても、意味がわからないから、簡単にサインしちゃうのでは?
これはアルカが特別なわけではなくって、きっと、どの冒険者もそうなんだろう。算術は特技になるって、受付嬢のお姉さんも言ってたし。
パーティの中で一人でも、計算のできる人がいれば、問題はないのだろう。
僕が長い長いため息をついている間、アルカはまた空を見上げて、足をぷらぷらさせていた。
「あ。鳥。……おいしそう」
え? どれ?
見上げるが、鳥はもういない。
「はぁ……。で。お金の価値なんだけど」
「あ。おわった?」
僕が聞くと、アルカはそう言ってきた。
「なんか忙しそうだったから。待ってた」
はい忙しかったです。ショックを受けて大変でした。でも現状認識したので、だいじょうぶ。
異世界すごい。ある意味ですごい。
「銅貨1枚だと、なにが買えるかな?」
「……レンって、やっぱ変だね。どんだけ遠いところから来たの?」
聞かれて、ぎくりとした。
算術はできなくても、アルカは勘が鋭い。
僕の異質さに気がついている。
僕の顔をじいっと見つめ、アルカは――。
「まあ言えないことってあるよね」
「う、うんまあ……」
僕は歯切れ悪く、そう言った。
最初に「ワケアリ同盟」って言ってあるんだし……。気にしなくていいと思うけど。
「ええと」
言いわけをしようとしたら、アルカが答えはじめた。
「――銅貨1枚で、パンが何枚か買えるよ。お野菜なら、大きいのが一個丸ごと買えちゃうよ。ミルクなら一瓶。お肉は……、鳥一匹まるごとは無理かなぁ。卵なら二個。おまけしてもらったら三個」
「食堂とかで食べると?」
「銅貨5枚はするんじゃない? 高いから、食べないけど」
銅貨1枚って……。
100円くらいでいいのかな?
食品によって違いがあって、価値はだいぶバラけているけど、平均すると、だいたい、そんな感じ?
50円よりは高く、500円よりは確実に低い。
暫定的に、銅貨1枚=100円としよう。
うん。次だ。
「宿は、このあいだのあそこは、だいぶ安いほう。足で探してがんばって見つけたんだ。ほかは銅貨50枚ってところもあったし。大通りのピカピカしているところなんて、銀貨2枚だったよ」
はい! 銀貨きました!
「銀貨って、銅貨何枚?」
「100枚ね」
じゃあ、銀貨1枚=1万円か。
うん。一泊2万円の宿は、高級宿だね。おいしい食事もついてきそう。お風呂なんかもありそう。
ちなみに、僕らが泊まっている宿は、素泊まり2000円也――。
格安である。
「僕たちにいま必要なのって、武器だよね?」
「うん。そうだよね」
アルカはうなずく。
「武器があったら、ゴブリンから逃げなくてもよかったかもしれない。……武器がなかったら、今後もゴブリンに遭うたびに、成果を放り出して逃げなきゃならない。だから薬草採集は、武器が手に入るまではできない。やらない。……いい?」
僕がそう言うと、アルカもうなずいた。
「うん。わたしも薬草採集以外で、なにか仕事がないか、ギルドで探そうと思ってた」
同じことを考えていてくれたようで、ちょっと嬉しい。
「それで武器なんだけど。いくらくらい?」
「んー。わかんない」
「わからない?」
「弓なんかは、猟師さんたち、自分で作るし。鉈とか解体ナイフは鍛冶のできる人が鉄からこしらえてたし。鉄は行商人から買うんだろうけど。そもそも滅多に来ないし」
「すごい田舎だね」
ついうっかり口にしちゃったけど、アルカは気を悪くすることなく、大声で笑う。
「あはは。最初、言葉が通じて感動したよー」
「僕も僕も」
僕は別の意味でだけど。
しかし言葉が通じる心配をするぐらいの田舎って……。
「鍛冶屋さんなら、裏通りのほうにあったはず。……覗いてみよっか?」
「それは名案」
僕は一も二もなくうなずいて、アルカについていった。
鍛冶屋ーっ♪
異世界っ♪ 鍛冶屋ーっ♪
異世界来たら行ってみたい場所――トップ10、間違いなし!
こういう異世界でいいんですよーッ!




