第4話 大ピンチ! 宿代が足りない!
街の中心にある冒険者ギルドに向かって、とぼとぼと歩く。
僕もアルカも、しょんぼりと肩を落としている。
ギルドの前についた。
でも中には入らない。入る用事がない。
薬草はぜんぶなくしてしまった。いまはなんにも持ってない。
薬草採集は常設依頼だから、失敗の報告をする必要もない。
ギルドの看板を横目に見つつ、通り過ぎる。
自分たちは、なーんにも期待されていない無ランク冒険者なのだった。
「失敗しました」さえ、言う必要がないのだ。
その事実が、ず~んとのしかかる。
「やめ! やめやめ! もう落ちこむのやめ!」
アルカが自分の顔をばしばし叩いて、そう言った。
――痛くない? ほらほっぺが赤くなってるよ。
「おいしいもの食べて! きっちり休んで! それで気持ちを切り替えて! そしたら明日また頑張ろう!」
「うん。そうだね」
アルカはすごいなぁ。僕も落ちこんではいられないよね。
でも……。
「さあ、行こ」
「うん。あのね」
「また昨日の串焼き買ってさ、宿に帰ったら――」
「えっと。あのね」
僕の手を引っ張って、アルカはずんずん道を歩いていく。
ぜんぜん話を聞いてもらえない。
「ちょっとちょっと待って。ちょっと聞いて」
「うん? なに?」
ようやく立ち止まってくれたアルカに、僕は話す。
「実はちょっとピンチで……」
僕はさっきから考えていたことを、彼女に話した。
「お金が足りないんだ」
「うん?」
「ほら。昨日、銅貨45枚稼いだじゃん」
「うん」
「それで昨日の夕食で3枚、宿代で20枚、朝食で1枚、使ったよね」
「そうだっけ?」
アルカは、こてんと首を傾げる。
これは覚えていない顔。
細かすぎるよう――と、ジト目で見られる。
それは君のほうが大雑把なのでは?
「銅貨45枚のうち、これまでに使ったのは24枚だから。残りは21枚になるよね」
「そうなの?」
ああそっか。こっちの人って算術できないんだっけ。向こうだと、これくらい小学生でも余裕だけど。
「残ったお金だと、ご飯食べるか、宿に泊まるか、どっちかしかできないんだよね。どうしようかと思って」
「ああ。そんなこと」
アルカは軽く言う。
「ご飯食べないと力が出ないし……。二択だったら、野宿のほうかなぁ……」
僕はしょぼーんと、そう言った。
いやまて? 銅貨1枚の食事にすれば、宿にも泊まれる? でも朝食のあの量だと足りなさそう。逃げて走って疲れ切って、おなかがすいてる。
「どこかそのへんで寝転がらせてもらえるかなぁ?」
ちょっと夜は冷える感じなんだけど。
凍死しちゃったりしないよね? 路地の奥とか、風を避けられる場所があるかな?
「だいじょうぶだって。行こ行こ」
悩んでいる僕の手を引いて、アルカはスタスタと歩いていくのだった。
◇
ご飯は買った。
昨日と同じ、大きな肉の刺さった串と、パンみたいなやつ。
夕食に充分足りる量を手に――アルカと向かうのは、昨日と同じ宿屋だった。
「ねえ僕の話聞いてた? お金が足りないんだってば」
夕飯を買ってしまったから、いまはもう、本当に足りていない。
僕はそう言うが、アルカはずんずん宿に入っていく。
一階の受付のところで、アルカは言った。
「部屋、変えてください。二人で一部屋に」
「え?」
「銅貨20枚だ」
アルカは僕に顔を向けると――。
「20の半分って、何枚? 算術できるひと?」
「10枚だけど」
アルカは、テーブルの上に銅貨を10枚並べた。
そして僕に手を向けてくる。
「レンも10枚出してね」
「いやでもね? あのね?」
「二人で泊まれば、宿代も半分になるでしょ。どう? 名案っしょ?」
アルカはニコニコとしている。
「いや名案ではあるけどね。でもそのなんていうか。ちょっと考えなきゃいけないんじゃないかな?」
「泊まんのか。泊まんねえのか。どっちだよ?」
宿のおじさんに、じろりと睨まれる。
強面の顔が、ちょっと怖い。
「はいぃ、泊まりますぅ」
お金が足りるなら、泊まる一択だ。
でもね。あのね。一緒っていうのはね。
「銅貨10枚だ」
強面のおじさんが手を出してくる。
僕はその上に、銅貨を並べた。
◇
アルカと二人で、部屋に入る。昨日、僕の泊まった部屋だ。
あいかわらず、藁ベッド一つきりの殺風景な部屋だった。
そう……。ベッドは一つ。一つしかない。
「僕。床で寝るから」
まずはじめに、そう宣言した。
女の子を床に寝かすわけにいかない。男の子的に、そう思うので。
「それじゃ疲れが取れないよ。野宿と変わんないよ」
「いいんだ。屋根があるだけで嬉しいから」
「そんなことより、ごはん食べよ。冷めちゃうよ」
僕の悲壮な覚悟を、「そんなこと」で片付けられてしまった。
夕飯が始まる。
テーブルとか、ないので。
床にぺたんと座って、向かい合って、串焼きを頬張る。
なんだかんだで、日暮れ時になっている。窓の外がそろそろ暗い。
異世界だと、灯りはランプとかロウソクとかみたい。油や蝋が貴重らしく、暗くなったらすぐに寝るという生活らしい。
ちなみに灯りは別料金となるので、使わない方針。
串焼きは、すごくおいしい。これなんの肉なんだろう?
「これね。オーク肉」
「オークいるんだ!」
「??? いるよ? 森のもっと奥のほうに行けば」
「すごい! すごいすごい! 異世界すごい!」
「異世界?」
「ああごめん。こっちのこと」
ついうっかり、心の声が口に出ていた。
いやでも、これが噂に聞こえたオーク肉かー。
異世界に来たら食べてみたいもの――ナンバーワンである。少なくとも僕の中では。
僕は串焼きの肉をよく観察する。
見た目と食感は、豚肉に似ている。
だけど「なんたらポーク」とか、プレミアのついてる高級豚な感じ。これほどうまいお肉は、向こうじゃ食べたことがない。高級レストランに行ったら、あるのかもしれないけど。
「すごい。すごいすごい」
「うん。大きな街ってすごいね」
「あ。ここって。大きな街なんだ」
小さめの街だと思ってた。
地方とか郊外によくある、駅のまわりだけ店やビルがある感じの、こじんまりとした街。
ちょうど同じくらいのサイズ感だったもので。
「わたしのいた村。山奥だったもん」
「そうなんだ」
「でもあんな森の浅いところにゴブリンがいるなんて。大きな街って、やっぱりすごい」
「アルカのところだと、いないの? ゴブリン?」
「狼は出るけど。ゴブはあんまりいないねー」
「狼は出るんだ」
それは別の意味で怖いのでは?
「でもほら。魔物じゃないから。狼は。人に気づいたら、向こうから避けてくれるし」
「へー! へー! へー!」
すごい! なんか異世界来たって感じがする!
「でも大きな街だと、なんでゴブリンがいるの?」
「食べるものいっぱいあるからじゃない?」
「食べるもの……?」
僕は考えた。考えた。考えているうちに……。
「人ぉっ!?」
「いやそっちじゃなくて。冒険者が倒したほかの魔物とか」
「あ。はい。うん。そうだよね」
「そっちもあるけど」
「あるんだっ!?」
「ほら受付のお姉さん。この子たち、明日ゴブリンに食べられてそうね。――とかいう目で見てなかった?」
「僕の錯覚ではなかった!」
「木札の無ランクって、Fランクになる前に半分になるんだって」
「ゴブリンの餌率50%だった!」
衝撃の事実。
やっぱり僕らは、明日死んでるかもしれないゴミだった!
「たしかに、今日は……、餌になりかけた……」
うまく逃げられたから忘れていたけど。
やられていたら……。食べられていたんだ……。
「まあ? わたしたちも? オーク食べてるし? おたがいさまだよね」
串焼きにぱくついて、アルカが言う。
あっ。ほっぺにタレがついてる。
「オークおいしいねぇ」
「おいしいよね」
僕もまたしばし、無言で食べる。やっぱりうまい。量もある。
「オークって、狩れるようになると、すっごく儲かるみたい」
アルカが言う。
「オークの討伐って、何ランクなんだろう?」
「掲示板で見たけどDランクからだって。これはパーティで一匹をタコ殴りにする場合。群れが相手になると、パーティの場合でCランク。一匹相手でソロで挑むのも、Cランク推奨って書いてた」
「先は長いねぇ」
ランクを三つあげて、F→E→Dとなって、さらに仲間がいっぱいできてパーティになって、ようやくオークを相手にできるのか。
「ゴブリンを100匹狩れたら、Eランクに上がれるって」
「ゴブリン・スレイヤー……」
僕はにやりと笑って、そうつぶやいた。
「なにそれ?」
アルカはくすくすと笑う。
……かわいい。
あまり気にしないようにしていたけど。アルカは結構かわいい。
美少女といっても過言ではないかもしれない。
でも綺麗というよりは、かわいいというほうが似合うタイプ。
クラスで一番かわいい子とか。学年で一番にかわいい子とか。そんなあたり。
でもそういう娘って、だいたい綺麗で可愛いことを鼻にかけていたりするんだよね。アルカにはそういうのがない。自分がかわいいということに、まったく気がついていないみたい。
食べ終わった。
窓の外はだいぶ暗くなっている。夕方が終わって、もう夜になっている。
「さ。寝よ」
そういえば、さっきの話に決着がついていない。
僕は床で寝るよ、と、もういちど宣言しようとしたところで――。
「はい。どーぞ」
ベッドにあがったアルカが、毛布をぺろりとめくって、自分の隣を指し示す。
詰めればベッドは二人並んで寝転がれる広さ。
でも――!
だけど――!
いやいやいやいや。だめだめだめだめ。
だめでしょ! それは!
「僕はベッド使わないからね!」
「風邪引いちゃうよ?」
アルカは言う。心配するその顔には、まったくなんにも邪念がない。
邪念まみれなのは、僕のほう。
「それは……、そうかもしれないけど……」
「二人だと温かいよ?」
どきっとする。女の子の体温を想像してしまう。
もう一押しされたら、僕の鉄の意志も、くじけてしまいそう……。
あともう一押し。お願い。なんかください。
「レンも半分お金を出してるんだから。ベッドも半分使う権利があるの」
はいそうです。権利あります。
僕はめくられている毛布のなかに潜り込んだ。
◇
……。
眠れるわけない。
女の子と二の腕をくっつけ合わせて、毛布にくるまって――。
すぐ隣にアルカの気配がある。体温を感じる。温かい。
彼女の吐息が、すうすうと、規則正しいリズムを刻む。
緊張している僕と違って、アルカは完全にリラックス。すぐに寝付いていた。
僕のほうは、まんじりともできず、考えごとをする。
眠れるわけがない。
今日はいろいろなことがあったなぁ。
現代世界で生きていたら、一生に一度もないような体験だった。
ゴブリンに追いかけられて、殺されそうになったし。オーク肉おいしかったし。
異世界……。すごい……。すごいすごい……。
……ぐう。
◇
「おはよー」
翌朝。
窓から差し込む朝日のなかで、アルカが微笑んでいる。
気づいたら、瞬間的に朝だった。
……寝れたわ。




