第3話 薬草採集はおいしい仕事!
コケコッコー。
鶏? ……の鳴き声で目が覚めるのは、はじめての経験だった。
窓の木戸をこじ開けて、外を見てみると、うっすらと青みがかった空は、まだ端のほうしか明るくなっていなかった。半分ぐらい夜じゃん。
こんな時間に起きることも、はじめて……ではないかもしれないけれど、ほとんど記憶にない。
隣の部屋から、がさごそ、という音がして、しばらく待っていると、こんこんと、ドアがノックされた。
「起きてる?」
「起きた」
ドアの向こうからのアルカの声に、そう答える。
異世界の人って、朝が早いんだなぁ。
「下で待ってるよお」
階下に降りていって、彼女の姿を探す。宿の中庭に井戸があるようだ。
僕たちの他にも、宿泊客の顔がぼちぼち見える。
井戸で順番に水を汲んで、顔を洗ったりしている。
なかには服を脱いで、頭から水を浴びてるおじさんもいる。かと思えば、脱いだ服を洗濯しはじめた。
いろいろフリーダムである。
アルカから水をもらって顔を洗うと、さっぱりと目が覚めた。
「眠れた?」
「ぐっすり」
「今日はどうする?」
「また冒険者ギルドに行くと思う」
「わたしもー」
意気投合したことが、なんか、嬉しくて。二人で笑いあった。
◇
朝食がないことは、前の夜に聞かされていたから、そのまま宿を出る。
宿代は前払いしているから、現代世界のホテルみたいにチェックアウトの手間もない。
そのまま、すうっと外に出ていく。なんだか不思議な感覚。
歩いているうちに陽が昇ってくる。
日の出と同時にやっている屋台もあって、そこで銅貨1枚を出してパンを買ったら――。
「ラピュタパンだ!」
「……? なに?」
「ほら! パンに目玉焼きがのってる!」
「うん? のってるよね?」
「そうか。わかんないよね」
「うん? わかんないけど?」
「おいしいね」
「うん。おいしいよね」
感動は共有できなかったけど、美味しさのほうは共有できた。
◇
朝の冒険者ギルドは、この前訪れたよりも混雑していた。
長い列のできている受付には、昨日のお姉さんもいる。
ちらりと目が合ったので、ぺこりと会釈しておく。
向こうも気づいてくれたらしく、指先が小さく振られる。
「なんか混んでるねー」
隣に並ぶアルカが言った。
依頼が張り出されている掲示板の前には、人だかりができている。
なんか圧がある。凄みを感じる。皆が殺気立っている。
「この時間って、いい依頼の奪い合いなんじゃないかな」
僕は言った。
この光景は知ってる。異世界あるあるだ。
アルカと二人で、初心者冒険者ではあるけれど、なにせ僕には、WEB小説で培った知識があるのだ。
見ていると――。
張り出された依頼票を、ひっぺがす人がいる。カウンターにいる受付嬢のお姉さんのところに持ち込んでいるようだ。
なるほど。ああやって仕事を受けるのか。
「あっ、ほんとだー。早い者勝ちなんだね」
感心したアルカだが――。ついで、その顔が曇る。
「今日の仕事は、どうしよ?」
彼女は眉を顰めて、そう言った。
依頼票の内容は気になるけど……。
あの人だかりに飛び込んでいくのは、勇気がいる。
「昨日と同じでいいんじゃない?」
僕はそう言った。
昨日もやった薬草採集は「常設依頼」というやつで、いつでも残ってる。
モンスター討伐なんてのもあるけど、薬草採集なら、誰でも受けることができる。依頼票を取りに行く必要もない。
薬草採集。おいしかったしー?
すっかり味を占めてしまった感じ?
昨日と同じくらい――いや、朝からはじめるぶん、昨日の倍くらいは稼げそうだ。
「じゃ、そしよっか」
僕たちは、冒険者ギルドをあとにした。
◇
森に向かう。
門番さんに「気をつけろよー」と見送られて、てくてくと歩く。
昨日薬草を採った場所は、道から入ってすぐのところだ。
そのあたりは薬草も少なくなっているはず。すこし外れて、森の奥に行ってみることにした。
「わぁ。たくさんある!」
取り放題の薬草バイキングだ。
解体場のおじさんに褒められた昨日のやり方で、どんどん、掘り出していく。根っこを湿らせた布でくるんで、地面に並べる。
せっせと作業を続ける。頑張っていると、何束分も溜まってきた。
太陽が高くなってきたから、そろそろお昼ぐらいだろうか。
アルカを見るが、薬草採集を続けている。
こっちの人って、お昼ご飯、食べないのかな?
そういえば、なにも買ってないっけ。
薬草は、もうすでに昨日と同じぐらい集まっている。半日でこれだ。今日の稼ぎは昨日を超えることは確実だ。
夕飯は、ちょっと豪華にしたいなー。
三度三度の食事が普通の現代人としては、お腹がすいて仕方がない。お肉。お肉。お肉がいい。昨日の串焼きもおいしかったけど、異世界食堂のお肉とかがいいなー。
と、そんなことを考えながら、薬草を探す。
草むらをかき分けると――。
「グギャ?」
「え?」
緑色の肌をした変な子供と目が合った。
体が小さい。身につけているのは腰蓑だけで、ほとんど裸。
髪の毛がなくて、頭はつるっつる。耳が大きい。ていうか長い。耳の先端が尖ってる。
それよりも、異様にくさい。
一、二メートルの距離があるのに、においがここまで届くほど。
「グギャ! グギャギャ!」
子供ぐらいの体格の緑の人は、手にした棍棒を振りあげて、大騒ぎしている。
「え? え? え?」
僕は棒立ちのまま。目の前で起きていることに、頭が追いつかない。
「ゴブリン!」
アルカの声が聞こえる。
そうかこれがゴブリンか。異世界定番だね。
そうそう。こういう異世界でいいんだよー。
とか、ぼうっと考えていると――。
「なにしてんの! レン!」
アルカが僕にドロップキックを決めた。
ひどい。
でも吹っ飛ばされたおかげで、ゴブリンの振り下ろす棍棒に頭をかち割られずにすんだ。
「グギャギャギャ! ギャーッ!」
ゴブリンは棍棒を振り回して追いかけてくる。
「う、うわああぁ――!」
「きゃああ――!」
二人で逃げた。
異世界物の定番として、ゴブリンは最弱のモンスターとされているけど……。
実際に遭遇した感じだと、あれは無理。あれを倒すなんて、果てしなく不可能。
体格は小学校の低学年くらいだけど、体力や筋力もそうだとは限らない。そして武器を持っている。
さらに一番大事なことは――。
殺意がガンギマリなのである。目が血走って、口の端から泡まで吹いているのである。
武器を持った小学生が、発狂して、本気で命を奪いにくるのだとする。
そしてこちらは素手なのだとする。
逃げるでしょ? 逃げるよね! 逃げるしかないよね!?
「ああっ! 薬草!」
アルカが振り向いてそう言った。
「だめだめだめ! 拾ってる暇なんてないし! 逃げなきゃ!」
「でも――!」
アルカは未練があるみたい。
ひょっとして――?
「アルカ!? ゴブリンって倒せる!?」
「無理無理っ! 武器ないし!」
「だよねーっ!!」
僕たちは走った。命からがら。全力疾走。
幸い、ゴブリンの足は、それほど速くない。見た目通りの子供の脚力だ。
そしてこちらは手ぶら。
なんとか逃げ切ることができた。
ゴブリンの姿が見えなくなっても、僕たちは走り続けた。
街へと続く道にたどり着いても、まだ安心できずに、小走りを続ける。
「おいどうした?」
街の入口で、いつも見送ってくれる門兵さんに呼び止められ、僕たちはようやく足を止めた。
「ゴブ――! ゴブリンが出たあぁ!」
「あっははは。大変だったな」
「あの森! ゴブリン出るの!?」
「はっは。そりゃ出るさ」
「出るんだ!」
おじさんに笑われて、なんだか恥ずかしくなって、僕たちはそそくさと街に入った。




