第33話 転生師レン、経済でイナバウアーする
「準備できてるー! ほら! レン! 早く早くー!」
アルカが駆けだしていく。
普段はあまり近づかない、スラム街の外れ――。
綺麗な街と、ゴミためのような場所との中間地点に、大きなテーブルがいくつも並べられていて、牛でも丸ごと入っちゃうような大きな鉄鍋が火に掛けられている。
あちこちの奥さん方とかが、総出して、大量の食事を作っている。
奥様方には、日当を払うことになっている。どのご家庭にとっても、臨時収入は大変嬉しいものらしく、家事を一日だけほっぽり出して、奥様方は笑顔で協力してくれている。
――という話だ。
伝聞調なのは、すべて聞いた話だから。
スラム街への炊き出しは、すべて幸運兎堂に丸投げだ。
スラム街の――正確には、遺民っていうんだって。なにか昔に色々あって、国への帰属を拒んでいる人たちが主に暮らす地域のことを、僕が向こうのフィーリングでスラム街と呼んでいるだけ。
人頭税を払わない、あるいは払えない人たちが、すべての市民権を失ってここにいる。
市民権がないってことは、つまり、人権もないっていうこと。誰も助けてくれないっていうこと。異世界はシビアである。
「ほら来たわよ。アリス」
「いらっしゃませ。レン様」
幸運兎堂の姉妹――。ウサ耳リボンがトレードマークの双子たちが、食器の入った木箱を点検している。
そこへ僕は、顔を出した。
「いつも可愛いね。二人とも」
親戚のいとこの子に声を掛けるような気分なので、そんな軽い言葉も平然と言えてしまえる。
「そんな。わたくしなんて……」
「ふふん。もっと言いなさーい」
あと、いつも本当にカワイイのが……。
「右がエリス。左がアリスちゃん」
セリフでいうと、最初のほうの「そんな、わたくしなんて……」と、しおらしく頬を染めていたのが、生意気上手なエリスちゃん。「もっと言いなさーい」って胸を張っていたほうが、いつも上品なアリスちゃん。
まーた入れ替わって遊んでる。この子たち。
「なんでわかんのよ! なんでアリスのほうだけ〝ちゃん〟付けなのよ!」
「やはり通用しないのですか……」
二人はしぶしぶ、交換していた名札を元に戻した。
「ごめんごめん。エリスちゃん。……えっと? 髪型変えた?」
「ま、前に言ったじゃない! こ、こういうの……。に、似合うって……」
エリスちゃんの現在の髪型は、ツインテール。
そしてアリスちゃんのほうも、ツインテール。
ツンデレ上手なエリスちゃんには、似合うと思ったし、たしかにそう言ったし……。
なぜに? アリスちゃんまでやってるの?
おしとやかなアリスちゃんには、ツインテール、イメージ違いだよね?
ちら、と、アルカを見る。
アルカはあっちこっちで、「わー、でっかーいお鍋」「お椀がたくさーん」と、感心しているばかり。
はい。わかってましたー。
ヤキモチのひとつも妬いてもらえませーん。
友達ですので。相棒ですので。
「に、似合ってる……とか、一言ぐらいあってもいいんじゃないの? せっかく、やってきたのに……」
「アリスちゃんは似合ってないね」
「えっ! うそ!」
「ひっ!」
二人は慌てて、ツインテールを解く。いつものゆるふわロングヘアに戻す。
だから? なんで二人ともやめちゃうの?
エリスちゃんのほうは似合ってたのに。そのままでいいのに。
まあ、片方だけ髪型が違うと、簡単に見分けがついちゃうけどね。
「だけど……。まったくいいご身分よね」
「エリス!」
アリスちゃんの制止を振り切って、エリスちゃんは言う。
「いいんだって。こいつ。面倒なところ、全部わたしたちに丸投げして、レクリエーション気分で、楽しいとこだけ遊ぼうとしているんだから。手伝うなら朝から来なさいよ。わたしたちなんか、昨日の夜から準備してんだから」
今日が、炊き出しの初日。
幸運兎堂との契約で、僕に支払われるべき儲けは、すべて炊き出しに供してもらうことになっている。
そして準備も手配も、すべて丸投げ。
そういう契約である。
その初日に、僕とアルカは、ちょっとお手伝いをしようと思い立ち、やってきたのだった。
昼も近い、こんな時間に、のこのこと手ぶらで。
うん。偽善。
うん。上から目線の娯楽に近い、趣味の悪いナニカ。
そんな言いにくいことを、全部、すっぱりすっきり言ってくれるエリスちゃん。すきー。
前は石鹸だけが売れ筋商品だったけど。
最近は商品が増えている。
カチコチ玉は、最初の風魔法永久機関バージョンが完成して、すでに販売が開始されている。
貴族向けだけど、けっこう売れているらしい。
ただし庶民向けには、ちょっと欠陥があって――。カチコチカチコチ、いつまでも永遠にうるさいということ。庶民の家は狭いので、音がうるさいのが欠陥となってしまった。
そこで台座に空の魔力をセットして、指先で触れて魔力チャージした時間だけ動くタイプのバージョン2を、現在開発中。
スノードームもいくつかのタイプができて、これは裕福な庶民の間で、人気が上がりつつある。
ラジオメーターはいまだに難航中。そのうち錬金術師さんと、打ち合わせが必要かも?
「いいご身分ですこと」
ぷんすか怒っているエリスちゃんに、僕は鷹揚にうなずいた。
「うん。お金持ちって、偉いんだよ」
「あんたお金ないじゃん! びんぼー人! バッカじゃないの! 施しなんかしなけりゃ大金持ちなのに!」
うん。お金はないね。
毎晩。銀貨の枚数をアルカと二人で数えているけど。「いちまーい、にまーい」って、ほとんど儀式になってるけど。
パーティ資金と合わせても、いま、銀貨五十枚かそこら。
すこし前は100枚の大台に乗りそうだったんだけど、このあいだ防具を買ったので、だいぶ減っちゃった。
でも僕らの冒険には、そのくらいで充分だし。
だんだん増えていくのが、いま、すっごく楽しいし。
知識チート系のWEB小説で、僕がおかしいな、と思っているところがある。
すごく流行するアイテムを開発して、ものすごいお金が入ってくるという展開は、よく見かける。
文字通り、使い切れないほどのお金
いくらあるのか把握もできないような、超絶的な大金。
でもその人たちって、お金、使わないんだよねー。
なら、なんでそんなに持ってんの? 貧乏性なの?
なにが楽しいの? それ人のためになることなの?
そこが僕には不思議だったのだ。
異世界ものは好きなんだけど、どうしてもそこだけは腑に落ちないというか。
なんでだろ? と、考えてみた結果――。
その人たちは、異世界を楽しむ能力が低いんだと、そういう結論に至るしかなかった。
なんたって、僕は?
異世界転生師ですから?
異世界を楽しむことにかけて、先人の誰にも負けない自負がありまして?
我! お金を持たないことが! いちばん楽しいと見つけたり!
あ、お金はいるよ?
まったくないと困るよ?
異世界にきて最初の数日、すごい困ったよ? アルカがいなければ、野宿で凍死コースまっしぐらだったよ?
でも、お金は必要なだけ、あればいいんだ。
宿代と、おいしいごはん。あと武器と防具代。
そこに加えて、アルカとデートできるぐらいのお金があったら、それ以上は必要ない。
なんたって――?
プロの異世界転生師ですからあぁ――ッ?
「こいつ、いつも変よね」
「今日のブリッジはいつもより一段と猛々しくて素敵ですわ」
「レンはいつもへんだよ」
はっとなって、僕は立ち上がり、土埃を払った。
「お金なんて、どれだけたくさんあったって、ギルドの金庫にしまわれてるだけでしょ。世の中の役に立ってないよね」
「えっ……? お金? あったら……? いいんじゃないの?」
「たくさんたくさん! あると素敵です! 山ほど金庫に蓄えたいです!」
エリスちゃんはきょとんとしている。
アリスちゃんは商人見習いの野望を語ってる。
「だめだよそれじゃ。お金は血液みたいなものなんだから。出回ってくれないと、銅貨も銀貨も世の中からなくなって、なにも買えなくなって、みんな困っちゃうよ?」
「えっえっえっ?」
「そ、そのお話! もうすこし詳しく――ですの!」
僕、ちょっと計算したんだよね。この街にありそうな貨幣の総量。その概算量とか。
その結果は――。
僕の新商品。儲けの額が、影響を及ぼすぐらいに、もうすでになってた。
ちょっとまずい。
この後に、まだリバーシとかが控えているのに――。
はい! はい! はい!
知識チートの王者! リバーシが通りますですよ!
すべての遊戯は道を譲りやがれ! ですよ!
「ああ……。また壊れた」
「だめ……、聞けなかった……」
「レンはすぐに直るよ」
商業ギルドには、大金庫がある。
なんでも、冒険者ギルドとは別に、商業ギルドというものがあるそうで――。
そこでは大金も預かってくれるのだとか。
でもお金を預けても、利子をもらえたりはしないみたい。
むしろ、逆で――。預けるときと、引き出すとき、両方で手数料を取られるそうな。
ってことは……。これは銀行とは違うシステムってことだよね。
手数料のみで回してる。
両替商に預かり機能が追加された程度の、原始的な仕組み。
預かったお金を、他に貸し出して、金融業の仕組みを活用して利益を得ていれば、顧客から手数料なんて取る必要がないんだ。
むしろ「利子」を顧客に分配できるほど儲かる。もう死ぬほど儲かる。笑いが止まらないくらい儲かる。
17世紀のオランダで「銀行」が発明されてから、世界は激変したらしい。死ぬほど儲かる銀行が、世界を裏で牛耳っているとかどうだとか。
……これ、ぜんぶ社会の先生の受け売り。
社会の先生が暴走して、試験範囲そっちのけで、面白話を熱弁してくれるから。よく覚えてる。先生のイナバウアーはカッコよかった。
金融テクノロジーに関しては、これ、教えないほうがいいよねー。
封印だ。
ふっ……。この封印が……。うずく……。
「ほらおわったよ」
「あの! さっきのお話のつづきを――!」
「ばか。ばーか。ばーか。チンカス。ブリッジがキモい」
「あっ。ほらほらアルカ。そろそろ炊き出しはじまるみたいだよ」
「うんしってる」
「手伝おうよー」
「てつだうー」
炊き出しの列が動きはじめる。僕はスタッフ側に向かっていった。
「あの! さっきのお話の――!」
「宿題」
食い下がってくるアリスちゃんに、びっと指を突きつける。
お金が回らないと、なんで人が困るのか。
ただ聞いて教わっても、どうせ右から左に耳を抜けるだけ。
自分で考えてたどり着いたら、一生、忘れない。
「はい!」
アリスちゃんはいい子だなぁ。メスガキ上手なエリスちゃんもかわいいけど、別な意味でアリスちゃんもかわいいなぁ。
お上品ちょい肉食系?
アリスちゃん、すきー。




