第32話 冒険者のファッション
「ミレーヌさん、こわかったねー」
「こわかった」
「リタ、痛そうだったねー」
「うん痛かった」
痛そう――じゃなくて、痛かった。
あれは見ているこっちまで痛い。
ギルドをあとにして、ふたりで歩いている。アルカもいつもの服に戻っている。
アルカのバイトは、午前中だけで終わった。
用事で遅れている娘がやってきたので、臨時のバイトを終えて、アルカと二人で、逃げ出すようにギルドをあとにした。
ミレーヌさんは、会釈をすると、いつものように指先を小さく振って返してくれたけど――。
いつもとまったく同じ笑顔のはずなのに、僕はその背後に般若がいるように思えてならなかった。
噴水広場まで逃げてきて、そこで座りこんで、足をぷらぷらさせていると――。
「ねー、今日、このあとどうするー?」
「どうしよう?」
アルカと合流するつもりはなかったので、本当に、どうしようかな?
「なんかある?」
「ないかな」
予定は特に決まってない。
「じゃあさー、寄りたい店あるんだけど、いい?」
「いいよ」
デートだ。デートのお誘いだ。
――って、はい、わかってます。ただの買い物だよね。
◇
「ここー。前から気になっていたお店ー」
お店の前で、アルカが「じゃーん♪」と手を広げる。
アルカに連れられて行った先は、防具のお店だった。
冒険者向けの防具を扱っているようだ。
「そっか。武器はあるけど。防具って揃えてなかったよね」
僕は自分の格好を見る。
この異世界に来たときに来ていた服だ。何度か洗濯してはいるけど。ずっとこれ。
武器のほうは、死ぬほど頑張って、お金を貯めて調達したけど――。
防具に関しては、じつはそれほど必要性を感じていなかった。
ゴブリンなら完封できてしまって、怪我をするようなことはなかったので。
森のあのへんは、出てきてもゴブリンか、リーダー格のホブゴブリンまでしかいない。
でもいつかはオークなんかに挑戦するわけで、そのときには防具は必要だ。たぶん絶対に。
「ちょっと見てこうか。買うかどうかはともかく。値段も知らないし」
「うん! ここはね! 女の子に人気のところなんだって」
「女性冒険者?」
「うん! リタが教えてくれたの。かわいい防具が、いっぱいあるんだってー!」
かわいいって、そこ、大事なところ?
防具は防御力と機能性なんじゃないかな? 命を預けるものなんだし。
まあ、僕も、どうせならカッコいい防具がいいと思ったりするけどね。黒一色でコーディネートして、さらに漆黒のロングコートとかいいかもーっ!
なら女の子的には「かわいい」を追求するのも当然なのかな。
まあ、入ってみることにしよう。
◇
「こちらのブーツは膝上までで動きやすく、スカートもただの布ではなく、法術付与のアリア綿ですから、見た目以上の防御力があるんですよ」
「へー! へー! へー!」
アルカは、はしゃいでいる。
「弓を使うにも邪魔になりませんし、お客様は……、あと剣か、片手武器をお使いですね。そのときにも動きやすいですよ」
「きゃー! きゃー! きゃー!」
アルカはエキサイトしている。
店員のお姉さん、動きをちょっと見ただけで武器までわかるんだ。
さすが冒険者専門の防具屋の店員さん。
店員さんのおすすめで、上下一揃いを着込んだアルカは、姿見に自分を写して――大興奮。
つぎつぎにポーズを変えて、姿を写している。
ていうか、鏡、それ自体にも大興奮しているっぽい?
そうか。異世界だから、鏡は高級品なのか。
そうか。鏡を見るの、はじめてなのかも? アルカの村には鏡なんてなくって、自分を写して見ることもなかったのかな。
そうか。だからそんなに無頓着でいられるんだね。自分のかわいさに。
「わー! わー! わー! かわいい!」
アルカが大はしゃぎして、ポーズを右に左に変えていく。
そのたびに、ひらり、ひらりと、ミニスカートの裾が舞う。
男の子的には、どぎまぎしてしまう。
膝までガードする冒険者使用のロングブーツだけど、スカートとの間に絶対領域は残される。
ブーツとスカートの合間で、肌色の生太腿が、ちらちらと視野の中で踊っている。
絶対領域が、すんばらしい。
「でも予算オーバー。残~念っ」
ひとしきり姿見で映して堪能したあと、アルカは諦め顔でそう言った。
「彼氏さん、どうです?」
店員さんは、僕に聞く。
「か、彼氏じゃないですっ!」
「あら? そうなんですか?」
店員さんは、アルカの頭から足先まで示して、セールストークを、なぜか僕に投げてくる。
「こちら。上から下までのフルセットで、本当だったら銀貨20枚のところですが――」
だよねー。やっぱり、いいお値段になるよねー。
個人ごとの貯金は、そんなに貯まっていない。
収入はきっちり二等分してるから、アルカのほうだってそれは同じはず。
「――すごくお似合いですよね!」
「……ですね」
「かわいいですよねー」
「……ですね」
「ですから、特別に、銀貨15枚におまけちゃいます! 彼氏さん、どうです?」
うわぁ。だいぶ値引いてくれた。お買い得ーっ!
でもなんで僕に聞くんです?
あと彼氏じゃないんですってば。
アルカのほうは、無自覚天然娘だから、絶対に、友達としか思ってませんってば。
「銀貨15枚……。15枚……。うーん……、うーん……」
アルカは悩んでいる。さすがにまだちょっと無理。
パーティ共有のお金のほうに多く残していて、個別に渡すお金は、お小遣い程度でしかない。
でも……。
「そうだ。パーティ経費にしよう」
僕は言った。
「え?」
「今回だけ。特別。防具はパーティ経費から出そう」
「え? いいの!? ほんとに!?」
「うん。いいよ」
「ありがとう! レン!」
感極まったアルカが、抱きついてくる。
「わっ。わわっ。アルカっ。は、は、離れてっ」
「彼氏さん、太っ腹ですねー。あと役得ですねー」
「ですから彼氏じゃないですってばぁ」
パーティ経費から出すことにしたので――。
僕も買った。軽装のレザーアーマーと、腕と足のプロテクター。
漆黒のロングコートもちょっと欲しかったんだけど、「アサシンの方じゃないですよね?」とお姉さんにジト目で見られたので、やめておくことにした。
◇
防具を買ったら、もうテンションが、あがっちゃって――。
そのまま、勢いで、二人で森に出かけることになった。
採集にも討伐にも、出るには遅い時間だったけど。
ゴブリンの数匹でも狩れれば、それでいいわけで――。
僕たちはめずらしく、薬草を一切無視して、ゴブリンだけを探すのだった。
◇
「いざ探すといないよね。ゴブリンって」
「そうだねー」
アルカが前を歩く。僕は後ろからついていく。
見つけるのは、アルカのほうが得意だから、いつものポジションではあるけれど。
いつもと違って、僕は気が気でなかった。
普通に歩いている分には、ひかがみが見えるくらい。僕は「ひかがみ君」ではないので、べつにどうということはないんだけど。
でも、ぴょん、と軽く跳ねたくらいでも、スカートの裾がぴょんと跳ねるんだ。
見え――!? ない。
見えて――!? なかった。
見えちゃ――!? わない。残念。
いや残念じゃない。これはイケない。ヤバい。
さっきから集中できていない。目がスカートに吸い寄せられている。意識の97%ぐらいを持っていかれている。
戦闘になったりしたら、実際、もっと跳ね回るわけで――。
本当に見えたりしちゃうじゃないかと――。
そしてそのとき、僕は、ゴブリン見てないでスカートの奥を覗いていたりして――。
ゴブリンの棍棒を脳天に食らって、死んじゃったりしちゃいそう。
マヌケすぎる。
異世界転成師レン――。パンチラに目を奪われ、ゴブリンで死す。
墓碑には、そう刻んでもらわないと。
ゴブリン、出ないといいなぁ。
と、そう思った。
あ、これフラグじゃないの?
そう思った瞬間、やっぱり――。
「いたよ」
アルカがしゃがむ。小声で言う。
僕は――。スイッチが切り替わって、アルカに尋ねる。
「何匹?」
「二匹」
「じゃあ、一匹ずつ、とろう」
僕は頼れる相棒に、にやりと笑いかけた。
「弓使わないでいい? 撲殺したい」
上等。撲殺天使に、ぜひなってくれ。
僕とアルカは、二人で草むらを静かに進み、ゴブリンたちの近くまで移動してから、慣れた動きでスムーズに襲いかかった。
僕は後ろから、秘剣ゴブリン斬り。
ゴブリンの胴体を、上と下とに、真っ二つ。
最近、戦闘に入ると、集中力が高まるというか、ゾーンに入るというか――。
練習のときには、かなり集中しないと出来ないことが、本番の戦闘中なら容易にできる。
「えい! はっ! たっ!」
アルカのほうも声が聞こえる。
棍棒で数回殴りつけて――、そのあとで、ゴブリンの倒れる音が聞こえてくる。
僕はぶった斬ったゴブリンの――主に上半身のほうを、じっと見ていた。
こんなんでも、まだ動いてくるかもしれない。
やがてゴブリンは、最期にぴくりと痙攣して、それきり本当に動かなくなった。
ほうら、まだ動いてきた。
僕が安心して近づいていたら、最期に一太刀、浴びせてくるつもりでいたよね。
でも残念。死ぬまで絶対に油断なんてしてあげないよ。
と、そこでスイッチが切れる。
ゾーンが解除されて、普段の精神状態に――。
――って!
「ああああああああ!!」
「ど――!? どうしたのレン!? ――怪我したっ!?」
「あああああああ!!」
アルカが駆け寄ってくる。
僕は衝撃のあまり、叫び続けている。
「どうしたのレン! どこが痛いの!」
痛い! 痛いよ! 心が痛い!
――見てなかった!
戦闘で! 動き回って! パンチラ! してたはずなのに!
見てなかったあぁ――ッ!!
「ああああああ――ッ! 僕のぶぁかあぁ――ッ!」
僕が大声で叫んでいると――。
「どうした! おい! おまえら大丈夫か!」
叫び声とともに、どやどやと、四人ばかりが駆けこんできた。
「――って? なんだ姐さんとアニキじゃないっすか」
「ああああああ!」
「イキリ君たち! レンが!?」
「なに騒いでるんすか? アニキ?」
「さ、さぁ……? わ、わかんないけど。さっきから、へんで」
「アニキがへんなのは、いつものことじゃないですか」
「そ、そっか……。そうだよねー」
「変って言うなし」
「あ、直った」
僕はじろりと、イチャモン君を見た。
こいつ。僕の舎弟を自認するこいつ。
こいつらのほうが、よっぽど変だよ。
このあいだミレーヌさんに聞いたんだけど、こいつ、この野郎、名前を「イチャモン・イキリ」に、正式に改名したんだよね。
ミレーヌさんが、「お名前を変えるとギルドタグは作り直しになりますよ。実績がゼロにリセットされて、無ランクからの再スタートですよ」と何度も念を押されたにも関わらず、断固として改名したのだとか。
他の三人は、「フトッチョ」「タワマン」「オタ」だってさ。これも僕の心の中の呼び名で――。
それで、皆の姓――ファミリーネームが「イキリ」なんだってさ。
バカなの? 死ねば?
いいかげん名前を覚えてあげようと思っていたんだけど。聞いてあげようと思っていたんだけど。もういいよね? 本名なんか、未来永劫、知らなくていいよね。
「――で? なにしにきたの?」
僕はじろりと、イチャモン君を見た。
「いや……、なんか凄い叫び声を聞いたので……。助けがいるって思って……、そしたらアニキだったわけでして」
「えっ? あっ、そうなんだ……」
僕は前髪をいじった。
「俺たち、アニキに助けられましたから……。同じように、なるべく助けに入ることにしてるんです。――あっ、もちろん! 取り分なんて要求してないですよ? アニキたちだって、そうだったし――」
な……。なんだよ。イチャモン君のくせに。
いいとこ……。あるじゃん……。
善行……、積んでるじゃん……。
「ほら、レンが大声あげるからぁ」
アルカが言う。
「ごめんごめん」
だって。アルカのパンチラを見損ねたもので……。
「ところで姐さん。装備、新調したんすね」
「うん! どうお? ――似合う?」
「すっごいです! 似合ってるっす!」
「です! ですです!」
「サイコーっす! バッチリです!」
「女神だ……」
「えへへーっ!」
アルカは喜んで、くるりんとその場で回る。スカートの裾が広がって――。僕たちの目は、そこに釘付けになって――。
ん? 僕たち?
僕だけでなく、四人組の目も、そこに釘付けになっていた。
鼻の下を伸ばしている。
「うおっほん!」
僕が大きな咳払いをすると、彼らは直立不動になった。
「そ、そうだアニキ! ゴブリン狩りですよね! ご一緒していいですか! 俺たち! 一度でいいから、アニキと一緒に――」
「ねえ?」
僕は彼の言葉を遮って、言った。
「あっちいってくれる?」
「え? でもアニキ――」
「それとも死ぬ?」
「行きます! 行きます! あっち行きます! おいおまえら! あっちに向かって全力疾走だ! 行くぞ!」
四人組は、駆け足で去って行った。
素直に去っていってくれて、よかった。
もし彼らが、どうしても僕とアルカと狩りをしたいと駄々をこねるのなら……。アルカのパンチラを目撃したりしたなら……。
駆除しなくてはならないところだった。
「いいじゃん。一緒に狩りしてあげれば」
「だめです」
「なんで?」
「なんででもです」
アルカに指図してもらいながら、ゴブリンから魔石を取り出す。
最近は僕も解体をやっている。アルカも算術を勉強しているし、約束なので。
それに今日は、アルカが、せっかくかわいい防具を買ったんだしね。初日に血で汚したらかわいそう。
◇
「二回目は、見つからなかったねー。残念っ」
夕焼けの中、僕らは歩く。街の入口はもうすぐそこ。
歩きながら、僕は、考える。
スカートの件、アルカと話しあったほうがいいのかな?
結局、パンチラは確認できなかった。
そんなに動いたら、ぱんつ見えちゃうよ? ――と、はっきり言うべきなのだろうか?
でも――と、考える。
あんなに平然と動き回っているのだから、もしかして、スカートの下は生ぱんつではなく、黒ぱんつだったりする?
クラスの女子が、「黒パン穿いてるもーん」とか言って、自分でスカートめくって見せびらかしていた。黒パンは、見せていいものらしい。
アルカも、そーゆーのを、穿いているのかも?
でも、もし確認して、もし黒パンだったりしたら――。
僕のこのドキドキは、無残にも、消滅してしまうことだろう。
生パンかもしれないから、ドキドキするのである。
黒パンだと知っていたら、しょんぼりだー。
いったいどちらなのか。
ううん……。これは難問だよ……。
まだ観測してないから、わからない。
そうだ。そうなのだ。
観測しないうちは、確定しない。――かつて物理学者のシュレディンガーは、量子力学的問題に対して、そのように述べている。
「ねえ? レンはさっきから何考えてるの? まーた、へんなことぉ?」
「変じゃないよ」
僕は言った。
「ええと。深遠な……。とても深遠な……。量子力学的な難問かな」
「ふぅん? 難問なんだ?」
これは、そう――。
あえて名付けるのであれば、「シュレディンガーの生パン問題」であろう。




