第30話 水浴びとおっぱいと道徳の授業。あとお風呂の話
「では二時間目の授業です」
休憩が終わったあと、僕はそう言った。
「あれ? もう終わりじゃないの?」
「二時間目は道徳です」
「どうとく?」
アルカが、きょとんとしている。
でもこの二時間目があるのって、アルカのせいなんだけどね。
「どこかのお宿の中庭に、井戸があります。その井戸端では水浴びができます」
「うちだー」
メイカちゃんが言う。
「いえ。これはたとえ話です。どこか特定の場所を明示しているわけではありません。もし万が一、非常に似通ったケースが存在したとしても、あくまでも一般論とします。いいですね?」
「うん」
メイカちゃんがうなずく。
この難しい言い回しについてこれるんだから、メイカちゃん、やっぱり幼女じゃないよねー。
「井戸端で男の子が水浴びをしていたとき。隣に女の子がやってきました。女の子も水浴びをはじめます」
「わたし?」
「あくまでも一般論です」
ぺしぺし。ぺしぺし。
「なんでぶつの!」
「男の子はまじめに水浴びをしていましたが、女の子のおっぱいが、どうしても目に入ってきます」
「おっぱいってゆったー!」
メイカちゃんが、はしゃいでいる。
「そしてこんどは、宿の子供が、背中を流すと言ってきました」
「あたしだー」
「違います。一般論です」
「この子はおっぱいないけど、でも女の子です」
「またおっぱいってゆったー!」
「さて。男の子は困ってしまいました」
と、ここで僕は核心を切り出す。
こうやって、道徳の授業を通して、さりげなく一般論として持ち出すことで、二人に、よく考えてもらおうという作戦だ。
「男の子は、どうして困っているのでしょう? ――わかる人」
二人は、きょとんと首を傾げるばかり。
「なんで?」
「おにいちゃん、なんで困ってるの?」
「だからおにいちゃんの話はしていません。どこかの男の子の話をしています。一般論です」
二人に答えを求める。圧をかける。
「だって? ねえ? 井戸端はべつに、男の子専用じゃないし?」
「メイカもあそこで水浴びするよー? おにいちゃん、井戸、独り占めしたいの?」
「べつにそんなこと、一般論のなかのおにいちゃんはこれっぽっちも思っていません。ただ、おっぱいがチラチラと目に入って、大変、困るのです。一般論的おにいちゃんとしては」
「だからなんで?」
アルカは聞いてくる。なんか、指折り数えながら――。あれは何を数えてるんだろう?
「あと、いちおう小さいけれど女の子している子に、裸を見られるのは、おにいちゃん、ちょっと困るのです。一般論的に」
「なんで?」
メイカちゃんが、きょとんと、小首を傾げている。
困ったな。
これでわかってくれないんだとすると……。
「ええと、では……。ケースを変えてみましょう。二人の女の子が、街に買い物に出ました。でも二人は、服をどこかに引っかけて、破ってしまいました」
「ああっ! お洋服がーっ!」
「やぶれちゃったー!」
二人は諸手をあげて感情移入。
そこで僕は、再び核心を切り出す。
「破れ目から、おっぱいが見えてしまいました」
「またおっぱいってゆったー」
「二人は困っています。まわりの人はじろじろと見てきます」
「やだっ!」
「うえーん! はずかしい!」
二人は、とっさに胸をかばった。
「えええええ? ちょっと待ってよ! ――こっちは恥ずかしいの?」
「当然!」
「でもさっきは恥ずかしくないって――」
「あったりまえでしょ! おっぱい見えてるって言ったじゃない!」
「メイカもないけど! すこしはあるよ! はずかしいよ!」
「ええーっ……?」
釈然とせず。僕は首を捻るばかり
「でもメイカちゃん、よく抱きついてきて、あたって――」
「――あててんのっ!」
はい。確信犯的幼女から「あててんの」いただきましたー。
いやそれは、いまはよくって――。
「なんで?」
「こっちが聞きたいよ。レンこそ、なんで?」
「なんでなんで? おにいちゃん、なんで?」
逆に僕のほうが、二人から問い詰められる。
「だって。おっぱ――」
「五回目」
アルカが指を折って、そう告げる。
「――指折り数えるの! やめてよね!」
「だから、なんでそんなにこだわってるのかなって? 五回も言うくらいに」
「だってだって! でもだって! 見えてるし!」
「だけど水浴びだよねえ? そりゃ見えてはいるだろうけど……、ねえ?」
「ねー。おにいちゃん、へんだよねー」
そういえば、以前、水浴びでご一緒した美人さん。あの人も平然としていたっけ……。
てっきり、大人の女の人の余裕なのかと思っていたけど……。
もしかして……?
文化の違い、っていうやつ?
「う~ん……、う~ん……」
僕は考えこんだ。
記憶を掘り出してみる……。
現代知識で、なんか、ヒントはないか……?
そういえば、たしか……。
日本でも、江戸時代ぐらいまでは、銭湯が混浴だったと聞いたことがある。諸説あるかもだけど。
あと日本じゃなくて外国なら、この現代でも、たとえばドイツとかで、サウナで男女が普通に談笑している国があるという。もちろん全裸で。なのにサウナじゃなくてお風呂では、全裸は恥ずかしいのだそうだ。
正直、わけがわからない。
羞恥心というのは、TPOによって変わるものなのか?
そういえば、水着とかだって――。
プールや海水浴場なら全然恥ずかしくないけど、街中で水着姿は、恥ずかしいよね。
客観的に見れば、水着と下着って、肌の露出量は物理的に変わらないわけだしね。
これは水着だから恥ずかしくない。そして水着であり、なおかついまの場所にふさわしいので、恥ずかしくない。――と、TPOで、羞恥心が消えるわけだ。
それと同じようなものなのか?
僕は理解した。――と思う。
「そっかー。そっかー。そっかー」
「レン? わかってくれた?」
「おにいちゃん? もうだいじょうぶ?」
「いやー。僕が間違ってたみたいだね。ごめんごめん」
僕はふっきれた。開眼した。完全体となった。
「水浴びだから! 恥ずかしくないもん! ――なんだね」
「そうだけど」
「じゃあアルカ。こんど一緒に水浴びしよう!」
「うん。いいよー」
「そっかー。おっぱい見放題なのかー。おっぱいをー」
「なんか……、ヤダ」
アルカは眉を顰めて、胸元をかばった。
「ナンデ! ナンデナンデ! 見せるの平気って言ったよね! いま言ったよね!」
「見せるの平気なんじゃなくて、見えても平気なの」
「どこがちがうの!」
「ぜんぜんちがう」
「なんでおっぱい見せてくれないの!」
「じゃあ、レン。鎖骨見せてよ」
「へ? 鎖骨? これ?」
僕はシャツの首筋を広げて、鎖骨を見せた。
「うわぁ。ほら、メイカちゃん。見よ見よ」
「おにいちゃんの鎖骨……。えへへー……」
二人でじっと、僕の鎖骨を見てくる。
まじまじと見る。目をらんらんと輝かせて、僕の鎖骨だけを見ている。
うわっ。ちょっ。これ……。
「お、おしまい! はいおしまい!」
僕は身を引いた。首筋を隠す。
「ええーっ? もっと鎖骨見せてよう。見放題にさせてよー」
「おにいちゃんのケチー。なに恥ずかしがってんのー? 鎖骨なんて、いつでも見えてるよー。おっかしいよー」
舌なめずりして、メイカちゃんが迫る。
「だめ! 見せない。――なんかヤだ!」
僕は首筋をかばって、イヤイヤをした。
幼女と少女の邪な目線から、自分の肌を守り抜いた。
「でしょ?」
アルカが言う。
その瞬間、僕は理解した。
あー……。
見えるのは平気だけどー。見られるのは、ヤかもー。
「ごめん。僕は紳士でなかった」
そういや、向こうの世界におけるガッコでも、皆から「ひかがみ君」と呼ばれる男がいた。ある種の尊敬を込めて、皆は彼を「ひかがみ君」と呼ぶ。
ちなみに「ひかがみ」っていうのは、膝の裏の部分のことね。
女性のその部位を愛してやまない彼は、ある日、僕たちに――こう、のたまった。
『余は生まれながらにして、選ばれし者である。おまえたち下界の者とは違う。いついかなる時にも、余は! 女子のひかがみを見ることができる! 堂々とだ!』
彼は、女子たちから、キモい。――と、エンガチョされていた。
膝の後ろをばかり見てくるから。なんかヤダ。――と。
反省する。
僕は彼とおなじだった。あやうく〝おっぱい君〟と呼ばれるところだった。
見えてしまうのはいい! だが見るのは、それは違うだろう!
「僕は紳士になるから! だから許して!」
「しんし? ……まあわかってくれたら、いいよ」
「おにいちゃん。鎖骨みせてー。ママー! おにいちゃんが鎖骨見せてくれるってー!」
「ママ呼ばないで。お願いします。勘弁してくだちい」
「ちい?」
エレナさんが、笑いながら、お茶を出してくれる。
いまの話、聞かれてたかな?
「なんかレン、最近、おかしくない?」
「いやそれはちょっと自覚あるけど。……ほら。僕のいた異世界だとさ。お風呂って、男女で別だったんだよね」
「あっ、それは――」
と、アルカはメイカちゃんを見る。
「この際だから、メイカちゃんにも話しておこうと思って。わざわざ言って回るようなことじゃないけど、そんなに秘密にすることでもないし」
お菓子を、もぐもぐして、ごっくんとやってから、メイカちゃんが僕を見る。
「おにいちゃんのひみつ? メイカに話してくれるの?」
「うん。メイカちゃんにも、ひみつ、教えてもらったしねー」
「ねー」
「なにそれ。わたし聞いてない」
「ひみつだもんねー」
「ねー」
「ぶう」
メイカちゃんにすべて話した。
〝異世界〟という部分は難しかったみたいだけど、「凄く遠い国」「ぜんぜん違う国」ということは、すぐに理解してくれた。
あと「帰れない」っていう部分には、なんだかほっとしているようだった。
あっちで聞き耳を立てているエレナさんにも伝えるつもりで、ぜんぶ、ぶっちゃけた。
もう隠し事はないぞー。はー。すっきりしたー。
「……で、そのイセカイってところだと、おふろ? ……えと、水浴びがべつべつだから、おにいちゃん、おっぱいに驚いてたんだね」
「おっぱい言わないでやってください……。あと、もう数えないでください……」
僕はしょんぼりとうなだれた。
「ねえレン? おふろ、ってなに?」
アルカが言う。
「そっかー。お風呂もないのかー」
しょんぼりだー。
僕はお風呂を知らない人たちに、お風呂を説明しようと、知恵をしぼった。
「ええとね。お湯で行水を――」
「あっお湯はね! たらい一つで銅貨5枚でいいよ。メイカが薪割りしてお湯沸かして、お部屋まで運んであげるよ!」
「いやそんな幼女に重労働」
「銅貨1枚、メイカのおこづかいになるよ!」
銅貨1枚は、メイカちゃんにとって、大きそう。
冒険者になった直後の僕とアルカも、銅貨1枚で、わーきゃーうおー! って騒いでいたっけ。
「そのうち頼むかもだけど……。お風呂ってのは、行水するだけじゃなくて、大きな桶一杯にお湯を満たして、それに全身で浸かるもので――」
「そんなにたくさんのお湯っ!? メイカ死んじゃうよ!」
「だよねー。こっちじゃ、おいそれと入れないよねー」
風呂を沸かすための労働量を推し量り、僕はため息をついた。
「そういえば? おふろ? っていうのがついてる宿もあるんじゃない? 銀貨2枚の――」
「さすがにその金額なら、ついていてほしいよね」
僕はアルカにうなずいた。ついてるとは聞いてない。ついてるといいなー、とは思う。
希望的観測でしかない。
この世に、お風呂は、もしかしたらないかもしれないのだ。
「おにいちゃん……? おふろなかったら……、他の宿に行っちゃうの……?」
メイカちゃんが訴えかけてくる。大粒の涙が、その目に浮かんでいる。
「ああ! いかないいかない! お風呂があってもメイカちゃんはいない。絶対行かない」
「よかったー」
と、子供っぽい笑顔を浮かべるメイカちゃん。
机の下で、「YES!」と拳を強く握りしめている。
確信犯的幼女、あざと可愛いなぁ。
◇
まあ……。
直近の最大の問題は、これで解決した。
したのかな? したよね?
だが夜になって、僕は思い知った。
ベッドで同衾問題のほうは、ぜんぜん解決していなかったー!
同衾するのは、さすがに普通じゃないよね!
道徳の時間に、こっちも話しあっておけばよかったー!
布団の中で、手を握って、体が半分くらいくっつきあって――。
女の子の体温が、あたたかくって――。
昼間あんなことがあって、おっぱいと何度も口走って、ややもすれば、脳内に完全固定されたアルカのおっぱいの映像までもが脳裏に鮮明に浮かんできて――。
こんなんで、寝れるはずが!
……ぐぅ。




