第29話 メイカちゃんとアルカに算数の授業。あと道徳も!
……寝れたわ。
「おはよ」
差し込む朝日の中で、アルカが笑う。
くー、っと伸びをして……。服の下に隠されたおっぱいが、布地越しに自己主張して……。
いや。やめよう。
僕。最近。ちょっと変だ。
まあ……。原因はだいたい自分でもわかっている。
もう異世界に来て、一ヶ月以上になるんだよね。
思春期男子としては、これはわりと深刻な問題で……。
自分の顔にパンチを数発ほど入れながら、一階の食堂へと下りていく。
エレナさんが忙しく立ち働いている。メイカちゃんも元気に手伝ってる。
宿の朝食は、一般の宿泊客で銅貨3枚。僕たちは銅貨2枚。
どちらにしても格安で、焼きたてパンに、かりかりベーコンに、スクランブルエッグに野菜にミルクと、栄養バランスも完璧だ。
屋台の食事はおいしいけれど、炭水化物にタンパク質ばかりになるから、こうした食事はありがたい。
ご飯が終わっても、僕とアルカは、ゆっくりとしている。
他のお客さんは、宿を出て行くけど、僕らは延泊している。30日間の長期契約だ。
ていうか、ぶっちゃけもはや、自分の家って気分。
おやっさんとエレナさんは、両親だねっ。
そしてメイカちゃんは、かわいい妹。
「メイカ。もういいわよ」
メイカちゃんは、んしょんしょ、と、お手伝い。お皿を下げている。
異世界には学校なんてない。正確には、あるっぽいんだけど、少なくとも庶民が通うようなものではない。
よってメイカちゃんは、小学校ぐらいの年齢だけど、学校に通ってない。だいたい、いつも、お手伝いをしている。
もういいと言われても、無視して、一生懸命にお手伝いを続けるメイカちゃんに、エレナさんが再び声をかける。
「ほら。おにいちゃんのところ、行きなさい」
「や……!? やだーっ! まだお手伝い! するー!」
メイカちゃんは、必死な感じで、そう言い張るものの――。
「ほらほらほら。今日は算術を教わる日でしょう?」
ぷらーんと、脇の下を持って、ぶら下げられて、僕の膝の上へと運ばれてくる。
「やだーっ! 算術きらいぃぃ! ギイイイイイ!」
エレナさんとおやっさんの二人は、さすが商売をやっている人だけあって、計算ができる。
暗算で、お釣りや宿代の計算ぐらいはお手のもの。現代人並みだ。
でもメイカちゃんは、ぜんぜんできない。
このままでは、商売を継げない。
そこで算術のできる僕に、白羽の矢が立ったわけ。
バイト代は、その日の朝食代無料の特典。
だいたい週に、二、三回くらい。暇なときに算数のお勉強を見る約束。
その日は、午前の依頼が受けられなくなるし、報酬は実質銅貨4枚ってことだから、タイパでいうと、かなり悪いんだけど。
そこは可愛い妹分的存在の、メイカちゃんのためである。
「じゃあ。わたし。昼までなにか依頼受けとくねー」
立ち上がろうとするアルカの肩を、僕は、ぐーっと体重をかけて押さえこんだ。
満面の笑顔で――。
「アルカ。おすわり」
「で、でもわたしは依頼を受けにいかないと――」
「アルカも、算術、できないよね?」
「うっ……」
「一人教えるのも、二人教えるのも、手間は変わらないんだよね。この際、アルカもお勉強しておこうよ」
「うっ……」
「じゃあ算術、さあやろう」
「れ、レンができるから、いいんだよ? わたしできなくたって、いいんだよ? ほら……、役割の分担? なんかそんなので! わたしたちパーティだよね! 助け合うものだよね!」
「だめ。座って」
「レンだって解体できないじゃない! ぜんぶわたしに押しつけてるじゃない!」
「キレてみせたってだめ。解体なら僕も覚えるよ。こんど教えてね」
「うっ……」
「おねえちゃん、かっこわるーい」
「うっ……」
もう諦めているメイカちゃんが、道連れとばかりに、とどめを刺しにいく。
ようやくアルカは観念した。
「はい。皆が静かになるまで5分もかかりました」
二人が膝の上に抱える筆記用具は、木の板と木炭。
お勉強の終わったあとは、どちらも夕食の竈の燃料にかわる。エコでローコスト。
「メイカ。数字きらーい」
「アルカも。数字だいっきらーい」
メイカちゃんが子供っぽく、アルカちゃんも子供っぽく、ぶーたれる。
「このあいだは、ごめんね。いきなり数字を出しちゃって、びっくりしたよね」
前回の授業では、いきなり「1+1=」とかやって、二人を困らせてしまった。
小学一年生時代を、よーく、思い出してみれば、いちばん最初は、「くだもの」でやっていた気がする。
そこで、今回は――。
ぴしっ。僕は指パッチンで合図を出した。
「はいはい。アプルですよー」
お母さんのエレナさんが、果物のアプルの詰まったカゴを持ってきてくれる。
アプルはリンゴそっくりの果物だ。英語だとappleだしね。
「アプルだー!」
メイカちゃんが飛びつく。両手に一個ずつアプルを掴む。
そのタイミングで、僕は、算数の授業を開始する。
「いまメイカちゃんは、アプルを2個。持ってます」
「2個ーっ!」
「近所のおばさんが、〝メイカちゃんいつもかわいいねえ〟と言って、アプルをさらに3個くれました」
そう言いながら、アプルを3個渡していく。
メイカちゃんは手で持ちきれずに、両腕でリンゴの山を抱え込んだ。
「わーい!」
「さて? アプルは何個になったでしょう?」
「はい!」
メイカちゃんが、元気に言う。
僕は手にした物差しで、メイカちゃんを指し示す。
「はい。メイカちゃん」
「おなかいっぱい!」
「不正解」
ぴしぴし、ぴしぴし、物差しで叩く。
かる~くね。かる~く。愛でる感じに。
「はい!」
つぎにアルカが、自信のある顔で手を挙げる。
「はい。アルカ」
「すごくおいしい!」
「不正解」
ぴしぴし。ぴしぴし。
「ちょ――なんでわたしだけ! どうして――!? ぶつの!?」
僕はため息をついた。
数字をやめて、実物主義でやれば、いけると思った。
でも二人の野生動物には、それでも、まだ甘かったみたい。
その後、さらに方法を改良した。
正解すれば、アプルを食べられる。――という方式にしたところ、ふたりはメキメキと上達をはじめ――。
今日の授業の間に、なんと、分数まで到達した。
「4分の1に切った一切れを、さらに2分の1にしたら、これは全体の何分の一でしょう」
「はいはいはいはい!」
「はいはい! はーい! はーい!」
二人が争うように手を挙げる。
「おねえちゃん! おねえちゃんなんだから譲ろうよ!」
「はいはい! はいはーい! レン! わたしいぃ!!」
「はい。アルカ」
「6分の2っ!」
「不正解。分母は足すんじゃないよー。揃えるんだよー」
「はい!」
「はい。メイカちゃん」
「8分の1ィィ!」
「正解」
「うおっしゃあぁ!」
幼女の擬態をすっかり忘れたメイカちゃんが、野太い声で喜んでいる。
僕はアプルの八分の一切れを、あーん、してあげた。
「ずるうぃ! あれ絶対わたしが間違ったの見てから直したんだよ!」
アルカが、ガチになって幼女と張りあってる。
「ほらアルカもアプルあげるから」
「わーい! ありがと! おにいちゃん!」
すっかり幼児化している。
算数の授業はこれで終わりだから、残ったアプルを、三人で分けた。
メイカちゃんがペティナイフで器用に「ウサギさん」を作ってくれた。あーんもしてもらって、美味しくいただいた。




