第27話 石鹸無双と、幸運兎堂の姉妹
からん。……と、ドアベルを鳴らして、幸運兎堂の店内に入る。
「いらっしゃいませー。あら、レンさん。ごきげんよう」
店番の子が上品に笑いかけてくる。
「うん。こんにちは。エリスちゃん」
僕がそう言うと、店番の子は、壮絶な舌打ちを漏らした。
「ちっ! ……なんで一目で見抜くのよ! いまの完璧にアリスだったでしょ! かわいいね、って! ほかの常連客みたいに鼻の下伸ばすところでしょ!」
「エリスちゃんも可愛いと思うよ」
「……なっ! そんなこと! ひとことも聞いてなーい!」
「こーゆー髪型とか、似合うんじゃないかな」
頭の両側で髪の毛を握ってみせる。
ツンデレさんには、ツインテールがよく似合いそう。メスガキさんにも似合いそう。
「そ……、そう? こんどやってみ――じゃなくて! 何の用よ!」
「商売の話なんだけど」
「……まだできてないわよ。カチコチ玉なら、試作品はあがってきたけど。ほかの二つはまだ全然だから」
カウンターに手招きされる。
アリスのまねをやめたエリスちゃんが、カウンター下から取り出してきたのは、思っていたとおりのものだった。
糸で吊された鉄球が一直線に並んでいる。
レンは片側の鉄球を持ち上げた。離す。
カッチ、カッチ、カッチ。
両側の鉄球が、交互に飛び出し、規則的な動きを繰り返す。
しばらく止まりそうにない。
「これもう出来てるよ! 完成じゃないか!」
「こんなんじゃだめよ。もっと装飾を凝らないと」
「貴族に売るわけじゃないんだし」
「あ。そっか。……いいえ。だめだめ! 貴族に売らなきゃ、高い儲けにならないわよ」
「僕はこれでいいよ。これ売ってくれない? 部屋に置きたくて」
「だから試作品だってば。これから風の魔石を組み込んで、一度動きはじめたら、ずっと動きつづけるように――」
「永久に動くんだ! すごい!」
「永久には動かないってば。魔石の魔力が切れたら……、まあでも、こんな程度の動きだから? クズ魔石でも何年かは動くんじゃない?」
「すごい! すごい! 異世界すごい! フオオオォッ!」
「だからそんなところでブリッジするなあぁ! このヘンタイ!」
「やっぱりエリスちゃん、そのままがいいよ。無理にアリスちゃんの真似しなくたって」
「だからいきなり素に返るなあぁ! ヘンタイのくせにたまにマトモなこと言うなぁ!」
「変態はひどいなぁ。今日はまたべつの商品のアイデア。持ってきてあげたのに」
「えっ? ウソホント? ごめん! レン様はとても素晴らしく清廉潔白な殿方です!」
「気持ちわるいからやめてね」
一通り軽口を言い合ったあと――。
持ってきた〝失敗作〟を見せる。
「ふぅん……。灰の汁と、油ね……。それでこんな固形分ができて、洗濯や手洗いに使えると……」
「石鹸、っていうんだけど。どこかに出回っていたりする?」
「ちょっと待って」
エリスはそう言うと、店の奥に向かって声を投げる。
「アリスー! アリスうぅ――っ! ウンコ長いわよ! すごい儲け話なんだから! はやく出てきなさい!」
どたたたた――と、駆けてくる足音があって――。
「ウンコなんてしてません! ――あっ、いやだ! レン様! お越しになってらしたんですね」
美少女がウンコウンコ言ってるシュールな光景は、僕の脳を素通りして、長期的記憶になんら痕跡を残さなかった。
「新製品……。に、なるかもしれない物。ていうか。僕が欲しいだけなんだけど」
「いいえ。異世界の品は、それだけで、もう、ヒット商品、間違いなしですの!」
アリスちゃんは、目をギラギラと輝かせて、そう言った。
幸運兎堂の人たちは、僕が異世界人であることを知っている。
隠さなくていいのは、気が楽だ。
……なんで、異世界転生の先人たちは、みんな、ひた隠しにしているのかなぁ?
◇
「石鹸」――という品物は、こちらにはなかったそうだ。
これまで洗濯や行水で使っていたのは、庶民だったら、灰を水に溶かした灰の汁とか、麦ふすま(麦の殻と麦ぬか)とか。
富裕層であれば、遠方から取り寄せる特別な果実(果肉が天然の界面活性成分を含んでいる)とか。
そんなものだったらしい。
石鹸がもしあれば、ただ買うだけでよかったんだけど。
なければ作らねばなるまい。
契約通り、基本アイデアを提供。
油脂とアルカリ。草木灰ないしは、なにか他の薬品。
そんなシンプルなアイデアで、そこからの開発は、幸運兎堂に丸投げすることになった。
提携している錬金術師に協力を仰ぐそうだ。
錬金術師。いいなぁ。そのうち会ってみたいなぁ。
「あっ……、錬金術っていえば」
僕は、ふと思い出した。
店の中で「小瓶」を探す。
たぶん。色つきの液体の入った小瓶。
冒険者御用達のこの店なら、きっと、置いてあるはず。
僕は探し回った。
「なにキモい動きしてんのよ?」
「なにかお探しですの?」
「ポーション! ポーションってない!? ――|アリスちゃん。エリスちゃん。
隙あらば名札を交換して、騙そうとしてくる二人を、正確に見分けて呼びかける。
ちなみに「キモい動き」とディスってきたほうが、今回はアリスちゃん。お上品に「ですの」喋りをしてきたほうが、メスガキ上手なエリスちゃん。
「……ちっ。ポーションなら、こちらですわ」
「……ちっ。だからなんでわかるのよ」
騙すことを諦めて、二人はカウンターの後ろの棚から、小瓶入りのケースを出してくる。
なるほどそうだね!
貴重品はカウンターの向こうに置かないとねっ!
「でもポーションはお高いですよ?」
「あんた買えるの? 利益まったく取らないで、全部、炊き出しに寄付しちゃうとか。ばっかじゃないの?」
はい! ツンデレ女子の「ばっか」いただきましたー! なんたるご褒美ーっ!
じゃなくて! いまはポーション! ポーション!
「これ! なに!? 初級中級上級!? それともエリクサー!?」
「これは上級ですの。エリクサーなんて、さすがに、うちでも……」
「ふわわわわわあぁ――!!」
「あああ! 触るな! 頬ずりするな! ヨダレつけるな! 一瓶で金貨1枚もするんだから!」
「金貨1枚って、銀貨何枚?」
「100枚に決まってんでしょ!」
「はいいい! 金貨いただきました! ひゃくまんえん! ひゃくまんえん!」
「なにこいつ怖い!?」
「はあああぁ――ん! これがポーション! 夢にまで見たポーション! おおおおお――ん!」
僕はイナバウアーしてのけぞって、頭を床に付けて、さらにのけぞり続けてブリッジまで作った。
これだよ! ポーションだよ! ポーション!
異世界だよ! 異世界わっしょい! わっしょい! わっしょい!
こういう異世界でいいんだよおぉぉぉ――っ!!
「こわい! こわいよ! アリス!」
「あ、アルカさんを呼びに行ったほうがいいのかしら……?」
と、そこで僕は落ち着きを取り戻す。
ちょうど思ってたんだよね。
初級くらいのポーションと、あと毒消しとか、2、3本、買っておこうかと。
「初級なら、僕でも買える? おいくらになります?」
「きゅうにもどった! なおった! こわい! こわいよアリスぅ!」
「初級でしたら、そちらの置き場に。軟膏の隣にありますわ」
「なんで平気で商売してんのアリスっ!?」
「あっ、じゃあ、初級を2本と毒消しも2本くださーい」
「銀貨3枚になりますわ」
「スマイルも追加でー」
「にこにこ」
「アリス! こんな貧乏人にスマイル売らなくていいよ!」
「レン様は将来の大金持ちですわよ?」
「にっこにこー!」
◇
初級ポーション2本と、毒消しポーション2本を手に、僕はほっくほっくで宿へと帰った。
なんか当初の用事と違っちゃったような気もするけど。
まあ。いっかー。




