第26話 石鹸無双と、メイカちゃんのひみつ
いつものように、午後の薬草採集を終えた僕は、一人で宿に帰ってきていた。
アルカは解体場のおじさんたちに捕まって、臨時のアルバイトをやっている。
帰りは遅くなりそうである。
半べそかいたおじさんたちが、自分の娘ほどの歳の少女の足にすがりついているのは、ちょっと異様な光景だった。
なんでも、どえらい数の魔物が持ちこまれたのだとか。
「おにいちゃーん! おかえりー!」
メイカちゃんが、ロケットタックルでお出迎えしてくれる。
正面から抱き止めると押し倒されちゃうから、勢いを逸らしつつ受け止めて、くるんくるんとメリーゴーランドみたいに回るのがコツ。
さんざん振り回されたメイカちゃんは、足が地面に着かないことが楽しいのか、「きゃははははー!」って笑ってる。
この子。抱きしめたときのおっぱ――げふんげふん。柔っこい感触からいうと、そんなに幼いわけでもないんだよね。
でもなんか子供っぽいところがあるんだよねー。
「おにいちゃん。くさいよ」
不意に耳元でそんなことを言われ、僕はどきりとした。
「きょ、きょ、きょうは! ドブさらいやってないよ! やってないから!」
「汗くさい」
「きょ、今日は水浴び日和だよね! おにいちゃん! 急に水浴びしたくなったなぁ!」
僕は中庭の井戸端に向かった。走った。
幼女にくさいと言われたら、走るしかない。
そういえば、現代世界にいたときには、毎日、お風呂に入るのがあたりまえと思っていたけど。
こっちの世界に来てからは、毎日……は、水浴びしてない。
だって冷たいんですものー。
これから季節が暑くなるのか寒くなるのか、どっちに向かうのかわからないけど、これ以上寒くなったら、水浴び、ムリよ?
服を脱いで、井戸で水を汲んで、水浴びをしていると――。
背後から近づいてくる小さな足音が。
「おにいちゃん。おせなか、おながししまーす」
メイカちゃんだった。
「あ。あっ。……だいじょうぶだから。自分で洗えるよ。ちゃんと洗うから」
「当お宿の。サービスでーす」
ないからね。そんなサービス。
ま、まあ……?
裸を見られても、相手は子供だし?
背中は確かに洗いにくいから、助かるといえば助かるんだけど?
小さな手で、ごしごしと背中をこすってもらう。
あー、そこそこ。もうちょっと上でー、あー、そこそこ。
うっとりと目を閉じて、任せていると――。
「おにいちゃん。メイカのひみつ。教えてあげようか?」
「え?」
メイカちゃんに話しかけられて、僕は目を見開いた。
「おにいちゃんってさ。メイカのこと、子供っぽいって、そう思ってるよね?」
「え? え?」
なに? エスパーなの? この子?
たしかに実年齢のわりには子供っぽく感じていたけど?
「子供っぽくしてると、おとなの人は喜ぶんだー。みんな子供が大好きだから」
「えっえっ?」
「あとね。子供だとね。油断してくれるの」
「えっえっえっ?」
「それにね。子供っぽくしてると、子供だからどうせ気づかない、って、安心してもらえるのー」
「えっえっえっ?」
メイカちゃんの突然の話の意味を、僕は混乱する頭で考えた。
なぜそんなカミングアウトを……?
あっ。そうか。
思いあたることがあった。
母親のエレナさんは、最近まで療養していた。
それもただの病気ではない。死病といってもいいほどの、ひどい症状だった。
きっとお母さんは、メイカちゃんを安心させようとしていたはず。「お母さんは大丈夫よ。すぐに治るから」的なことを言っていたはず。
そして、まだ子供なメイカちゃんは、お母さんの言葉をそのまま信じて、「うん。メイカいい子にしてるね」と返事をして――。
えええええーっ。
「メイカね? おにいちゃんに、とーっても感謝してるんだー。おにいちゃんがお母さんの命を救ってくれたから……」
「えっとね? だからそれはね? お父さんにも言ったけどね。僕だけのことでもなくてね?」
「だからお背中、流してあげるー」
「あー。うん。はい。あちょっと右。あっそこそこ」
「あたまかゆいところありますかー」
「うん。そこそこ」
こういう子供っぽい恩返しなら、まあ、いいかと、気を抜いた、その瞬間――。
「あとね。メイカがおおきくなったら、おにいちゃんのおヨメさんになってあげるー」
子供っぽい口調で、そう言われる。
うひぃ。
こーゆーの、子供がよく言ったりするもんだけどー!
メイカちゃんは子供っぽいけど子供ではなく、だとすると、これってどっちー! 子供のたわいない約束とか思っていればいいのー!
「はい。おにいちゃん。ざばー、って、いっくよー」
「ざばー」
もう好きにして。……という諦めの境地で。
確信犯的幼女メイカちゃんに、なすがままに、水を掛けられる。
でも……。
水+布で、ごしごしとやってもらったけど。
やっぱり水浴びだけだと、いまいち、さっぱりしないなぁ。
「……石鹸ほしい」
思わずつぶやいた言葉を、メイカちゃんは見逃さなかった。
「せっけん……って、なーに? おにいちゃん?」
「ええと……? 洗うためのもの? なんかないの? 洗うときに使うと汚れが落ちるやつ」
「うーん……? お皿を洗うときに、灰の汁つかうよ? もってくる?」
「なんか溶けちゃいそうだから、やめとく」
と、言った僕だが。
ぴきーん、と、その時、脳裏に閃いた。
「灰の汁……、草木灰と……、油脂……」
前にWEB小説で読んだことがある。
もしも自分が異世界に転生したら――という気持ちで読んでいたから、わりと覚えている。
「おにいちゃん? どうしたの?」
「えっとね。草木を燃やした灰とね。あと油。これはなんでもいいんだけど。獣脂でも菜種油でも。それで石鹸が作れたはず」
「灰ならかまどにいっぱいあるよ? あと油? おかーさんに言ってもらってくるー」
とててて、と、メイカちゃんは子供っぽく走っていく。
あれもすべて擬態か? 擬態なのか?
分解能、たっか。
◇
「たららった、たたた! たららった、たたた! レンの三分間クッキングー!」
「あはははは! おにいちゃん、やっぱり、へーん!」
メイカちゃんの集めてきてくれた材料で、キッチンを借りて、ちょっとした実験をはじめる。
まず油を火に掛けて温め、そのなかに、灰を水で溶いた上澄み液を注ぎ込む。
よくかき混ぜながら、すこしずつ注ぎ入れる。
「わっ! わっ! なんか油が白くなったよ! おにいちゃん! ねばねばできた!」
そうすると、石鹸分が……。
って? あれぇ?
灰の汁が多いのか。それとも少ないのか。もしくは薄かったのか。
マヨネーズか、あるいは溶けかけのアイスクリーム――くらいの粘度にはなるんだけど。
期待していたような固体にはならない。
「冷ませば固まるのかな?」
火からどかして、鍋ごと水につけて冷やしてみる。
さっきのとろとろ状態より、すこし固形に近づいたけど。
やっぱりなんか違う。
「おにいちゃん? これがせっけん?」
「うーん……」
半固形物を、井戸端に持って行って、手を洗ってみる。
「うわっ! よく落ちるよ! これすごいよ!」
メイカちゃんは驚いている。
たしかに汚れは落ちる。でも泡立ったりはしない。
「すごいよ! おにいちゃん! 大成功だよ!」
「うーん……?」
メイカちゃんは大絶賛してくれるが、なんか、思ってたのと違う……?
作りかたを、もっとちゃんと覚えておけばよかった。
異世界に来るって知ってたら、もっとちゃんと覚えていたのに! ていうか実際に作って練習してたのに!




