第25話 幸運兎堂の店主、商人さんがやってきて
夜になって――。
「おじゃましますぞ」
某国民的ゲームに出てくる商人さんのような、太っちょでおヒゲを生やしたおじさんが、小脇にアリスとエリスを抱えて、宿を訪れた。
アリスとエリスは、頭を痛そうに押さえている。おっきなタンコブでも、できていそう。
「うちの娘が! 不義理を働きまして! 大変! 申し訳ない!」
トルネコ――じゃなくて、いかにも商人といった風情のおじさんは、両膝と両手を地面について、額まで地面に押しつけて――土下座をした。
異世界にも。あるんだ。土下座。
往来での土下座を、なんとか、やめてもらった。
◇
宿に招いて、部屋まで来てもらって、そこで話を聞く。
「これほどのアイデアで、取り分が8:2など、ありえません!」
商人さんは、強い声で、そう言った。
そうなのかな? アイデア料としては、そんなものかとも思うけど。
ほら、ライトノベルを書いてる作家さんだって、本の定価の「たった1割ぽっち」しか受け取ってないって聞くしー?
アイデアどころか本文を丸々一冊分書いている作者さんがだよ? 受け取っているのが、ほんの1割ぽっちなんだってさー。
僕のこっちなんて、アイデア出すだけで、あとはすべて丸投げで、それで2割も貰えるんだから、御の字なのでは?
と、思うんだけど?
製作で死ぬほど苦労するのはあの子たちなのだろうし。職人さんを探して、仕事を依頼して、なだめすかして納期を守らせて――と。大変な思いで手綱を引くのは、あの子たちなわけだし。
「売り上げでなく利益としている点も、論外ですな。小狡いにもほどがある」
そこは目こぼししましたー。
「娘どもは、特許申請も自分たちでやろうとしていた様子。発明自体を、うちの店の名義にしようとしていたようです」
あー、そういえば、こしょこしょ話で「特許」とか言ってたっけ。
てか。あるんだ。特許制度。
「立派な商人となれるように教育していたはずなのに、盗人に育ってしまうとは……」
いやあ。お父さん。盗人って、それは言い過ぎでは?
ほら二人とも、涙目……じゃなくて、全泣きしてるし。
「もちろん契約は白紙にさせていただきます。この二人は、勘当とします。縁を切り、家から追い出し、あとは野垂れ死ぬのも、身を落とすのも――」
商人さんは、なんか、とんでもないことを言い出した。
僕はぎょっとなった。
「ええっ!?」
「お、お父様――!?」
「パパそんなぁ!?」
二人とも大ショック。
泣き真似して、殊勝なふりをしていれば、最後には許してもらえると思っていたのに、まさかの急展開。
「ちょっとちょっと!? ちょっと待ちましょう! 考え直しましょう!」
僕は慌てて、話に割って入った。
たんこぶとお説教くらいなら、いい薬かなー、と、眺めていたけど。
さすがにこれは、可哀想すぎる。
(いえ。貴方様のような転生者との縁を失うような者は、我が一族には不要です)
商人さんは、顔を寄せてきて、小声でそう言った。
「え!? なんでそれを!?」
僕はびっくりした。なんで知ってるのー!
「言ってない! 言ってないよ! わたし!」
アルカがぶんぶんと首と手を振っている。
「うん信じてる。……けど?」
どこから、どんな情報網で――と、商人さんを見れば。
「――やはり。そうでしたか」
にやりと、笑みを浮かべていた。
あー! やられたー! カマかけられたー!
そして見事にひっかかってしまったー!
「はい……。転生……じゃないけど、転移してきました」
がっくりとうなだれて、僕は白状した。
こんな展開! WEB小説で飽きるほど見てきていたのに――ッ!
転生師レン。一生の不覚……。くっ、殺せ……。
「しかし残念ですなぁ。一人の商人としてですが。転生者との縁も失い……」
――ちらっ。
「そしていままた、二人の後継者をも失おうとしている……」
――ちらっ。
商人さんは、話の節々で、ちらっちらっと、僕を見る。
あー。はい。はい。
僕の言うべき台詞は、理解しましたですー。
「あのぅ……。契約を結び直すことを条件に、二人の勘当をやめてもらうのって、どうですか?」
もー、しょうがない。
商人さんのしたたかな戦略に乗るのは癪だけど、二人が本当に勘当されちゃったりしたら、安眠できなくなりそうだし。
「しかし、ですな……。これだけのことをして、ただ許すわけにも……」
なんだと。このオッサン。
こっちが乗ってやるって言ってんのに。
「お父さま! お許しください!」
「パパ! まじでごめん!」
二人はこの茶番が理解できてなくて、本気で懇願している。
まだちょっと修行がいりそうだねー。
「ええと……、ほら、連絡役とかが必要でしょう? 僕も、そうですね……、きれいな女の子と話すほうが楽しいですし?」
二人が連絡役になることの有用性を、なぜ僕がアピールするはめに?
「わかりました。それでは二人を嫁にだすということで――」
「なんでやねん!」
僕は突っ込んだ。突っ込みざるを得なかった。
「やだ! パパやめて! こんなのヤダ!」
「わたくしも……! いえ? いいかも?」
ほら二人の反応も……。って? 片方微妙?
「まあそれは冗談として」
「ですよねー」
「ではこちらの契約書にサインを」
すっと、契約書が差し出されてくる。
いま書いたんじゃない。もとから書いてあったものである。
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一.レンは幸運兎堂に、三点を含む、その他新製品のアイデアを継続的に提供する。
二.幸運兎堂は、アイデアを元に商品を開発し、レンの名で商業ギルドに特許申請を代行する。それら手続きの一切に責任を持つ。
三.店頭販売による売り上げ、及び、特許料収益の五割をレンに支払う。
四.不祥事への謝意として、アリスとエリスの二人を嫁に出すものとする。
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ほら油断も隙もない。
僕はまず、四番の項目に取り消し線を引いて、全部消して――。
あと三番を、一部、書き換えた。
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三.幸運兎堂は完成した現物一個を、それぞれレンに納入する。
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「いや、しかし、これでは――」
商人さんは、そう渋る。
僕的には、それでいいんだけど。向こうが納得しないのであれば――。
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四.幸運兎堂は、店頭販売利益、及び、特許料収益のうち二割を基金として積み立て、その信託金を、スラム街にて定期的に行う炊き出しに用いるものとする。
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前にリタに聞かされた、スラム街の子たちの生活が気になっていた。
気になっていたといっても、べつに、スラムに行って見てみたり、子供たちを助けたりなんて、してないけど。
せいぜい、リタの谷間に銅貨を詰めていたくらい。
このインテリアにしか使い道のないオモチャみたいな小物が、どのくらい売れるのかはわからないけど。
やり手の商人さんっぽいこの人が、これだけのめりこんでくるのだから、わりといい商売になるんじゃないかと思った。
あと、こっそり契約書に「その他新商品」と盛りこんであることからも、さらに増収が見込める。リバーシとか、出してみるかな?
はい! はい! はい! ハアァ――イィ!
異世界知識チート定番! 実戦証明済みの〝リバーシ〟が通りますですよ!
すべての遊戯は道を譲りやがれ! ですよ!!
のけぞってイナバウアーしたいところを、ぐっと堪えて――。
「ちんちくりん姉妹はいりませんので、スラムの子たちにご飯をあげてください」
「なるほど。妥当な取引でしょうな……」
商人さんは、髭を撫でて考えこむ。
炊き出しとか、準備に手配に、大変だよねー。お金のことだけじゃなく。むしろお金なんて安い食材ぐらいで、たいしたことないはず。
それを全部、丸投げした。
しかも「基金」で「積み立て」だから、定期的、継続的になる。その膨大な手間と、商人さんが見込んでいる(僕にはわからない)利益とは、ちょうど釣り合うんじゃないかな?
「ちんちくりん……」
「ひどい……、泣くよ?」
商人見習いのアリスとエリスは、ショックを受けている。お父さんを見習おうね。君たちいまちんちくりん以外の何者でもないよね。
お父さんは、娘の失態から、土下座外交を駆使ししての再契約と、娘の恩赦まで勝ち取り――。すべて読み切って契約書まで事前に書いてきていたわけだ。
ピンチをチャンスに変える、まさに神業――。
僕が転生者ということまで想定内。盤面を最後まで読み切ったその手腕。
僕なんて、単なる転生者の小僧でしかないので――。
掌の上で転がされ、ケツの毛まで毟られた気分です。
でもこの感じだと、僕みたいな転生者って、ほかにもすこしはいるのかな? やり手の人なら認識しているくらいには?
あれ? そうすると、ミレーヌさんなんかも?
もしかして……?
「いいでしょう。これで契約を結ばさせていただきます」
「はぁ。よろしくお願いします」
僕はぺこりと頭を下げた。
最初は謝罪だったはずなんだけど、最後には、逆になっていた。僕が頭を下げる側だ。
まあこの人なら信頼できそう。操縦してもらおう。
「それじゃあ、帰るぞ。エリス。アリス」
「はぁい。またねー♡」
「ごきげんよう」
商人さんに連れられて、双子は帰っていった。
その顔に、会心の笑みを浮かべて――。
なぜかって?
いま商人さんが、アリスと呼んだのは、じつはエリスで――。
エリスと呼んでたのは、じつはアリスのほうで――。
まーた、途中で入れ替わってたよー。
親にもバレないって、あれ、ほんとだったんだねー。




