第20話 宿屋復活
「おい」
早めに帰ってきて、アルカを待ちつつ日向ぼっこで、足をぷらぷらとさせていたら――。
宿屋のおやっさんに、じろりと睨まれた。
「は、はいっ」
僕は座っていた木箱から飛び降りて、直立不動で返事した。
この宿のおやっさん。怖いんだよね。
強面で……。昔は山賊でもやっていたんじゃないかって雰囲気で……。頬に向こう傷なんかもあるしいィ……。
木箱に座っていたのがいけなかった? それで怒られる?
それとも風紀を乱してるというお咎め? 女子と同衾してるから?
でも一緒のベッドで寝てはいるけど、なんにもしてませんよ? 声がうるさいとか、そんな苦情がくるはずもなくて……?
おやっさんは、睨んでいるまま。
なにも話してくれないので、僕の緊張は、どんどん勝手に高まっていってしまう。
もう先に謝っちゃおうか――と、そう思ったとき。
「今夜から。食堂が開く。夕飯が必要なら。言え」
「はい?」
僕はしばらく瞬きを繰り返した。
ややあって、理解する。
よかったあぁ……! 怒られたんじゃなかったあぁ……!
ただのサービス変更の連絡だったあぁ……!
「は、はい。わかりました。アルカが……相方が、帰ってきたら、相談して決めます」
「ああ」
おやっさんはうなずく。ほんと、必要最小限しか話さないんだよね。この人。
そのせいで、いつも不機嫌そうに見える。
まあ、そういうタイプの人なんだと思うことにする。「俺。不器用ですから」ってタイプだねー。
「あ、でも? なんで急に食堂が?」
「前はやってた」
「あ、はい」
だから説明してほしいんですけど。もうすこし言葉プリーズ。
まあたしかに。
宿屋の一階は、無駄に広くて、テーブルと椅子がいくつもある部屋があって、ここも部屋にしちゃえばいいのに? ――と思っていたんだけど。
食堂だったんだね。ここって。
少ない言葉を補完して、察してみるに――。
以前は食堂業務もやっていたけど、人手不足になったから、業務縮小していたってことかな。
たしかに、おやっさん一人じゃ、宿の仕事だけでも手が回らないくらいだろう。ベッドの干し草、そろそろ替えてほしいんだけどねー。ちょっと湿ってきましたよ? カビ生えるまでカウントダウンですよ?
「人手不足は解消されたんですか?」
人を雇ったりしたのかな?
干し草、替えてもらえるだろうか? ――ぐらいの期待をこめて、軽く尋ねてみた。
そしたら――。
「ああ。嫁と娘がな。帰ってくる」
「ええーっ!?」
僕はびっくりした。
ケッコンしていたのーっ!!
ごめん! ほんとごめん!
おやっさん、一生独身なほうだと思ってました! ほんとすいません!
「おまえだ」
おやっさんは、僕のことをぎろりと睨む。
そしてぶっとくてバナナくらいはありそうな指を、僕に突きつける。
僕なんかやっちゃいました――っ!
いやフリじゃなくて。ほんと。なにか。殺すような目で睨まれるようなこと!? いったいなにが!?
「ありがとう」
おやっさんは、頭を下げた。僕に向かって。
「えっ?」
「おまえ。薬草。いっぱい採ってたらしいな」
「えっ? あっ? はい?」
「ゲーナ草」
「……ああ? ゲーナ草も最近採りましたね。群生地がたまたま見つかったんで」
「それで。治った」
「えーと? はい?」
口下手なおやっさんの話の単語の切れっ端から類推するに、僕が不足していた薬草を採ってきたから、薬が作れるようになって、その薬のおかげで、おやっさんの奥さん? あるいは娘さん? ――の病気が治ったってことかな?
ゲーナ草は確か、キュアポーションの材料だったはず。
病を治すポーションだ。きっと異世界製だから、魔法みたいな効き目があるのだろう。
「あでも、僕だけじゃないかもですよ? 他の銅札《Fランク》のパーティなんかも採ってましたから」
ちょっと僕ら二人では取り切れない量だったので、群生地の発見は、ギルドに報告した。
森の奥に行けて、ゴブリンを倒せるくらいの銅札《Fランク》パーティが、一時期、そこに群がった。
ちょっとした祭りとなっていた。
「しらん。とにかく。一生恩にきる」
おやっさんは、また頭を下げる。
「いやいやいや。そんなたいしたことは。一生とかそんな――」
僕はただ、あの例の四人組なんかと肩組んで、「ヒャッハー! 薬草祭りだー! 一攫千金だー!」とかフィーバーしてただけ。
自分の懐に入る銀貨の枚数に酔いしれていただけ。
自分の採った薬草が、まわりまわって、人を救っていたなんて、ぜんぜん考えてもいなかった。
「宿代。おまえは一生タダだ。絶対に譲れん」
「いやちょっと! それお礼にしたって、多過ぎで――!」
「しらん。とにかくタダだ。あと食堂もタダだ。なんでも食え」
「そんなのできませんよ! タダでなんて食べれませんよ!」
「なんだと? 俺の妻の作る料理が食えないというのか?」
「怖い怖い! 顔怖い! 殺気殺気! それ殺気ィ!」
「ただいまー! ――どしたの? なに叱られてんの?」
帰ってきたアルカに、僕はすがりついた。
「アルカーっ! おやっさん説得して! はやく! すぐ!」
「えっ? なになに? なにがどーしたの?」
かくかくしかじか。
事情をアルカに話す。おやっさんを落ち着かせてもらう。
◇
「いいですか? おじさん」
ウエストに手を当て、一本指を振って、アルカはおやっさんを諭す。
「とにかく、宿代は規定料金をお支払いします」
「しかし」
「しかしもへったくれもありません。特別扱いを受けてたら、やっかみを受けて、わたしたちが迷惑するんです」
あー、どこかの四人組が凸ってきたよねー。
ひいきは全部断っていたんだけど、それでも来たねー。
「いいや。タダだ。絶対に譲れん」
「じゃあよそに泊まります」
「おおん」
すごいアルカ。おやっさん泣かした。
「な、なら。ずっといまの料金だ。一部屋一泊銅貨20枚でいい」
「それって奥さんと娘さんがいない間の、特別料金だったじゃないですか」
「そうなの?」
アルカの言葉に僕は聞き返す。
「そだよ? サービスが悪くなるから、安くなってたんだよ。他の宿で、もっと安くなりませんかー? って交渉したら、ここを教えてくれたんだ。あそこの宿ならいま一人でやってるから、安くなってるわよ、って」
「へー」
「普通は頼めば、お洗濯してもらえたり、お湯も出してもらえたりするのね。別料金になるけど」
そういうの全部ないから、安かったのか。おかげで最初の頃は助かったけど。
「銅貨20枚だ。絶対に譲れん」
「むー」
おやっさん。頑固です。
アルカも眉を寄せて困り顔。
何度か出てきた「絶対に譲れん」だけど、これはもう本当に絶対に譲らないという感じ。
アルカが受け入れたとみたのか。おやっさんはにやりと笑って――。
「食事もタダだ。絶対に――」
「――あっれぇ? ゲーナ草採ってきた冒険者って、わたしたちだけじゃないんですけどー? そっちにはお礼しなくていいんですかぁー?」
アルカが突然メスガキ煽りをはじめるので、僕はびっくりしてアルカを見た。おやっさんも驚いている。
「いや。じゃあ。冒険者にも――」
「――割引券。あげてください。十枚綴りぐらいで。タダとかじゃなくて、すこし安くなるだけのやつ。ギルドを通して、ゲーナ草を納品した冒険者全員に一部ずつ」
「お、おう?」
「そしたら、再オープンする食堂の宣伝になりますよね。これまで来たことがなかった人も、割引券があれば食べに来ますよ。美味しかったら常連になるかもだし?」
「エレナの飯はうまいに決まってる」
「ごはんがおいしかったら、宿にも泊まってくれるかもだし? おじさんも恩を返せて、食堂も宿も繁盛して、こういうの、いっせきさんちょう……とかいうんだっけ? レン?」
「そうそう!」
僕は手を叩いて肯定した。
すごいすごい! アルカすごい! カッコいー!
「あと、〝ぼくってなんてこーめー?〟って、それも言うんだっけ?」
「そっちは忘れて」
いつ喋ってた!? 口に出してた!?
心の中だけで考えていたと、いつから錯覚していたッ――!?
◇
宿代は永年銅貨20枚。食事は別料金。
おやっさんとの交渉は、そんな条件で決着してくれた。
「ほんとなら、こーゆーの、レンの仕事なんだからねっ!」
アルカが、ぷいっと横を向いて。ほっぺたを膨らませる。
そうだよねー。
交渉事は僕の仕事だったよねー。
でもおやっさん、怖かったんだもーん。
見た目が怖くて、言い方がぶっきらぼうなだけで、じつはそんなに怖くない人だったということは、今回の件で、よくわかったけど。




