第18話 一目置かれて
朝。いつものようにギルドに行く。
「ミレーヌさん、おはようございます」
「おはよーっ」
「おはようございます。今日はモレル草モレル草は少なめで。かわりに毒消しのミーム草と、中級ポーション用のレジル草が多いと助かります。あと毒草ですけど。ドロル草も少々」
最近は、出発前に、こうしてカウンターに立ち寄って、ミレーヌさんにホウレンソウ(報告・相談・連絡)して行くことにしていた。
混雑している朝のギルドで、カウンターに寄るから、ちょっと時間が掛かってしまうんだけど……。
それをする理由はある。
僕らがあまりにぽんぽんと薬草を持ち込むものだから、供給過多になってしまったのだ。買い取り価格が下がってきてから気がついた。
ちなみに、僕たちだけが原因でもない。
僕たちの羽振りがいいので、それを真似て薬草採集に精を出すFランクパーティが増えたみたいなのだ。
僕らの高価買い取りの秘密も、解体場のおじさんたちから聞き出して、薬草を根ごと掘り出して布で巻いて保存したり、ついでにゴブリンも狩っていたりと、なにからなにまで真似をしている。
どんどん真似してくれればいいと思う。そんな特別なことなどしていない。あたりまえのことを普通にやってるだけだし。
いつもの薬草はモレル草という。
今日はそれ以外のものを、重点的に獲ってくることになる。
依頼というほどでもない、プチ依頼。頼まれたものは、買い取り価格もすこし上乗せしてもらえる。
知らない薬草でも、絵で見せてもらえるし、僕らも知識が広がって大助かりだ。
ウインウインである。
てか。こういうの、資料にまとめてパンフレットでも作っておけばいいのに。こんど言ってみようかな?
(……おい。あいつらだぜ)
小声で話すひそひそ話が、聞こえてくる。
(最強のFランク……)
(マイケルのやつがワンパンだったってよ)
(薬草採集なんかで、銀貨うならせてるって本当かよ?)
(あの子かわいいなぁ)
僕たちを噂している。
一部、アルカの噂をしている。
うん。アルカはかわいいよね。クラスのなかに、好きな男子が三人は絶対隠れているよね。
しかし……。
ふ……。
ふふ……。ふふふ……。ふふふのふ……。
いやー。まいっちゃったなー。
最強のFランクですかー。そうですかー。
まあ? 実際? ゴブリン1匹をパーティ全員でタコ殴りにして狩ってくるのが、Fランクの平均らしいので?
複数体を相手にしても完封できてしまえる僕たちは?
そりゃ、Fランクの中なら最強かもしれないので?
噂されちゃっても、仕方ないかと思いますですよ?
「いやあぁ! キタアアァ――! 噂話! いただきましたぁ!
「レン。さっきからずっとへんだよ?」
「え? へんなの、いま一瞬だけだよね? つい口走っちゃったけど」
「ううん。ずっとへんだよ。ずっと口走ってたよ。だだ漏れだよ」
「ええっ? 僕、口に出して言っちゃってた? どこからっ!?」
「ふふふのふ……、から?」
「最初からだよ! うわぁ! やっちゃったぁ!」
「ひいてるよ?」
アルカが、顎でしめす。
噂していた人たちが、目をカッと見開いてこっちを見ていた。
「あ、あれが狂乱のレンの発狂モード……」
「やべえ……、あれ近づいちゃダメなやつだ……」
ちょ! ちょっ! ちょおおっ!
「なにそれ! 発狂してないから! おかしくないから! 僕普通だから!」
「うわあぁ! うつるうぅ!」
「うつらないから!」
他のFランクの皆さんを追いかける。
「うおっほん!」
どえらい咳払いがあって――。
ミレーヌさんにホールから追い出された。
◇
「うおっ……」
ギルドを出たところで、例の四人組と出くわした。
このあいだボコってから、一度もあっていない。
初級ポーションを使ってもらえたのかな?
顔の形が戻っている。
異世界って凄い。あの怪我って、二週間ぐらい、ガーゼの類いが取れない感じだったんだけど。
「ちっ……」
しっかり聞こえる盛大な舌打ちとともに、彼らはギルドのなかに入っていった。
「感じわるーい。べーっだ!」
アルカが舌を突き出している。うん。かわいい。
「でもちょっと見直したかな」
「えっ!? なんで! 感じわるかったよ?」
僕の言葉に、アルカが慌てる。
「朝。ギルドに来てるじゃない」
「そういえば」
以前の彼らなら、昼までぐーたらと過ごして、午後から依頼をやっていたはず。
それでも、その日、一日を暮らすだけなら、充分なお金になるのだろう。
だけど、装備を整えたり、ダグラス師匠から教わったりするには、余分なお金がかかる。
それを必要な投資とみるか、無駄な浪費とみるかで、冒険者の将来はずいぶんと変わりそう。
ちなみに片方は、ミレーヌさんの言うところの「明日死んでるゴミ」にまっしぐらのコースである。
「年で仕事をするわけじゃないし。態度で仕事をするわけでもないよね。ちゃんと薬草を採ってくるなら、冒険者としては、べつにそれでいいんじゃない?」
「ほえー……」
と、アルカは僕の顔をまじまじと見る。
「レンって、たまにカッコいいね」
「か……!?」
思わず「そんなことないよ!」と言いかけたけど、その言葉はぐっと飲みこんで、かわりに僕は――。
「……ありがとう」
パクリなんだけどねー。ミレーヌさんの言ってた「年で仕事をするわけじゃない」って言葉をパクっただけなんだけどねー。
言ってみたかっただけなんだけどねー。
かわいい女の子から、素直な言葉で褒められて、僕はちょっと顔を赤くしていた。
◇
さて。困った。
なにに困っているのかというと――。
「あれ助ける? 見捨てる? レン、どっち?」
薬草採集の途中。
近くで採集しているパーティがいるなぁーと、気配ではわかっていたんだ。
採集地域が重ならないように、ちょっと距離を取っていたんだけど。
そしたら戦闘音が聞こえてきて、いつまで立っても終わらないので、様子を見に近づいてみれば――。
ゴブリン四体と接戦を繰り広げていたのは、例の四人組だった。
このあいだミレーヌさんがこしらえていた「ランク指標」でいうなら、パーティで同数のゴブリンを討伐するのは、鉄札《Dランク》相当となる。
ダグラス師匠にしごかれまくった身としては、ちょっとそれ基準が低すぎるんじゃないの? と思うんだけど。
でもそれが現実で、実際の実情っぽい。
だとすると、銅札《Fランク》の彼ら四人に対して、ゴブリン四人というのは、多すぎるのだ。圧倒的に。
ぶっちゃけ死亡確定コース。
それなのに――。
なんで逃げないのかといえば、四人のうちの一人が、脚に深手を負って動けなくなっているっぽい。
仲間は見捨てられず――。
かといって倒すこともできず――。
延々と防戦を続けて、もう体力も尽きてヘロヘロになっている。
「くそう! てめえ! 俺だ! 俺を狙えェ! そいつを狙うなァ!」
四人組の一人。例のリーダーのいちゃもん君が、剣を振り回してゴブリンを威嚇する。
でもだめだよね。ゴブリンは殺意マシマシだから。弱っている相手から確実に仕留めるに決まってる。
「どうする? もうすぐ死んじゃうよ?」
「う~ん……」
アルカが聞いてくる。
彼女の言うとおり。まだ拮抗を保っているけど、それが崩れたら、あとはもう一瞬だろう。
結果。全員死ぬ。
僕が悩んでいるのは、助けるかどうかだ。
いちゃもん付けてきたやつらだから助けないとか、そういうしみったれたことで悩んでいるのではなくて、あれに介入するには、僕一人では無理だから。
一対一なら、まず負けない。
二匹相手でも、まあ大丈夫だろう。でも三匹はかなりリスクがある。そして四匹だと……。ぶっちゃけ無謀。
もちろん、これは一人で戦った場合の話だ。
アルカが一緒なら、四匹相手でも、まず問題にはならないだろう。
「アルカは、どうしたい?」
「レンのカッコいいところ見たい」
「おおぅ」
それは反則ですよ。アルカさん。
しかもそれ、素でやってるよね。からかってたり、駆け引きとか、操縦とか、そうした邪な目的で言ってないよね。
素直かっ。
もう悩んでいる必要はなかった。
僕は草むらから飛び出すと、大きな声で、叫んだ。
「弱き者を、大勢でいたぶる、その所業! 人――それを悪と呼ぶ!」
「グギャ?」
ゴブリンたちは、棍棒片手に、こっちに顔を向ける。
「レン。いまのそれ。あんまりカッコよくない」
「え? だめこれ!? だめだったー!?」
「グギャアア――!」
こちらは二人。エサが二人増えたと、ゴブリンは大喜びで向かってくる。
「ちょっと待って! カッコいい口上、いま考えるから!」
「もうくるよ?」
「うわああぁ――い! き、貴様らに名乗る名はなーい!!」
もうヤケクソ。僕は飛び込んで言った。
でも体に染みついた動作は、クレバーに適切に自動的に動く。
前列に二体。後列にも二体。
前列のうちの一体は、アルカが弓で止めてくれるとわかっていたから、そうでないほうを、バックラーでもって、ぶちかまし。
倒れたゴブリンには、三連射された弓が突き刺さる。目、喉、心臓と、三回は死ねる攻撃が突き立った。
前列はアルカに任せて、僕は後列のゴブリンに迫っていく。
「ふん……す!!」
一匹を、胴体を横薙ぎにして、丸太切り。
できたんだよ。あれ。丸太切り。
絶対ムリだと思っていたけど。七日続けたら、太さが二十センチもある丸太がぶった斬れたんだ。
ゴブリンの胴体は丸太より柔い。
よって当然のように、両断可能。
そして三匹目は――。
「グッ……ギャギャギャッ!」
ビビったな? いまおまえビビったな?
ゴブリンのくせにビビったなーっ!
モンスターなら殺意マシマシでかかってこいやー!
戦意をなくしたモンスターなんか、明日死んでるFランクのゴミカスみたいなもので――。
どすって心臓を突いて、それで終わり。
アルカのほうからも、いつもの、「ぱぐしゃー」ってスイカ割り音が聞こえてきた。
一応念のため、全部のゴブリンに、不要かもしれないトドメを、一刺しずつ入れていく。
うん。死んでるね。
「す、すげぇ……。瞬殺……」
なんか声がした。
そうだ忘れていた。
この四人がいたんだっけ。
これ……? どうしよう?
◇
「まず聞くけど」
「ひゃ……ひゃいっ!」
「問答なしで、勝手に助けに入っちゃったけど。……よかったかな?」
僕はまず、そこを確認した。
冒険者の仁義というか、ルールというか、ルールにはなっていないトラブル回避のためのマナーあたりになるのかな。
他の戦闘中のパーティに加勢に入るときには、手助けが必要か聞くものらしい。
そうミレーヌさんが言っていた。
それをしたところで、倒した獲物の分配で揉める可能性はまだ残る。「俺たちが最初に戦っていたんだから、俺たちのものだ!」みたいな。助けられた側が、それを言う? てなことが起きる。割と普通に。
よってギルドとしての推奨は、よそのパーティの戦闘に遭遇しても放置が基本。立ち去り推奨。――というところらしい。
助けておいて、かつ、取り分をまったく要求しない――と、そのぐらいの聖人君子な心構えでいなければ、かなりの確率で、トラブルになるとのこと。
――「もう本当に面倒なんですから、見捨てるのが一番です」とは、ミレーヌさんのお言葉。
その最初のマナーを、うっかり忘れてしまっていた。
だってアルカが、「カッコいいところ見たい」なんて言うからあぁ~。
張り切っちゃうよね。
「……で、どうなの? 横取りしちゃったみたいだけど?」
僕は、聞いた。
これでもし、横取りされた! ――なんて、管を巻いてくるようであれば……。
もう、いいよね?
駆除しちゃっても?
ゴブリンと相打ちになってた死体を四つ発見しちゃいましたー。――で、いいよね?
「た……」
「た?」
「……助かった」
「そっか」
僕はうなずいた。
あれ? 意外と道理をわきまえてる。害獣認定はやめとくかな。
「じゃあ、あとは、このゴブリンの魔石と討伐証明の耳だけど」
「もちろん! あんたらが取ってくれ!」
「えっ?」
僕は驚いた。
彼らはずいぶん長いこと戦闘をしていたし、怪我もしているし、ポーション代とか、出費も大変だろうし……。
「譲ってあげようと思っていたんだけど?」
だって、そのほうがカッコいいしね!
べつに聖人君子ではないけれど、アルカが「カッコいいところ見たい」といってはじめたことなので、最後までカッコよくしようと思っていた。
「受け取れるわけねえだろ! 命を助けてもらって! そんな恩知らずな真似ができるかよ!」
「あ、はい」
いちゃもん付けのイキり君にしては、なんか、立派なことを言っている。
「そっちの子はだいじょうぶ?」
「血が……、とまんなくて……」
脚を怪我した男の子の顔色が悪い。
「股下できつく縛って。あとこれ潰してよく擦りこんで」
アルカが駆け寄って、指示を出す。
「アルカ! それ毒草!」
「ドロル草は血止めにもなるの」
なるほど? 毒と薬は裏表ってことかな?
「ギルドまでたどり着いたら、毒消し、もらっておいてね」
「やっぱ毒草だった!」
血が止まったその子は、なんとか肩を貸してもらって歩けるようにはなった。
四人は、頭を何度も下げつつ、街の方に向かっていった。
護衛まではしてやらない。そこまでは面倒みない。
帰りに運悪く、またゴブリンに襲われて死んだとしても、それは彼らの運命。
僕たちは、残されたゴブリンの死体から、討伐証明の耳を切り取り、魔石をほじくり出して――。
それから、何事もなかったように、自分たちの薬草採集に戻った。
実際、ほとんど何事もなかったしねー。
その日の薬草採集の成果は、まあ、普通に大漁だった。
◇
それから、二、三日が経った、ある日のこと――。
ギルドの入口前で、あの四人に出くわした。
ああ。生きてたんだ。ゴミにならずに、よかったね。
と、声をかけようとした途端――。
「姐さん! アニキ! お疲れさまです!」
ビシッと整列した四人が、定規で測ったような角度で、九十度の完璧な直角でお辞儀をした。
「あねさん? わたしのこと?」
「アニキはやめてくれないかな……。君たちのほうが年上でしょう?」
……どうしてこうなった?




