第17話 明日死んでるかもしれないゴミたち
「ねー、食べてく? 食べてけー? チップ弾んでー」
リタに連行されて、併設酒場の丸テーブルにつく。
「なんの話だったの?」
アルカが聞いてくる。
「うーん? 〝はよEランクあがれ〟って感じ?」
正確にいうと、もっと違うんだけど。もっと邪念まみれだったけど。
まあ大枠としては、そんなもん。
「ごめんねー。お姉様って、英雄物語とか大好きで。レン君たちのこと、未来の英雄に重ねちゃったんじゃないかなー」
はっはっは。宿代の銅貨20枚をケチってる英雄。笑える。
リタの胸元にチップの銅貨を詰めていたアルカが、びくっとなって、ばらばらーと、銅貨がこぼれ落ちる。
本日の記録は十六枚で終わる。
聞けば、リタは下町のスラム街育ちで、給料のほとんどは、孤児の弟分妹分に差し入れしているのだという。
ギルドの基本給は、そんなに高くない。ギリギリ生きていける程度しかない。でも歩合のほうは大きい。給仕――じゃなくて、兵站情報部の仕事でいえば、チップがそれだ。
そう聞いてからの僕らは、懐具合が許す限り、リタの豊かな胸の谷間が許す限り、銅貨をチップとして差し入れることにしている。
これが本当の差し入れ。――なんちて。
今日も稼ぎは銀貨数枚の規模だし、銅貨十数枚くらいは、いいよね。
寄付とかは偽善に感じる僕だけど、知り合いへの投資なら実利も返ってくる。
チップをいつも大量に前払いしているおかげで、情報通のリタは、頼まなくてもいろいろなことを話してくれるようになった。
今日も、A定食を食べながら、リタの噂話に耳を傾けていると――。
「おい見ろよ。〝お贔屓様〟が、お高いメシを食べてやがるぜ!」
柄の悪い大声が聞こえてきた。
わざわざ聞こえるように大声で話しているのだろう。
見れば、よく見かける四人組がホールにいた。
いつもこんな昼にもなってからギルドにやってくる連中。やる気もしくはノウハウがなくて、リタとミレーヌさんからは、「Eランクになるまえに死んでる」と見なされているゴミ扱いの少年たちである。
ちなみに僕らも、こんな時間にギルドにいるけど。
もう午前の薬草採集を終えてゴブリン5匹も討伐して、銀貨数枚を得ての昼休憩なんだよね。
午後は別の依頼をするか、師匠について修練するか、それとも半ドンで休息日にするか。
優雅な選択をしているところ。
ああ。お金もあるし。買い物でもしようかな。
あれっ? アルカと一緒に買い物したら、それって、デートになるのでは?
「へっ。〝お贔屓さま〟は余裕だねえ。下々の声なんて聞こえやしねえってか?
うるさいなぁ。あの人たち。
そもそも、誰に対してのあてつけなんだろう――と思って、周囲を見回す。〝お贔屓さま〟って、誰のこと?
だが――。
該当するような人は、誰もいない。
二日酔いのおっちゃんが突っ伏して死体になっているのと――。依頼達成で、いまカウンターに立つ人と――。
ほかには……。ここで食べている僕らくらい?
「あいつら……。気にしないでいいからね」
リタが僕にそう言い残して、席から立ち上がる。
そして四人組のほうに行って、静かにしなよと注意している。
――と。
四人の中の一人が、リタの肩を突き飛ばした。
なんだあいつ?
僕が睨むと、そいつは僕のところにまっすぐ歩いてきた。
「おいてめえ。恥ずかしくねえのかよ? 女に守ってもらいやがって……。スカートの後ろに隠れて震えてるだけかぁ? だったら冒険者なんてやめちまえ! てめえにゃ銅札《Fランク》なんざ、十年はええんだよ!」
えっ? えっ? えっ?
十年早い? そうおっしゃる?
十万年ぐらい盛ってほしかったところだけど……。
これって……。
つまり……。
「きたあぁ――っ!!」
「な、なんだ!?」
「難癖付け! 〝十年早い〟――ッ!! いただきましたぁッ!!」
「な、なんなんだよ! こいつ!?」
「そうかぁ! そうかあぁ! 僕に難癖つけてたんだね! 気づかなくてごめんね! ありがとう! ありがとう! よくやった!」
「き、気持ちわりぃ……」
「すごい! すごいすごい! こんなテンプレ! 君はすごい! すごい才能があるよ!」
僕は彼の肩を、ばしばしと叩いた。
「こ、こいつどこかおかしいんじゃねえのか?」
「うん。レンはたまにおかしいよ。でももうすぐ直るよ」
アルカがなんか言ってる。
「――でさぁ? さっきリタに暴力振るってたよね? 謝ってくれる?」
僕は彼にそう言った。難癖はともかく。そこはちゃんとしよう。
「い、いや? 俺は……ちょっと突き飛ばしただけで」
「レン。あたしはべつにいいから。酔っ払い相手の仕事だし、あんなのよくあるから」
「でもこいつ、素面だよね。情状酌量の余地はないよね。あとなんか僕に文句があったみたいだし……」
僕がそう言うと、彼は思い出したのか、途端に勢いを巻き返した。
「そ……! そうだぜ! てめえ、受付のあの人に贔屓されててよ! 前から気に入らなかったんだ! なぁ!?」
「そうだ! そうだ!」
「オレたちの憧れのあの人を――!」
「おまえ話が長い! 僕たち受付してもらえないだろ!」
他の三人も同意を示す。
「あの人って、ミレーヌさん?」
目をちらっと受付カウンターに向ける。ミレーヌさんが、指先だけ小さく振って返してくれる。
「そ、そうだ! ミレーヌさんっていうのか。――だからそうだよ! てめえ! 金輪際ミレーヌさんに関わるな! 他の受付に行け!」
「なんで?」
僕は聞いた。まじで、なんで?
「言ったろ! 贔屓されてんじゃねえ!」
「されてないよ。あの人が贔屓してこようとするのを、お話してお願いして、たまに脅して、極力、やめてもらっているよ。だから実質、贔屓はないよ」
「不公平だろ!」
「しょうがないじゃないか。だって君たちは明日死んでるかもしれないゴミなんだから。投資したら無駄になる可能性のほうが高いんだし」
「ねえこれ素でやってるの? 煽ってんじゃなくて?」
「そうだよ。レンは素でおかしいときあるよ」
リタとアルカが、なんか言ってる。
べつにおかしくないよ。言いがかりを付けてくる相手に対して、それが言いがかりである理由を、きちんと筋道立てて説明しているだけだよ。
でもこういう手合いって、えてして、本当のことを言うと逆上することが多くって……。
「てめえ! この野郎!」
ほらね。
「囲め!」
彼が命じると、他の三人は僕たちを囲むように四方に動いた。
「ねー、レン。手伝う?」
「いやだいじょうぶだと思うけど?」
リタが小突かれていたから、つい、割って入っちゃったけど。
アルカまで巻き込むつもりはない。
「てめえもだ! アホ女! おめえだって! お贔屓様だろ!」
「アホじゃないもん!」
アルカが勢いよく立ちあがる。
あーあー。買っちゃったー。
「はっ。てめえら。勝てるつもりでいるのかよ? 俺たちはゴブリンだって狩ったことあるんだぜ?」
ほんとう?
本当にゴブリンを狩ったことあるのかなぁ?
だってゴブリンって、殺す気でかかってくるよね。
僕が君たちを殺す気だったら、もう何回だって、何十回だって殺すチャンスがあったんだけど。
ちら、と、カウンターに目を向ける。
ミレーヌさんに、目で問いかける。
下の練習場でやりますか? ここでやっていいですか?
あと、どのくらいわからせますか?
的な雰囲気で、ふわっと、目線で問いかける。
そうしたら――。
〝こちらでどうぞ〟と、床に目線が向いて――。
〝殺していいです〟と、首を掻き切る仕草が返って――。
いやいやいや!
殺しちゃまずいでしょう!
あれ? いいのかな?
冒険者的には、それセーフ?
「あのぅ……、すこしは手加減してあげてね?」
リタが言う。
そうだよね! やっぱそうだよね!
「ポーションで直るくらい? ――てか、ポーションってある?」
「初級くらいにしといたら?」
あるんだ!
……初級ポーションがどのくらいかわからないけど。
おおむね了解。
「舐めてんじゃねえぞ!」
ようやく殴りかかってきた。
やる、って決めてから、なんでこんなに時間がかかるのか。
ダグラスさんに比べたら、まったくノロい、スローモーションのようなテレフォンパンチを、半歩だけ動いて避けて――。そして腹に膝を入れてやる。
「げえぇぇ!」
くの字に折り曲がって、苦悶しているそいつを、ぽいっと脇に転がして――。
ビビって立ち尽くしている二人目を、隙だらけの足を払って転ばして、受け身も取れずに倒れたところに、どすんとお尻を落として、マウントポジションから――。
殴った殴った殴った。いっぱい殴った。
普通、一対多数で、悠長にマウントポジションなんてしていたら、ダグラスさんにぶっ飛ばされるところなんだけど。
だってもう獲物がいないし。脅威がないし。
ほかの二名を床に投げ落として、あっさり悶絶させたアルカは、立ち上がって僕を襲おうとした最初の彼(威勢のいいやつ)に、ドロップキックをかましていた。
いつもながらに、打点が高い。顔面にヒットだ。
鼻血と歯の数本を飛ばして、名前も知らないFランクの彼は、吹っ飛んでいく。
「も……もお……、かんべんして……くらさぁい」
そんなのを横目で見つつ。
殴って、殴って、殴っていたら――。
顔をぼこぼこに腫らした子が、そんな懇願をしてきた。
はあぁ……。甘い。
ゴブリンに勘弁してって言ったら、やめてくれるの?
四人のなかで、立っている者は、もういない。
獲物がいなくなってしまって、アルカはぽかんとしている。
「レン? これ弱いよ?」
「ゴブリンと比べたらかわいそうだよ。ゴブリンはもっと本気だし、意気地もあるし」
ゴブリンは泣きもしなければ降参もしない。ただ命の続くかぎり、こちらの命を獲りにくるだけだ。
なんかあっさりとしすぎたけど。戦闘終了した感じ?
僕たちには、テーブルや椅子が壊れないように、吹っ飛ばす方向に気を遣うぐらいの余裕があった。
「このくらいでいいのかな? 初級ポーションって、こんなもの?」
僕はリタに聞いた。
受付カウンターのミレーヌさんは、親指を床に向けて、こーろーせー、みたいな合図をしてくるので、まるで参考にならない。
リタがうなずいて返してくれたので、掴んでいた襟首を手放す。
ごとん――と、頭が落ちる。もう気絶しているみたい。
気楽なもんだなぁ。気絶したって、ゴブリンは手を止めてくれないよ?
寝ていたはずの酔っ払いが、起きていて、やんややんやと喝采をあげている。「酒だー!」とか騒いで、リタを呆れさせている。
期待していた「難癖イベント」だったんだけど――。
終わってみた感想は、なんだかなぁ? という感じ?
君たち、なんで喧嘩売ってきたの? なんで勝てると思ってたの?
……というのが、実直なところの感想だった。




