第13話 講師のおじいさん。武芸百般のスゴい人
ギルドの地下には、広々とした運動場があった。
灯りは魔法か魔導具なのか、炎なしで輝く道具が柱にかかっていて、充分な光で照らされている。
「ダグラス? 2名です。お願いします」
ミレーヌさんが言う。
「おう」と応じたのは、片手がフックで、片足が木の棒になっている男の人。さらに眼帯をつけている。
おじさんというより、おじいさんという年齢だけど、体つきは逞しい。
上半身は裸で、筋肉アピールしている。
「武芸百般の達人ですよ」
ミレーヌさんが片目を閉じて言う。
「よせやい。こんな老いぼれを持ちあげんなって。若造に教えて、おまんま食うしかできないジジイだぜ」
おじいさん――ダグラスさんは、軽い口調で言っている。
ふと気づくと、アルカが僕の二の腕を掴んでいて……。痛い痛いよ。力が強いって。
「レン……。あの人、強いよ……」
「そうなんだ」
アルカが言うなら、そうなのだろう。
もちろん講師をやるくらいなんだから、強いに違いないんだけど……。
ド素人の僕には、相手の強さなんてわからない。
きっと昔は凄く強かった人で……。
だけど、激戦の果てに、片手と片足と片眼を失ってしまったから、だからギルドで講師をやっているのかな……?
ミレーヌさんが一礼して姿を消す。「いつもながらいいケツしてんなー」とかいうダグラスさんのセクハラ発言は、完全かつ完璧にスルーしている。やっぱり大人だぁ。
時間までしばらく待ったが、他に人は降りてこなかった。
練習場の隅で自主練している人はいる。あれはきっと無料。
有料の講習を受ける人は、ほかにはいないみたいだ。
「さて……。今日は2名だけみたいだな。……はじめっか」
ダグラスさんは、練習場の真ん中に歩いて行った。
こつ、こつ、と木の義足が音を立てる。
「じゃ。まず。かかってこいや」
腕を広げて、ダグラスさんは言う。素手である。
「えっと? あの僕、これなんですけど?」
「わたし、これとこれ」
僕は腰の剣を示す。アルカは弓と棍棒を示す。二人で困惑する。
「それは置いとけ。そっちの嬢ちゃんも、素手でかかってきな」
「えっと?」
「うんわかった」
戸惑っている僕をよそに、アルカは弓と棍棒を落とすと――。
それが地面につくまえに、もう、ダグラスさんに飛びかかっていた。
「ほう! 思い切りきりのいい嬢ちゃんだな! ――だが」
こてん、と、アルカが転がされた。
なにをしたのか、わからない。
飛びかかっていったアルカの手首を、ダグラスさんが掴んだかと思うと、アルカの身は宙を舞って、地面に転がされていた。
「!? ……!? ……!?」
アルカは飛び起きる。
ひどく混乱した顔。なにが起きたのかわからないという顔。
離れて見ていた僕にだってわからないのだから、当人には、もっとわからなかったはず。
「武器の扱いもそうだが、体術だって、大事だぞぅ?」
ダグラスさんは言う。
「相手がゴブリンだろうが、タックルされちまったらどうだ? 組み付いた相手にゃ、剣も棍棒も使えないぜ?」
「なるほど」
僕はうなずいた。
体術が基本の基本。剣や棍棒を使う前の基本。それを教えてくれると言っている。
ダグラスさんを挟んで、向こう側にいるアルカと顔を見合わせる。
目と目で合図する。
「やああぁ――!」
「たああぁ――!」
僕とアルカは、完全に同じタイミングでタックルしにいった。
ダグラスさんの手は一本しかないから、二人同時には捌けないと考えた。
なのに――。
「いったあ――!」
「くあああ――!」
ダグラスさんが消えていた。
僕とアルカは、ガツン、と、顔と顔とをぶつけ合って、痛みにうめいた。
いまのアレだよね! はずみでチューしちゃった! ――とかいうラッキースケベのイベントだよね! 異世界とは関係なくて、ラノベで体験したいトップ10に君臨する――! あの伝説のッ――!
でも現実に起きると、痛いだけ。
唇同士が触れたかどうかも、ぜんぜんわかんないよ!
「力もねえ。技もねえ。体力もねえ。ナイナイ尽くしのガキなんだからよ。――頭使えよ」
異様に密度の高い講習がはじまった。
どうやって相手を掴むのか。
相手を掴んでからは、どうするのか。
隙を作る方法。
足下の砂を握りこんで目潰しに使うやりかた。
投げられたときの受け身の取りかた。
色々と教わった。
そして体を掴んだ取っ組み合いのつぎは、打撃技だ。
殴りかた。蹴りかた。――というか、殴られるときにはどうするべきか。蹴られるときは、どうガードすべきか。急所だけは守り抜く方法など。
いろいろと教わったけど――ここまで、たぶん、ほんの三十分ばかり。超密度の実戦的講義だった。
毎日のドブさらいで、体力を養っておいて、よかったー!
ここにきたばかりのひょろガリの僕なら、絶対、とっくにダウンしていたね!
基本の基本を体に叩き込まれたあとは、ダグラスさん相手ではなく、僕とアルカで二人で組手をする。
こてん、と、アルカに簡単に転がされる。
ダグラスさん――いやここは勝手に師匠と呼ばせてもらうけど。師匠のやってた魔法みたいな技の、半分くらいを実現させて、アルカはそれはそれは、僕のことを、こてんこてんと簡単に転がした。
そんなアルカが「筋がいい」と一番褒められていたのが、弓の扱いだった。
「動いている的に当てられないんです」とアルカが言うと、ダグラスさんは「こう、すって狙いを動かして、しゅっだ」と言う。
アルカは「すってやって、しゅっですね」で、当たるようになる。
なんなのこの人たち!
僕は僕で、もっと凡人向けの、理詰めの方法で教えてもらった。
なんでも、剣という武器は、「刃を立てる」ということをしないとダメらしい。
斬る物体に対して、刃が垂直に当たるようにする。
当たるときだけでなくて、剣を振る軌跡のほうも、垂直である必要がある。
そうでないと斬れない。
まあ、こっちの異世界の剣は、刃といったって、ぜんぜん鋭くない。指で刃先をなぞっても、まったく怪我をしないくらい。
縁が一ミリもある鉄板――。それが剣の〝刃〟というものである。
だから僕も、鞘もなしで、剣を腰に吊して持ち歩けているわけだけど。
つまり〝切る〟といっても、重さと勢いとで、叩き切る感じなわけだ。
だからこそ、刃を立てて、しっかりと力を与えないと、きちんとぶった斬れない。
――と、理屈から教えてもらったほうが、僕には、大変、やりやすかった。
「すっとやってしゅっ」で出来るようになる天才ではないので。
立てられた丸太を相手に、僕が「えいっ。えいっ」と初心者殺法で剣を振るっていたら、ダグラスさんが「貸してみろ」とばかりに手本を見せてくれた。
銀貨3枚の僕の安物の剣でだよ?
二、三十センチの太さのある丸太がだよ?
すぱんって平らな断面をさらして、両断されたんだよ?
ダグラスさんは力みもせずに、しゅって振っただけ。
「七日、通ったら――。おまえも全力でなら、このくらいできるようになる」
うそだぁ。――と思ったけども。
それを確かめるためにも、僕とアルカは七日間、講習に通うことにした。七日やって出来なかったら、「うそぷー!」って言ってやろうかと思って。
午前中は、また街中の仕事をする。
アルカは解体場。僕はドブさらい。
それで講習費と宿代と食費を稼いでおいて、午後は、ダグラスさんに師事する。
そうして一週間が経った。




