犬猿の仲と竹馬の友
「……あの?」
怪訝な表情で見知らぬ少女へ歩み寄ろうとした葵だったが、静香が力強く前に出ないように制止してきたことで、何かが起こっていることを感じ取った。
なんだか、あの少女とこちらの間には緊張感が漂っているようにも見える。
その緊張感に押されるように、四人はりんご飴屋の脇を抜けて、屋台裏に広がる神社の駐車場へ後退りしていた。
「……嫌な感じね。そんなに距離を置くことはないじゃない」
天狐のお面を被った少女は、一定の距離を保ったまま着いてくる。
駐車場には人気がなく、夕暮れの薄暗さと街灯の灯りが露店街の賑わいとは真逆の空気を作っていた。
やがて、少女はお面をそっと顔の側面にずらして素顔を見せると、りんご飴を一口齧る。
「あら! これも美味しいですわね!」
ツリ目の赤い瞳で上品に笑う少女は、綺麗な長い銀髪の耳元だけを三つ編みで整えていた。
浴衣には水色や淡いピンクの朝顔が描かれ、その華やかな装いがよく似合っている。
そして、冗談のように美しく透明感のある肌からは、隠しても隠しきれない気品の高さが感じられた。
葵でさえ、ただ者ではないと一目でわかるほどだ。
だが、葵はその少女が誰なのか知らない。
親しげに話してはいるが、全く見覚えのない初対面の少女であることは間違いなかった。
(静香の知り合いか? それにしても……)
お祭りでは、思いがけない知り合いと出会うことはよくある話だ。
だが、この雰囲気から察することは……、あまり友好的ではない知り合いなのだろう。
ひょっとして、裏の仕事に関わる人物なのだろうか?
しかし、そこで動いたのは意外な人物だった。
「セリスー!」
静止するタカヤの手にりんご飴を渡してスルリと躱し、蘭子がセリスと呼んだ少女の元へ駆け寄って行ったのだ。
その顔には、嬉しさと驚きが入り混じっていた。
「お久しぶりですわ蘭子様!」
「セリスー! おまえも来てたのか!?」
蘭子は外国の映画で見るようなハグをすると、セリスの背中をポンポンと叩いた。
一方のセリスは蘭子の浴衣がりんご飴で汚れないように気を遣いながら、片手で同じように蘭子の背中をポンポンしている。
「え……? 蘭子の知り合い——なの?」
葵は混乱する頭をどうにか整理しようと、静香とタカヤを交互に見た。
だが、静香は「ちょっと、なにやってるのよ!」と言いつけながらタカヤを睨み、タカヤはセリスと呼ばれる少女を恨めしそうに見つめていた。
(いやいやいや……。なにこれ? どういう状況?)
その様子は、葵を余計に混乱させた。
呆気に取られている所に、今度はタカヤが声を荒げながら言う。
「蘭子から離れろ! お前は何を企んでる!?」
すると、セリスは蘭子の肩越しから一瞬だけニヤリと笑うと、わざとらしく口に手を当てながら驚いたフリでタカヤに視線を向けた。
「あら! 誰かと思えばエルトリアの優秀な騎士様ではありませんか」
しぶしぶと言わんばかりに蘭子から離れたセリスだが、その目は見下したように不気味な笑みを見せる。
「くっ……、そうやって馬鹿にするのもいい加減にしておけ」
それはタカヤにとって気に障ることだったのか、両手をギュッと強く握り、ワナワナと震えだした。
正直なところ、タカヤよりも両手のりんご飴がその震えでボトリしないかちょっと心配だ。
「まぁ! 相変わらず失礼なお方ね」
その態度に気を悪くしたらしいセリスが、ブスっとした顔でそっぽを向く。
なんだかタカヤとも知り合いのようだが、セリスとは"犬猿の仲"といった感じだ。
「そうだぞタカヤ! ハウス!」
「……犬扱いするな」
そしてどうやらタカヤは犬の方らしい……。
蘭子は地面を指差しながらタカヤを叱っていた。
「にひひ。やっぱり貴方はエルトリアの犬と呼ぶのがお似合いのようね」
セリスのその一言で、タカヤはついに激昂した。
「なんだと!?」
タカヤはセリスに詰め寄ろうと一歩前に出る。
今にも斬りかかろうかという体勢になるが、手にしているのは二刀流のりんご飴。
実にシュールだ……。
その瞬間、蘭子は肩を落として深いため息をついた。
「ターカーヤー! まったく。なんでお前達はケンカばかりするんだ」
「フン……」
こうして、二人の間に割って入った蘭子のお陰でタカヤの戦意は失われたようだが、ついに拗ねてしまった。
「あの……。蘭子さん? そちらの方は?」
一連のやり取りを見ていた葵は、このよくわからない状況を理解しようと、申し訳なさそうに会話に入る。
「おお! そうだった! えっと……。どっちから紹介すればいいんだ?」
蘭子が顎に人差し指を当てて斜め上を見ながら考え込んでいる所を見て、セリスが少し呆れながら葵の前へ出てきた。
「初めまして。私はセリス・シェイドリア・ハルヴァインと申しますの」
そして、高貴な笑顔で丁寧に挨拶をすると、葵に握手を求めた。
「は、はぁ……。俺は三崎葵。よろしく」
思わぬ美女との握手に緊張して照れ笑いをしている所を、ムッとした表情で静香が見つめている。
その顔をチラリと横目で見たセリスは、握手している手を離さずに葵の手をブンブン振りながら続けた。
「まぁ! あなたが三崎葵様ですのね。この世界で蘭子様を導いてくださると噂の殿方」
「い、いや、そんな立派なものじゃないです」
葵はデレデレとセリスのペースに飲まれていく。
その脇で静香が小さくため息を吐いたところで、今度はタカヤが葵の元へやってきた。
「気をつけろアオイ。そいつはシェイドリア王国の王女だ。俺たちはヤツの国と戦争をしている」
「っ!? はぁ!?」
突然、衝撃的な事実を知らされた葵は、驚いて握手していた手を振り解いてしまった。
その瞬間、セリスは苦虫を噛み潰したような顔でタカヤを睨みつける。
だが、そこですかさず蘭子が割って入った。
「タカヤっ! 余計なことを言うな! セリスはいいヤツなんだぞ。分からず屋の大人たちと一緒にすんな!」
蘭子は珍しく本気で怒っているようにも見える。
「待て待て……。いいか? 頼むから俺にもわかるように説明してくれよ。とりあえず異世界から来たことだけは理解できたが、お前たちとの関係が全っ然わからん」
険悪な状況になっていることは誰が見ても明らかだ。
だが、その会話からはまともな情報を読み取ることができなかった。
「タカヤはな、セリスと会うといっつもケンカばかりするんだ。あおいからも言ってやってくれ」
「いや……、だって敵国の王女だろ? ——っていうか、何で蘭子は仲良しなんだよ」
タカヤとセリスが犬猿の仲だということは理解できた。
それは騎士として蘭子を守っている以上は敵国の国家元首に警戒するのは当然のことだ。
だが、問題はこっちだ。どうして敵国同士の姫と王女がこんなに親密なんだ?
その疑問にはセリスが答えた。
「私たちは幼い頃からの遊び友達ですの。そこの犬も一緒に」
そう言うと、再びりんご飴を齧って葵を見つめた。
(ん……? タカヤも小さい頃から知ってた? 騎士になる前からか?)
葵はドリンクバーで蘭子から聞いた過去の話と、タカヤから聞いたエルトリアの話を思い出して必死に状況を理解しようと努力をした。
しかし、セリスのこの一言だけは意味がわからない。
タカヤの話では、隣国とは何百年も争いが続いていると聞いている。
話の辻褄が合わない。彼らの幼い頃、一体何があったのだろう。
「うわあ……! ますます状況が理解できん!」
葵は、思わず片手でワシャワシャと頭をかいた。
二刀流のリンゴ飴をくらうとベタベタするのだ!




