りんご飴ひとつ
"おしくらまんじゅう"のような人混みを掻き分け、三人はスマホ画面に表示された赤い点を追っていた。
夕方になって夏の陽射しは和らいできたが、ここでは屋台の鉄板から漂う香ばしい匂いと群衆が織りなす高揚した雰囲気で、昼間の暑さよりもムンムンとした熱気が漂っている。
「……ちょっと! すみませんっ!」
頬を伝う汗を気にせず、人混みに肩を割り込ませてグイグイと前に進んでいく葵だったが、蘭子との距離は全然縮まっていない。
「どうしてこの状況で自在に動き回れるんだ……?」
蘭子が数十メートル先に居ることは分かっているが、それはとてつもなく長い道のりに感じていた。
加えて、どういうわけか蘭子はスルスルとあちこちの屋台を巡っているようだ。
「蘭子は——っと、失礼。昔からこういう場所で動き回るのが得意だった」
すれ違った男性の足を踏んでしまったことを謝りながら、タカヤが葵の横へ並んだ。
「"こういう場所"ってエルトリアにもあったってことかしら?」
静香も額に汗を滲ませながら、タカヤと反対側から葵の隣へ立つ。
「ああ。この世界と内容は異なるが、エルトリアでも祭事などで人が集まることはあるからな。蘭子は儀式的なことが嫌いでよく逃げ回っていた」
「そういうことか……」
「たしかに、この前"形式ばったものは苦手"って言っていたわね」
焼きそば屋の前で小休止した三人は、屋台と屋台の間にあった小さな隙間に移動し、改めてスマホの位置情報を確認した。
すると、先ほどまで動き回っていた赤い点に変化があった。
一箇所に留まって動かなくなったのだ。
距離はほんの数メートル先。三人は思わず顔を見合わせた。
葵がその辺りに視線をやると、白い文字で『りんご飴』と大きく書かれた赤い屋台が見える。
「多分……、あそこだな」
ついに逃亡中のお姫様を捕らえたぞ。
三人は意を決して再び人混みに飛び込んで行った。
「居た——けど」
少しだけ人の流れが落ち着いたおかげで、りんご飴を見ながら目をキラキラさせている蘭子を見つけた。
だが、頭に"ひょっとこ"のお面、右手にチョコバナナ。首から黄色い鳥の形をした水笛をぶら下げ、手首には緑色とピンク色のネオンブレスレットをはめた浮かれポンチな姿がそこにあった。
「おい……。ゴッドはどこへ行った?」
ちょっと姿を見ない間に、ゴッド蘭子から浮かれポンチ蘭子へと変貌したお姫様は、チョコバナナを一口齧っていた。
「ん? お! みんなー! 遅いぞ早く来い!」
やがて、こっちの気苦労など知りもしない蘭子が葵たちに気がつくと、いつものテンションで呼びかけてくる。
「おまえなぁ……、迷子になったらどうするつもりだったんだ? タカヤなんかこの世の終わりみたいな顔してたぞ」
ゾロゾロと三人で蘭子の元へと歩み寄りながら、葵は親指でタカヤを指した。
「よ、余計なことを言うなアオイ! 俺はただ……、蘭子が心配だっただけだ」
すると、タカヤは顔を赤くして慌てだし、口を尖らせながらソッポを向いてしまう。
なんでそんな照れてるんだよ。
「ぷっ! おまえは忠実だからな。父上に怒られるのが怖いんだろ」
そんなタカヤの姿に、蘭子はクスクス笑いながら揶揄い始める。
確かに厳しそうなイメージがあるな。タカヤの父親。
「ぐっ……! しきたりから逃げ回っている蘭子には言われたくない!」
よっぽど父親に怒られるのが嫌だったのか、それとも捜索で機嫌が悪いのか。
タカヤは子供のようにムキになって蘭子に詰め寄ろうとしていた。
「はいはい。再会できたんだから一件落着よ」
放っておいたら口喧嘩が始まりそうな雰囲気になったところで、静香がタカヤの頭だけを押さえて二人の距離を遠ざける。
「まぁ、この通り一回はぐれたら合流するのが大変だから、単独行動には気をつけような」
不満気に黙るタカヤに代わって、今度は葵が諭すように蘭子の前に出た。
「す、すまん。気をつける」
ようやく苦労をかけたことを理解したらしい蘭子は、バツが悪そうに視線を逸らして笑っていた。
あと、なんで今チョコバナナを食べた?
「りんご飴——か」
葵は蘭子の視線に合わせて屋台を見渡した。
どうやら蘭子はこのお店が気になって仕方がないらしい。
合流してもその場を動こうともせず、割り箸が刺さった甘そうなお菓子をジッと見つめている。
「オーナーがリンゴ好きだろ? 大抵のリンゴ菓子は食べたつもりだったが、これは初めて見たぞ。このかわいいのは本当にリンゴなのか?」
そうか。
リンゴといえば、蘭子達が下宿している館のオーナーが大好物だ。
お泊まり会でほっぺが落ちそうな程美味しいアップルパイを頂いたのは記憶に新しい。
自然とオーナーの好物に惹かれてたんだな。
「姫リンゴっていう品種だそうよ。確かにこういう所でしか見かけないわね」
「姫だと!? これは、わたしを呼んでいるのか!?」
蘭子の疑問には静香が答えた。さすが物知りだ。
蘭子の茶番はともかく、りんご飴に使われる品種なんて気にしたこともなかったよ。
「よし、せっかくだしみんなで食べるか!」
実のところ、葵は蘭子の捜索で小腹が減っていた。
目の前で香る甘い匂いが、その食欲を更に唆ってくる。
「うん! それじゃあオッちゃん! 人数分頼む!」
蘭子は屋台の台に"ダーン!"と手をつき、前のめりになりながら注文を始めた。
……だからなんでタメ口なんだよ。
このお姫様には敬語の使い方も教えてあげた方がいいんじゃないか?
「はいよー! 四人分ね! お嬢ちゃん可愛いね! ほら、一つオマケだよ!」
だが、りんご飴屋の大将はそんなことなど気にもせず、蘭子のテンションに負けない笑顔で返してくる。
「……え? 私は?」
なんだか不満そうに自身を指差した静香の呟きは、虚しくもお祭りの喧騒に消えていった。
その代わりに、蘭子のハイテンションボイスが響き渡る。
「えっ! いいのか!? あおい! 可愛いって言われたぞ! この店のりんご飴全部買うか?」
というか、大将の営業トークに騙されていた。
「羽振良すぎだろ!」
そう言いながらりんご飴を受け取った葵は、静香とタカヤへ順番に渡していく。
「……おい。でもこの余った一個どうするんだ?」
最後に自分とオマケの分を受け取ったが、両手がりんご飴で塞がってしまい困惑していると——。
「では、それは私がいただきますわ」
突然、見知らぬ手が葵からりんご飴を奪った。
「!?」
「!?」
瞬時に反応したのはタカヤと静香だ。
タカヤは蘭子を、静香は葵をサッと自分の後ろに押しのけると、片手で前に出られないよう制止させる。
「え? ……誰?」
四人の前には、紫色の浴衣姿で天狐のお面を被った少女が立っていた。
その間を緩やかな風が抜け、天狐のお面の下に見える銀髪を不気味に揺らした。
その中で、葵だけが理解できず、その場に取り残されていた。
ついに……
ついにあの方が……




