お姫様はどこだ!?
「……で。どうするんだ? 蘭子行っちゃったぞ?」
人混みに飛び込んだ蘭子の姿は、すぐに見えなくなってしまった。
ラッシュアワーのような混雑っぷりを見せる露店街を眺めながら、三人は呆然と立ち尽くしている。
これは……、探すのが大変だぞ。
「……」
「おい、タカヤ聞いて——って、どうした!?」
タカヤの顔は、お化けでも見たかのように顔面蒼白になっていた。
返事すらしないので少しムッとしていた葵だったが、彼の表情を見て何か事情がありそうだと察する。
「……マズいことになった。本国からは蘭子を一人にさせないよう命を受けている。特に、このような不特定多数の人間がいる場所では……」
なるほど。
その表情は「やっちまった」という顔だったわけだ。
蘭子の幼馴染で婚約者だけど、蘭子の安全を守る為に同行してきた騎士だからな。
「心配いらないだろ。お姫様ってことを知っているのは俺たちだけだし、こっちの人から見ればただの元気な女の子だ。どうせ今頃"くじ引き"で下らない残念賞を手に入れて喜んでいるさ」
葵は両手で"やれやれ"の仕草をしながら、いつもと変わらない表情で蘭子の行き先を推理する。
その横を、綿あめを持った小学生達が通り過ぎて行った。
だが、タカヤから焦りの表情は消えない。
彼は大きな懸念事項を抱えているのだ。
ゴールデンウィークの夜、そして野球の試合。
自分と静香の前に姿を現した、敵国シェイドリア王国の王女、セリス・シェイドリア・ハルヴァイン。
目的は不明だが、彼女は間違いなく蘭子を追いかけてきたことだけはわかった。
蘭子と葵にも伝えるべきか悩んでいたが、「私が直々にご挨拶へ伺うまでは、くれぐれもご内密に……」とセリスが放った一言が忘れられなかった。
別に、彼女の言う事を聞く義理などない。
だが、それがきっかけで蘭子とこの世界の友人が危険な目に遭うかもしれない。
それに、セリスは普段から何を考えているのかわからないのだ。
だから、タカヤは慎重にならざるを得なかった。今、この瞬間にもセリスが再び現れるかもしれないから。
そして、その最優先で守るべき蘭子が逃亡した。
自らの欲望に負けて社会の荒波の中に消えてしまった姫と、そこに忍び寄る影の王女が想像の中で出会ってしまう。
タカヤの心は、楽しさから一転、一瞬にして不安に襲われていた。
「おい。どうしたタカヤ? 本当に大丈夫か?」
葵は、タカヤの目が鋭く変化したのを見逃さなかった。
まるで、あの時河川敷で襲われた時のように……。
「……あ、ああ。すまん、ちょっと考え事をしていた」
しかし、タカヤは葵の問いかけを聞いて、すぐ我に返ったようだ。
落ち着いて浴衣の帯に挟んでいたスマホを取り出すと、蘭子に電話をかけ始めた。
「……出ない」
スマホを耳に当てたまま難しい表情で呟く。
どうやら、この喧騒のせいで蘭子は着信に気がついていないらしい。
ここも露店街から外れているのにこの騒がしさだ。
あの人混みの中はもっと酷いだろう。
「……仕方ないわね。こんな事があろうと用意しておいて良かったわ」
そこで、静香がヤレヤレと言ったように手元の巾着からスマホを取り出した。
「電話は気が付かないみたいだぞ?」
同じように電話をするのかと思った葵が一応聞いてみるが、どうやら違うらしい。
静香はスマホの画面を二人が見えるように向けると、見た事がないアイコンの地図アプリを開いた。
「さっき、蘭子ちゃんが抱きついてきた時にGPSを仕込んでおいたの。これで何処にいるかすぐにわかるわよ」
不敵な笑みを浮かべてとんでもない事を言い出したぞ。
地図アプリには、この地域の航空写真が表示されていた。
リアルタイムではなく、過去に上空から撮影された写真のようだ。
それをピンチアウトして拡大すると、今居る参道の航空写真になった。
写真の中ではお祭りをやっていないので屋台は表示されていないが、その代わりに赤い点が一つ表示されている。
その赤い点は、参道を右に左に動き回り、しばらく停止したかと思えば来た道を戻ったりと不規則な動きをしていた。
「うん。そんなに遠くに離れてないわね」
つまり、その赤い点が蘭子の位置情報——という事らしい。
「……三原。お前だから目を瞑るが……。これは本来なら重罪行為だぞ……」
そんな静香を、タカヤは呆れた目で見つめる。
「わかってるわよ。でも、大事なお姫様に逃げられた騎士様が言えることかしら?」
「……ぐっ!」
「ふふ。感謝しなさい」
タカヤは複雑そうな顔をしているが、背に腹はかえられないらしく、渋々その画面を覗き込んでいた。
「蘭子も言ってたけどさ、静香って時々怖いよね……」
葵もまた、静香が漂わせる裏の顔を垣間見たことで、タカヤに少し同情した。
あとこのアプリ、裏の仕事とかいうので使ってるやつだ……多分。
静香さんさぁ……




