夏休み初日
——夏休み初日。
遠くの空にモクモクと入道雲が上がった土曜日の昼。
気温は早くも三十度を超えてきた。今年の夏も暑くなりそうだ。
葵は自室で黙々と宿題を片付けていた。
普段なら、初日から宿題などあり得ない。
なぜなら、葵はどちらかと言うと8月の後半に苦労するタイプだからだ。
「……お昼か」
ひと段落した数学のプリントから、壁の時計へと視線を移して呟く。
予測不能な全力疾走お姫様が、夏休みという自由を手に入れてしまったのだ。
この情熱によって、葵の夏休みは一瞬で蒸発するかもしれない。
そんなことになれば宿題などやっている暇がなくなる。
だから出来るうちにやるしかないのだ。
(あー! 疲れた!)
椅子に座りながら、グーンと伸びをする。
朝の二度寝を我慢して、学校の始業時刻に合わせるように始めた宿題は、我ながらかなり捗ったと思う。
だが、もう限界だ。お腹も空いてきた。
「葵ー。お昼ご飯できたわよー」
その時、リビングから母親の声がした。
(ナイスタイミング!)
これにて、今日の宿題は終了。
「よし。続きは明日にしよう」
プリントをファイルにしまいルンルンと立ち上がった葵は、「イデッ!」と短い悲鳴をあげてベッドの角にぶつけた足をさすりながらリビングへ向かっていく。
「ズズズズ——」
(やっぱり夏はこれだねー)
卵とキュウリが大量に乗った"三崎家特製冷やし中華"を啜りながら、葵は夏グルメを満喫していた。
勉強で消費したエネルギーが、脳みそから全身に行き渡っていくのを感じる。
「ねぇ葵。今日は夏祭りに行くんだっけ?」
正面に座っている母親が、氷をカラカラ鳴らしながら麦茶を飲んで聞いた。
「——うん。そうだよ。静香たちと一緒」
葵は口に含んでいた物を飲み込んで、少し間を空けて答える。
「そう。それじゃあ……、葵の夕飯はいらないわね。食べ歩きするんでしょ?」
「そうだな」
母親は巣立っていく子供を見送るかのように、少し寂しそうな顔でつぶやいた。
「あんまり遅くならないようにね。静香ちゃんのお家も厳しいんだから、葵がしっかりしなさいね」
そして、可愛い息子を心配するあまり、つい余計なことまで言ってしまう。
「はいはい。わかってますって」
そんな母親の気持ちを自覚しているのかはわからないが、葵は少し恥ずかしそうに視線を逸らして答えるのだった。
母親の分の食器も片付け、葵は自室へと戻った。
(まだ時間があるな……。少し昼寝でもするか)
時計をチラリと確認し、ベッドの上へボフンと倒れ込む。
(そういえば、今日はやたら静かだな)
横になったままポッケからスマホを取り出すと、通知欄を確認した。
いつもの土曜日なら、朝からチャットアプリ"LIME"の通知が鳴り止まないが、今日は不気味なほど静かだった。
その通知の八割を占めるのは蘭子なのだが、今朝は『午前中は宿題をする。葵も静香も勉学に励め。以上』とメッセージが来て以来、タカヤが上半身裸で片手腕立て伏せをやっている動画のみが送られてきただけだ。
何アピールだよそれ。……いや、凄いな。
葵が宿題を始めたのはこの件もあってのことだったが、午後になってもスマホは静かなままだった。
(まだ宿題やってるのか? みんな真面目だな……)
少し寂しさを感じた葵はポイっとスマホを枕元に投げ、静かに目を瞑る。
エアコンの効いた部屋の中には、満腹と勉強の疲れが一気に押し寄せ、そのままウトウトと微睡の中に落ちていった。
——15時。
「ふぁーあ!」
午前中に頑張ったおかげで、やたらグッスリと寝られた気がする。
こんなに気持ちいい昼寝ができるなら、早起きして宿題をするのも悪くないかもしれない。
布団から起き上がって伸びをすると——。
ピコン!
スマホにLIMEの通知が届いた。
「お? 蘭子からか」
葵はLIMEを開いてメッセージを確認する。
『宿題はやったか? 今日は予定通り17時集合だ!』
どうやら、昼寝をしている間のメッセージはなく、これが最新のようだ。
そこから続いて、静香が"御意"と侍が言っているスタンプ、タカヤが午前中とは反対の腕で腕立て伏せをしている動画を送ってきた。
ひょっとしてタカヤのそれはツッコミ待ちなのだろうか?
誰もそれに触れようとしないので、葵もプリセットされたうさぎのスタンプ(OKセリフ付き)を送ってスルーすることにした。
だが、それっきりLIMEの通知は途切れてしまう。
(みんな何してるんだ?)
それは、まるで嵐の前の静けさのように、今夜も何かが起こることを予感させていた。
いや、何も起こらない方がおかしいのだ。
きっと、今はLIMEを控えてパワーを溜めているのだろう。
そして今夜、打ち上げ花火のようにそのパワーは解放される——はずだ。
一人だけ様子がおかしい回




