夏祭りに行こう!
「うっまー! これ! 本当においしいぞ!」
ハイテンションの蘭子がお店を騒がしている。
周りのお客さんの目は、だんだんと冷ややかなそれへと変わってきた。
「シー! もうちょっとボリュームを下げろ」
たまたま空いたテーブル席に座った葵たちは、落ち着くどころか肩身の狭い思いをしていた。
「おお……。すまんすまん。感動してつい」
そんな空気を蘭子も感じているらしい。珍しく素直におとなしくなった。
初めて飲んだフラペチーノは確かに美味しい。
思わず声にしてしまった蘭子の気持ちもわかるが、それ以上にこの店の独特な雰囲気が葵たちを呑み込んでいた。
「"空間を売りに"か……。俺にはその良さがよくわからないな」
壁に描かれた植物のような絵画、落ち着いた木目調のテーブルと椅子、ランプのようなオレンジ色の照明。
店内の装飾をぐるりと見渡しながら、葵はボソッと呟いた。
装飾だけならば、蘭子とタカヤが下宿している居間の雰囲気に近いが、なんというかこの"空気感"に慣れない。
「わたしは、ちょっと大人になった気分だ」
一方、蘭子はニコニコ笑顔を葵に向ける。本当に、どんな時でも前向きなお姫様だ。
「”大人に”か……。そうだな」
いつかこの空気を心地よく感じる時が来るのだろうか。
葵は蘭子に習ってこの空気も楽しむことにした。
ふと、視線をやった先。タカヤが一生懸命アイスコーヒーを飲んでいた。
口数が少なかったのは、頑張って飲んでいるからだったのか。
もしかしたら、滅びの呪文はタカヤのお腹を滅ぼそうとしているのかもしれない。
無理するなよ……。
「ところで、夏休みの予定は?」
フラペチーノが半分ぐらいに減ってきた頃、静香が途切れた会話を繋いだ。
「俺は……、特にないかな」
グータラ過ごすのが恒例となっている葵は、今年も何もなければそうするつもりでいる。
そう。何もなければだ。
高校に入って初めての夏休み。
一ヶ月以上続く自由で偉大な時間に、あの異世界トンチキコンビが黙っているはずがない。
予定は無いが、グータラ過ごすことは出来ないと、すでに予感していた。
だが、蘭子が意外なことを口にする。
「わたしは、夏休みがイヤだ」
「……すまん、何だって?」
聞き間違いかと思った葵が、すぐに聞き返した。
「だから、わたしは夏休みがキライだと言っている。ゴールデンウィークの時にわかった。学校に行けない、みんなに会えない。それはイヤだ」
フンっと腕を組んでそっぽを向く蘭子は、冗談ではなく本当に機嫌を損ねたようだ。
(夏休みをイヤがるやつなんぞ初めて見たぞ……)
すごく蘭子らしいと言えば蘭子らしいのだが、ここまではっきりキライと言えるのは中々なモノだ。
本当に学校が好きなんだな。
「イヤだと言われてもな……」
『夏休みはあれするぞ! これするぞ!』が来ると思っていた葵は拍子抜けしてしまった。
さすがにそう来るとは思っていなかったので、答えにも少し困ってしまう。
葵が黙り込んでしまったところで、静香が苦笑いを浮かべた。
自分が振った話題で気まずい空気になってしまったので、慌てて会話を軌道修正する。
「蘭子ちゃんらしくていいじゃない。でもね、夏休みには特別なイベントがあるのよ」
「特別なイベント——だと!?」
そのキーワードに、蘭子の目が鋭く光った。
さすが静香だ。蘭子の機嫌を一瞬で元通りにしてくれたぞ。
「そう。そのひとつが、早速今週末にあるの」
「おお! なんだなんだ!」
蘭子は目を星にしながら、テーブルに手をついて身を乗り出すように聞いてくる。
「夏祭りよ!」
見知らぬ制服の女子生徒たちが、静香の話を小耳にしながら「そっか、週末お祭りじゃーん」とテーブルの前を通り過ぎた。
「お祭りかー。俺もしばらく行ってないな」
咥えていたストローを放し、葵も静香の話に乗っかる。
「でしょ。だから、久しぶりにみんなでどう? と思って」
しかし、蘭子はいまいちピンと来ていないような顔をしている。
「そうか……祭りか。確かに楽しそうだ。だが……、こっちの祭りはどんな儀式をやるんだ? あまり形式ばったものは苦手だぞ」
お姫様がそんなことを言っていいのかよくわからないが、どうやら、蘭子の祭りイメージは"儀式"的な部分が強いらしい。
「そこは安心してちょうだい。私たちはそういうことしないわ」
「そうか。それじゃあ、儀式を見るだけなのか?」
静香の一言で誤解が解けたかと思ったが、イマイチ会話が成り立たない。
つまり、蘭子はこの世界の"縁日"という文化を知らないのだ。
「見て楽しむものもあるが……。俺たちが言う『祭り』とは、美味しいものを食べ歩きしながらゲームのお店で遊んだり、花火を見たりするちょっと特別な夜だな」
「花火!? 花火が見られるのか!?」
葵が変わって説明すると、蘭子はテーブルを跳び箱みたいに跳び越えるのでは無いかと思う勢いで身を乗り出す。
それに、食べ歩きとゲームより"花火"に食いついてきたぞ。
「そう。花火だ。見たことあるか?」
「ない! 本と映像で知って、本物を見てみたいと思っていたんだ」
蘭子は周りの視線を気にしながら椅子に座り直すが、腕はワクワクのポーズが止まらない。
「それじゃあ決まりね」
静香と葵は顔を見合わせて頷きあった。
こうして、夏休みの初日となる週末の予定が決まった。
葵の脳内カレンダーも、グータラ過ごす予定は二重線で消され、夏祭りと追記されていた。
そして、孤独にブラックコーヒーへ戦いを挑んでいた彼の様子はというと……。
タカヤは腕と足を組んで目を瞑り、優雅に座っていた。
テーブルには、空になったコーヒーカップ(約一リットル)。
「まさか、飲み切ったわけ?」
ドン引きしている静香が、引き攣り笑いで問いかけた。
驚くのも無理はない。
遥かに小ぶりな三人のフラペチーノは、まだ三分の一程残っているのだ。
だが、タカヤは当然の如く応える。
「フッ。今日から俺のことを『ブラック・タカヤ』と呼ぶがいい」
なんかまた訳のわからないことを言い出した。
『ブラック』のところだけやたら発音いいし。
「それじゃあ闇堕ちしたヤツみたいだぞ……。闇・タカヤだ」
葵もジト目でタカヤにつっこむ。
しかし、その『闇・タカヤ』に魅了されてしまった光の化身が居た。
「おお! なんかカッコいいぞタカヤ! デュエルしようぜ!」
蘭子である。
光と闇、もしかしたら意外とバランスが取れていいかもしれない。
いやいや。
そんなことを言って本当に闇のゲームが始まったら困る。
「だからなんでそんなネタ知ってるんだよ!」
本当にそういうネタの知識だけは一人前以上だ。
「お客様! 店内ではお静かにお願いします!」
ついに店長さんっぽい人から怒られてしまった。
もしかしたら出禁になってしまうかもしれない。
さよならフラペチーノ。あとブラック・タカヤも。
ここでドリンクバーのノリはやめておきましょう




