呪文を唱えよ
「うわぁ……。めっちゃ混んでる……」
平日の昼間だというのに、行列は店の外まで伸びていた。
「あおい。この人たちが"フラペチスト"なのか?」
「蘭子。頼むからこれ以上新しい言葉を発明しないでくれ」
ただでさえ、この人混みで疲れてしまいそうなのに、そんな時でも遠慮しないのが蘭子ワールドだ。
「そんなこと言うな! "ふらぺちい"ぞ!」
「だからそれはどういう意味なんだって!」
蘭子は今日も絶好調である。その分、葵の気苦労は増すばかりだ。
しかし、なかなか進まない行列。
覗き込むように前の方を見ると、八割くらいのお客さんが学生服姿だった。
同じ学校の制服も居れば、近隣の学校も入り混じっている。
皆、半日授業を終えてやってきた"フラペチスト"のようだ。
「……アオイ、この店は何故こんなに人気があるんだ?」
律儀に"気をつけ"の姿勢で黙っていたタカヤが口を開いた。
「うーん……。俺もよく知らないけど、メニューが魅力的なんじゃないか? それか、味がいいのか」
実際、葵もこの店に入るのは初めてなのだ。
蘭子に誘われなければ、恐らく今後も来ることはなかっただろう。
だから、なぜかと聞かれるとよくわからない。
そんな葵を放っておけず、静香が手を差し伸べてくれた。
「ふふ。ここはね、"空間"を商品にしてるのよ」
「空間?」
葵がキョトンとした顔で聞き返す。
「そう。確かにメニューも魅力的よ。けれど、このお店はここで過ごす時間をとても大切にしているそうよ」
学校では『あまり詳しくない』と言っていたが、さすが静香だ。
カフェの知識なら、この四人の中で一番詳しいだろう。
蘭子、タカヤ、葵が同じ顔で「ほぉ〜」と関心している姿を見て、静香は微笑んだ。
「この前読んだ本に書いてあったのを思い出しただけよ」
このあと色々聞かれても困ってしまうので、念を押すことも忘れない。
いつの間にか少し進んでいる行列に気がついて、四人は慌てて間隔を詰めた。
どれぐらい待っただろうか?
蘭子のマシンガントークにツッコミを入れ続けていたら、いつの間にかあと一組となっていた。
「ベンティ——ソイミルク——エスプレッソショット——エクストラソース」
カウンターでは、謎の横文字が飛び交っている。
「あ……、あおい。この店の注文には呪文が必要なのか?」
「むぅ。確かに、聞きなれない言葉が多いな」
前の女性と店員のやり取りは、この世界の住民を十五年続けている葵でも何を言っているのかよくわからない。
これは……、注文で挫折しないか心配になってきた。
いよいよ順番が回ってきた。
会計が一緒なので四人でレジカウンターに詰め寄ると、静香が最初に注文を始めた。
「私は"キャラメルフラペチーノ"をトールで、キャラメルソースは多めでお願いします」
さすが静香。
あまり行かないとは言っていたが、注文の仕方がこなれている。
続けて残りの三人の番だ。
「ビビディバビディブゥ!」
「……エクスペクト・パトローナム」
「バルス」
「あの……」
フラペチストの中に舞い降りたトンチキトリオが、その空間を急激に凍りつかせた。
契約書を丸暗記する記憶力を持ったタカヤですら、事前知識が無いとご覧の通りだ。
店員のお姉さんは、笑っているけど額に怒りマークが浮かんでいるように見える。
せっかく"空間"を売りにしているのに、これでは営業妨害で訴えられるのではないかと思う。
さりげなく滅びの呪文が混じっているのも問題だ。
「……あんたたち」
静香が冷ややかな目で三人を睨みつけた。
「ひぃ!」
「うっ……」
「うわっ」
それぞれが短い悲鳴をあげると、明らかに作り笑顔の店員さんが続く。
「ご 注 文 を どうぞ!」
冷や汗をかいた三人は顔を見合わせると、ようやくカウンターの上にあるメニュー表を見ながら注文を始めた。
「わたしも、しずかと同じのがいい!」
「じゃあ……、俺もよくわからないから同じので」
「……俺はアイスコーヒーをブラックで頼む」
さっきの勢いはどこへやら。
今度は借りてきた猫のように大人しくなった三人だった。
しばらくして、隣のカウンターから注文したドリンクが手渡された。
一人だけアイスコーヒーを頼んだタカヤは、「一番大きいサイズで頼む」と言って見栄を張った結果、期間限定でラインナップ入りしていた"トレンタ"というアメリカンサイズを頼んでしまい、カップを片手に固まっていた。
「教えてくれアオイ。これは……修行なのか、それとも試練なのか……」
「「「でかっ!?」」」
それを見た三人は思わず大きい声を出してしまったので、店内中の視線を浴びてしまった。
これにて、ひとつ分かったことがある。
どうやら、この四人はまだまだフラペチストにはなれないということだ。
やっぱり、ファミレスのドリンクバーが一番なのかもしれない。
この"空間"は、アウェイ過ぎる異空間だった。
トレンタって916mlだそうです。
ほぼ1リットル(笑)
1人で飲む量じゃないよね。




