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気になる蘭子は止まらない  作者: きら
野球って何だ?

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最高の思い出を

 お腹が空いていたせいか、いつもの料理がやたら美味しく感じた。

目の前には、テーブルいっぱいに広がる空き皿の数々。

空腹の食べ盛り四人が作り上げたカオスな景色は、自分たちのことなのに引いてしまう。

お泊まり会の前にもこんなことがあったが、これはあの時を凌駕する程の量だ。


「空いたお皿、お下げしますね」


 心なしか、いつものウエイター阿部さん(さすがにお互い顔を覚えた)も、今日は眉毛がピクピクするほど笑顔が引き攣っていた。

カチャカチャと手際よく回収されたお皿を持って厨房へ戻る阿部さんを見送ると、四人は水を一杯ごくりと飲む。

 

「ふぅ……。食った食った」


 蘭子は膨らんだお腹をさすりながら、ぐでーっとソファの背もたれに寄りかかった。

そんな蘭子へ、忠実なる騎士、タカヤのお小言が始まった。


「蘭子、晩餐会ではないから目を瞑るが……。少しは行儀を気にした方がいい」


 確かに。

うっかり忘れてしまいそうになるが、蘭子はお姫様なのだ。

お泊まり会の時は見事なテーブルマナーを披露してくれたが、今はそんなマナーなどどこへやら……。

 ただ、そんなタカヤも、爪楊枝で自分の歯をシーシーしながら「くっ! 取れん!」とか言っている。

どうやらトンチキ異世界コンビは、すっかりこの世界に馴染んでしまったようだ。


 結局、今日もエルトリアの接待ということで、会計はタカヤが済ませてくれた。

"タダ飯を食べられてラッキー"と思われてるかもしれないが、こっちにしてみれば、毎回奢られると逆に申し訳なく感じてしまう。


 ファミレスの外は日曜日の午後ということもあり、いつも以上に賑わっていた。

「みんな。今日はありがとう! とっても楽しかった!」

野球イベントを終えて満足したらしい蘭子が、みんなを労う。

そのニコニコ笑顔に癒された三人は、思わず顔を見合わせて一緒に笑った。

 

 和やかな空気が、心地よい余韻を残しながら、風に乗って流れていく。


 それを合図にしたかのように、静香が突然両手を合わせ、ごめんのポーズで頭を下げた。

「お疲れ様。名残惜しいけれど、私はこれから仕事があるから、この辺でまたね!」

 そして、小さく手を振りながら、早足で駅の中へ消えていった。

野球の試合で疲れているだろうに……、偉いものだ。


 続いて、タカヤがリンゴのキーホルダーが付いた鍵を蘭子へ渡した。


「ん? どっか行くのかタカヤ?」


 キョトンとした蘭子が尋ねるが、タカヤは葵に向かって声をかけた。


「今摂取したカロリーを消費してから帰る。アオイ、悪いが、蘭子を送ってやってくれ」

「またジムかよ……」


 野球で運動してきたばかりだというのに、まだ満足していないらしい。

どこまでもストイックな男だ。

 蘭子に渡したのはどうやら館の鍵らしい。キーホルダーでなんとなくわかったけど。


「ということだそうだ。それじゃあ、行くか。蘭子」

「うん! よろしく。あおい!」


(なんか、デジャヴのようだな……)


 ふと、そんな事を思い出した葵は、少し恥ずかしそうに蘭子スマイルから視線を逸らす。


「ん? どうしたあおい?」

「……いや、なんでもない」


 でも、蘭子はちっとも気にしていないようだ。

葵は一人気まずくなっていた気持ちを、ポリポリとほっぺをかいて誤魔化した。

 


 太陽が西に傾き始めた河川敷——。


 ファミレスを出発してから、蘭子はずっと一人で喋っていた。

チームメイトとの会話や、葵の最終打席でのベンチの様子などを話題しながら、スキップをするようにルンルンと歩いている。

その周囲には、音符が浮かんでは消えていくのが見えた。……気がする。

たまには休符も出した方がいいと思うぞ。

 

 その一歩後ろを歩くのは、揺れる髪を微笑みながら眺める葵だ。


「"野球は満足した"って感じだな」


 ようやく話が途切れたところで、葵は蘭子に声をかける。

笑顔で振り返った蘭子は、一瞬だけ足を止めて葵の横に並んだ。

「うん。でも、ヒロシは強敵だったし、神原部長もかっこよかった」

「そうだな。あの人の野球を想う気持ち……。感動したな」

葵は横目でチラリと蘭子を見て歩幅を合わせた。


「あおい、野球をやってみて、わかったことがある」

 今度は、蘭子が声のトーンを少しだけ落として、チラリと横目で葵を見た。

「おっ、ノートに書くネタだな。教えてくれ」

「うん。仲間とひとつの大きな壁に向かって切磋琢磨するのは、こんなにも気持ちが良いものなのだな。どんなに難解な問題でも、乗り越えられる気がする」

「それはお前のおかげでもあるけどな」


 野球をきっかけに見つけた、強くて逞しい結束力。

でも、それは蘭子がどんな時でも前向きに光を照らしてくれた結果だ。


「いや、わたしだって……、本当は不安だったんだ。でも、あおいを、いや、仲間を信じていたから前を向くことが出来たんだ」

「そうか」

 葵は、多くを語らず優しい笑顔で応えた。

その"信じる気持ち"が、絶対的な自信への信用に繋がっているのだ。

 

「でも、驚いた。その先にも——笑顔を見つけた」

 

 どうやら、蘭子はまたひとつ、笑顔のピースを見つけたようだ。


「……そうだな。それが、スポーツの醍醐味でもある」


 葵は知っていた。

いや、忘れていたけど思い出した。

それは、ヒロシと神原部長が思い出させてくれたことだ。

 

「うん。それに——」

 蘭子は微笑みながら空を見上げると、何かを決意したように、葵に視線を戻して続ける。


「みんな、何かを背負ったまま、毎日何かと戦ってる。大事な何かを守るために、時には辛い選択も必要なんだ。当然、その重さは、わたしたち他人にはわからない」


 蘭子が視線を向けた河面から、鴨たちが飛び去っていく。

誰一人、仲間を置いていかないよう、一斉に。


「きっと、エルトリアの民たちもそうなんだ。だから、わたしはみんなが背負っているものが何であろうと理解してあげたい。一緒に悩んで、それを分かち合いたい。そんな風に……思ったんだ」


 犬の散歩をしていた女性と、軽く会釈してすれ違う。

犬が蘭子の足元をクンクンと嗅いで通り過ぎていった。

 

 その様子に、葵がクスリと笑う。

「いいんじゃないか? お前らしくて」

「ほんとか!」

 パァーとまた笑顔になる蘭子の顔は、いつものように眩しく輝いている。

「ウソついてどうする。喜ぶと思うぞ、エルトリアの人たち」

 葵には、異世界にあるエルトリアのことは、聞いた話でしかわからない。

でも、蘭子のような立場の人が気持ちに寄り添ってくれるのは、民にとって喜ばしいことだろう。

 

「ありがとう! あおい!」


だって、こんな笑顔を向けられたら、誰だって元気になるさ。


「……で、ひとつ謝らなければいけないことがある」


 話はひと段落といったところで、蘭子は一転、表情を曇らせ、言いづらそうに話題を変えた。


「なんだよ?」

 葵は、なんとなく蘭子が言いたいことは理解していた。

多分、あの件だ。

 

「その……。留学のこと、一年で終わっちゃうって、黙っていて悪かった」


 ファミレスで葵が神原部長の話をしていたとき、留学期間の話題に触れた。

あえてその話には触れないようにしていた蘭子にとって、その瞬間、ちょっとした気まずさがあった。

あの時、四人の間に一瞬だけ寂しい空気が流れたのはみんな感じ取っていただろう。

 だから、あえて葵はその話を深掘りしなかった。

現実から逃げたわけではない。今は話すべきでないと、そう感じたのだ。


 それでも、蘭子は勇気を振り絞って話をしてくれた。

だから、葵も精一杯、蘭子の気持ちに寄り添う。

「……いや、謝る必要なんかない。俺も勝手に勘違いしてたんだし。それに、言えなかった理由もあるんだろ?」

「う……うん。この世界がな、すごく楽しくて、帰りたくないなって思ったりもするんだけど、国を長く空けるわけにもいかないだろ? そんなことを考えてたら、なかなか言い出せなくて……」


 それは蘭子の葛藤だった。

彼女の等身大の気持ちと、国を納める者の責任感。

その狭間で揺れていたのだった。

 

「あのなぁ……。そう言う時こそ、友達に頼るんだ。おまえが背負ってるものも、ちゃんと教えてくれよ」

 葵は言いながらポンと蘭子の頭に手を置いた。

「うん。ありがと」

その手を上目遣いで見ながら、蘭子はニコリと笑う。

言ったかどうかなんて、この際大した問題ではない。

大事なのは、これからどうするかだ。


「たくさん思い出を作ろう。それで、笑顔のヒントをもっと沢山見つけよう」

 神原部長から聞いたときは狼狽えてしまったが、蘭子と話して気がついたこと、これが葵の答えだった。

「思い出か……。そうだな。それじゃあよろしく、あおい!」

「承りました。お姫様」


 蘭子に笑顔が戻っていた。

こうやってすぐに立ち上がるのは、簡単にできることではない。

でも、それを最も簡単にやってしまうのが蘭子なのだ。

 

 気恥ずかしいことを言ったせいで、少しぎこちない空気になってしまった。

そんな空気を元に戻そうと、葵は再び野球の話題に戻した。

「それにしても……、本当によく勝てたもんだ」

「当たり前だ。言っただろ? 『私の辞書には勝利という文字しかない』と」

蘭子は腰に手を当ててドヤ顔をしている。

「あのなぁ……。言っておくけど、それはただの漢字練習帳だ」

一方、葵は呆れ顔で蘭子に応える。

それだけ"勝利"の文字が並んでいると、ゲシュタルト崩壊を起こしてしまいそうだ。

「なっ!? 失礼な! "勝利"ぐらい書ける!」

「そういうことじゃなくて……」

「なにぃ? どういう意味だっ!」

 

 もしかしたら、蘭子は本当に"敗北"という言葉を知らないのかもしれない。

蘭子の辞書に"敗北"という文字がない以上、その言葉が出てくることはない。

 何はともあれ、どんな時でも前を向くことやめない蘭子だ。

どの道、そんな言葉は必要ないだろう。

 でも、あれ?

お泊まり会の時はゲーム対決で負けていたっけ……。

まぁ、いいか。それはそれ——だ。

 

 河面からひんやりとした風が、二人の頬を撫でた。

ジメジメとした陽射しで汗ばむ体を心地よく冷やしてくれる。

いつものようにくだらない冗談を言い合いながら、二人だけの大事な時を歩んでいく。


 

 その遥か後方——。


 

 大きな橋脚に隠れて見守る、()()()()があった。

 

「……なぜ俺が後をつけ回すような真似をしなければならないんだ」

「ちょっとね。もしかしたらセリスさんが現れるかもって思ってたけど……。読みが外れたようね」


静香とタカヤは、それぞれ別の場所へ向かったと思わせて、こっそり葵と蘭子の後をつけていた。

 

その目的は、セリスをおびき出すため。


 だが、この作戦はタカヤにとってちっとも面白くない。

「あまり関心しないな。これでは蘭子たちを危険に晒すことを容認しているようだ」

こんなことをせずとも、側に居れば襲われる心配などないというのに。

 

 だが、静香にも言い分はあった。

「私だって二人を囮みたいにするのは嫌よ。でも、何もしないで後手にまわるよりマシ。それだけ得体の知れない相手なんでしょ? それとも、あんたはセリスさんの動向がわかるっていうの?」

葵と蘭子の背中を見つめ、周囲を警戒しながら話す。

「……いや」

 思わず、タカヤは視線を下に逸らした。

 実際、静香の言っていることは正しい。

セリスが"四人でいる所"を狙ってくるという可能性も捨てきれない。

それこそ、彼女の思う壺なのかもしれない。

それだけ何を考えているのかわからないヤツなのだ。

 

 簡単に言いくるめられてしまったタカヤを、横目でチラリと見た静香が続ける。

「セリスさんが、あんたみたいにわかりやすい性格なら、違う方法があったかも——ね」

もう少しタカヤ側の意見があると思っていたが、案外張り合いがなかったせいで、少し意地悪を言ってみたくなった。

「悪かったな。わかりやすい性格で……」

少し拗ねながらほっぺを膨らませている姿に、静香は思わずクスッと笑ってしまう。

「あら? 私は嫌いじゃないわよ。だからこそ、馬鹿みたいに正面から攻めるばかりではなくて、性に合わないことも必要ってこと」

 この素直さが彼の良いところなのだが、それは逆に危うさでもあった。

だから静香は、自分でも性に合わない行動をとることにしたのだ。

タカヤの成長のため。

そして、どこかで監視しているかもしれないセリスを撹乱するため。


「フン……。だが、結局空振り——ということか」

「そうみたいね。気配も感じないし、野球観戦後は完全に撤退したと考えて良さそうね」

 

 結局、今回は静香の杞憂で終わった。

だが、今日セリスが自分達の前に堂々と姿を現したことは事実。

その目的は、謎のままだ。


「シェイドリアめ……。何を企んでいる」

 そのもどかしさからか、タカヤは思わず拳を握りしめた。

それでも静香は、微笑みながら冷静に語りかける。

「そう熱くならないの。何も無かったならそれで良いじゃない。私たちは、こうやって備え——って、どうしたのタカヤ!?」

最初は怒りで拳を握ったと思っていたのだが、すぐに血の気の引いた顔になり、緊張で動けなくなっていることに気がついた。

 

 その原因は、彼の下半身にあった。

 

「み、三原! こ……こ……こここの生き物ななんなんだ!?」


 声を上ずらせながら動揺するタカヤ。

その膝下では、どこからか現れたアマガエルがくつろいでいるのだ。

タカヤと目を合わせ「やぁ!」とでも言ってそうなくらい堂々としている。


「あら、アマガエルじゃない! 久しぶりに見た! 可愛いわね!」

 そのキュートな姿に、静香は思わずしゃがみ込んで見つめた。

「か……かか可愛いだと!? 違う! 気味が悪すぎる! 早く! コイツを捕ってくれ!」

だが、タカヤは首をのけぞらせ、泣きそうな顔で狼狽えている。

 

「ねぇ……。あんたって本当に騎士なのよね?」

 仕方なくアマガエルを手で優しく包み込んだ静香は、河の方へそっとリリースする。

タカヤはホッと胸を撫で下ろし、「俺にはこの世界の生物が理解できない」とか呟きながら、周囲に別のアマガエルが居ないかキョロキョロと確認していた。

 

(これで本当に大丈夫なのかしら……?)

 

 剣術や身体能力は申し分無いが、こういう一面を持ったタカヤの将来を思うと、一抹の不安を覚える静香であった。


 

 また、いつもの日常が戻ってきた。

六月のジメジメした空気は、今日の野球のように熱い空気を纏って青空へ入道雲を広げていた。


 

 それから——。

野球部のその後を、少しだけ語ろう。


 あの試合のあと、野球部のポテンシャルに惚れ込んだラミーちゃんが、特別臨時コーチを買って出た。

プロ野球で活躍したレジェンドの指導は、彼らをまた一段と高いレベルへと押し上げたようだ。

 神原部長の教えも功を奏したのだろう。この夏、野球部は初めて地区大会決勝戦へと進んだ。

その立役者であるヒロシも、間違いなく野球部の歴史に名前を刻んだ。

長かった野球編もこれにて完結です。

お付き合いどうもありがとうございました!


次回からは夏休み!


夏祭り編に入ります!

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