大人たちの贈り物
「でー、三崎。大人の彼らにちゃんとお礼はしたのか?」
去っていく親衛隊の背中を眺めていると、葵たちの背後から聞き慣れたやる気のない声が聞こえてきた。
「先生!?」
振り返った先には、本日の野球部臨時顧問であり、葵たちの担任である加賀見が立っていた。
「大人はなぁ、毎日忙しいんだ。わざわざ時間を割いてくれたことには、きちんと感謝をしろ」
珍しく担任教師らしい振る舞いで葵たちの前へ出てくると、最強助っ人トリオに向き合った。
そして、角度45度で腰を曲げ、頭を下げる。
「皆さん、ウチの生徒たちがお世話になりました。本日はご多忙の中、生徒たちのわがままに付き合って頂き、本当にありがとうございます」
初めて見た担任が頭を下げる姿に葵たちが戸惑っていると、優しく微笑んだあぶさんが加賀見に応えた。
「いいのよ! アタシも迷惑かけっぱなしだったし。それに、久しぶりに本気で野球が出来て、とても楽しかったわよ」
加賀見の肩をトントンと叩いて頭を上げさせると、続いてラミーちゃんが応える。
「サイコーニエキサイティングデシタ! ドモ、アリガトゴザイマス!」
ニコニコと笑いながら加賀見とガッチリ握手をする。
「先生! 彼らは素晴らしかったですよ。自分たちで高い壁を乗り越える、それはきっと未来へのエナジーになります」
マッスルマンも爽やかな笑顔で応えた。
タカヤが連れてきた最強の助っ人。
レジェンドの教え、蘭子に負けないポジティブな精神力、圧倒的な実力者。
三者三様の力が綺麗に融合し、『最後まで諦めない』という姿勢を背中で見せてくれた。
葵たちの心には、確かにその姿が刻まれている。
「あ、あの! 本当に、どうもありがとうございました」
葵は、加賀見に倣って頭を下げた。
それに続いて静香とタカヤが、最後に蘭子が少し慌てて頭を下げる。
本当はもっと言いたいことがあるはずなのに、なんだか胸がいっぱいで、言葉にできたのはこの一言だけだった。
しかし、大人たちにはその気持ちがしっかり伝わったようだ。
葵の顔を見た助っ人三人は、何も言わずに微笑みかけてくれる。
「葵ちゃん。あの風間ヒロシって子に伝えといてくれる? また、勝負しましょって。」
やがて、照れ隠しのようにあぶさんが口を開いた。
「あ、はい! あいつ、喜ぶと思います!」
次の言葉を紡ごうと考えていた葵は、慌てて返事を返す。
ふと、ヒロシがニヤリと笑っている姿が頭に浮かんだ。
「彼、いい選手になるわよ。楽しみにしてるわ」
あぶさんも想像の中でヒロシとの勝負を振り返っているらしい。
心なしか、ウットリしているような表情で笑っている。
元甲子園球児お墨付きのヒロシが、あの時、あぶさんのホームランで何かが変わったことは明らかだった。
「タカヤ、シズカ! キミタチ、ホントウニ、アメイジングデシタ!」
一方、非常識コンビを絶賛するのはラミーちゃんだ。
元レジェンドの教えが素晴らしかったこともあるが、初心者とは思えない活躍を見せてくれた二人に驚いているようだ。
「ふっ、これぐらい当然だ」
「ありがとうございます! お褒めいただき光栄です」
そんな非常識コンビの返事は対照的だった。
非常識では気が合うのに、なんでこんなに正反対なんでしょうね。この二人は。
「蘭子ちゃん! 素敵な時間をどうもありがとう! また、一緒に『エナジー』やってくれよな」
最後に、マッスルマンが蘭子に声をかけた。
彼はこの世界に生まれた蘭子の化身なのではないかと、密かに疑うほどにポジティブだった。
それに、そのポジティブさには説得力があった。
きっと、コツコツと積み上げてきたことがエナジーの源なのだろう。
「うん! わたしも楽しかった!」
蘭子にはそれがわかっていたのだろうか?
無邪気に笑う彼女の顔もまた、エナジーがみなぎっている。
あとでこのエナジーが解放されるのだろうが、蘭子のことだ。
きっと、誰も止められないだろう。
そして、それは多分、また新しい笑顔を咲かすための力になるはずだ。
「大丈夫! もう、君たちの"ここ"には、エナジーが宿ってる!」
マッスルマンもそう言っているから間違いない。
改めてお礼とお別れの挨拶を交わすと、助っ人の三人はそれぞれ顔を見合わせた。
それを合図にしたかのように、彼らは葵たちに背を向けて去っていく。
そして、この男も。
「さーてと……、俺も帰って寝るとするかな」
あくびをしながら、担任教師がダルそうに呟いた。
「いや、さっきまで寝てただろ!」
「……どれだけ寝れば気が済むんだ?」
さすがの異世界コンビも、珍しくツッコミ側にまわっている。
「なんか、せっかく先生ぽく見えたのに、やっぱ加賀見先生は加賀見先生なんですね」
「ふふ。失礼よ葵」
そこに、葵と静香が追い打ちをかけた。
少しは先生っぽい威厳を取り戻せたかと思っていたが、彼らから見れば、やっぱりやる気のない担任教師なのだろう。
だが、それが加賀見のスタイルだ。
彼にとっては、その方が都合も良い。
「おまえらなぁ……。ま、いいか。それじゃ、寄り道しないでまっすぐ帰れよ」
でも、なんだかんだで根は優しい教師なのだ。
そんな担任教師の背中を見ながら、四人は顔を見合わせてクスリと笑い合った。
「それじゃあ、俺たちも帰るか」
「あおい。お腹すいた」
「そうね。それじゃあ、いつものファミレスに寄っていきましょ」
「祝勝会ということだな。いいだろう」
早速、担任教師の言いつけを無視したいつもの四人に、いつもの空気が戻ってくる。
だが、その胸の内はいつもと違っていた。
それぞれの胸に秘めた想いは、大人たちがくれた"形の無いなにか"によって、確かに膨らんでいく。
それは、ワクワクして、スッキリして、気持ちがいいものだった。
きっと、彼らからの贈り物なのだろう。
六月の陽射が、もうすぐ夏がやってくることを教えてくれる。
激闘で消耗した体を癒すため、四人はいつものファミレスへと向か——。
「あおい。あれ、あぶさん……だよな?」
——おうとしたが、蘭子が公園の隅にしゃがみ込むあぶさんを見つけた。
「はぁ……」
蘭子の視線の先を見て、葵は呆れていた。
グッタリと芝生に手をつくその姿は——。
「ほんと、昨日どんだけ飲んだんだよ……」
この際、もう一つ胸に刻んでおこう。
……大人になったら、ああならないようにしよう。
四人は心の中で強く誓った。
酒飲んでも呑まれるな




