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気になる蘭子は止まらない  作者: きら
異世界からの留学生

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7/86

騎士<ナイト>の役目

 入学式から四日目。


 蘭子は今日も絶好調だった。

四時間目の体育が体力測定だったのだが、蘭子の運動神経はずば抜けており、それでいて疲れ知らずだった。

 各種目のクラス順位トップ5には、蘭子、ヒロシ、タカヤ、静香が順位は違えど必ずランクインしており、学年順位もこの四人が常にトップ10入りしているお陰で、1年C組はトップ成績を誇っている。

葵はというと、いつも真ん中、平凡、平均、中の中だった。

(なんであいつらあんなに元気なんだ?)

友人全員が好成績を収めている中、なんだか足を引っ張っているような気がするが、よく考えたら貢献も足手まといにもなっていない事に気が付いた。

ただ、疲労感だけは人一倍感じている自信があった。

何故なら、この四日間は蘭子の思い付きに全力で付き合っていたのだ。


 入学式の翌日のこと。


「あおい! 購買って何だ?」


 弁当を食べいてた葵を引きずってやってきた購買コーナーで、新入生には手に入れることが困難と言われた『伝説のクリームパン』をゲットした。

 上級生から『幸運の金髪美少女』と呼ばれる称号を手に入れた蘭子は、更にその翌日。


 「あおい! 図書室って何だ?」

 帰りのホームルームが終わって帰ろうとした葵を捕まえた。

「色んな本を借りる事ができる場所だ」

早く帰りたかった葵は簡単に説明してその場から立ち去ろうとする。

「何!? 学校には書庫があるのか!? わたしは本が大好きだ。連れて行ってくれ」

しかし、蘭子が目を輝かせながらせがむので、仕方なく付き合うことにした。


 図書室に着くと、本棚の端から端まで全ての本の背表紙を見て周り、最終的には歴史書の棚に突進していった。

そして、日本史の分厚い本を片手にソファ席へドカッと座り込み、最終下校時刻ギリギリまで読み耽っていた。

一国の姫だけあって、やっぱりこういう本に興味があるんだな。


 そんなこんなで、気になり出したら止まらない蘭子に付き合って、そこに新生活の疲れも加算され今日に至っている。

お陰様で、クタクタになった五時間目は眠気に耐えきれずウトウトしてしまい、現代文の授業内容が全く頭に入ってこなかった。

 そんな葵の様子を見た静香は、気を遣って蘭子に優しく微笑みながら言う。

「今日の葵は疲れてるみたいだから早く帰してあげてね」

「今日はわたしも早く帰るから問題ない! 帰ってやりたい事もあるしな!」

蘭子も体力測定で体を動かして満足しているらしく、帰る気満々な様子だ。


 こうして、四日目にして初めて蘭子の思い付きに巻き込まれない一日を終えた。


 

 学校から離れた町外れに、大きな洋館がある。

外観は2階建てのレンガ造りで、所々に藁が絡まっている古い洋館だ。

門から玄関までは石畳の小道があり、その脇に様々な種類のバラが咲いている。

夜になるとガス灯風の照明が灯り、ここが外国と一瞬錯覚してしまうほどのムードを感じる。


 蘭子とタカヤはこの洋館に下宿している。

玄関には赤い絨毯と大きな振り子時計があり、大きな廊下の先に広い食堂がある。

廊下の左右には客間やバスルーム、レクレーションルーム、居間など様々な部屋が並んでいて、まるで自分達が住んでいた城のような内装に、ここが下宿先である事をつい忘れてしまいそうになる。

 洋館のオーナーはおばあさんで、元喫茶店経営者だったことからお菓子作りが得意だった。

とても良い人なのだが、甘いもの好きの蘭子へ餌付するように毎日甘い物を与えすぎるので、タカヤはオーナーを叱ったことがある程だ。

 つまり、オーナーとは上手くいっていて、この生活には十分満足している。


 そんな下宿先の二階にタカヤの部屋がある。

簡素で整頓された部屋には、木でできたアンティークな机の上に油ランプが置かれ、夜風が入る窓の外には遠く街灯りが見える。

その街の方から車の通る音が微かに聞こえてくる。

 ランプの明かりに照らされた机の上では、タカヤが窓の外を無言で見つめながら、想いを巡らしていた。


 彼は今日の夕方、居間で蘭子からとある相談を受けていた。

 

————


夕食前の居間。


 格子状の窓から夕陽が差し込む中、タカヤは部屋の隅に置かれたロッキンチェアーへ腰掛けて読書をしていた。

部屋の真ん中には楕円形のテーブルと、ハート型の背もたれの椅子が六脚置かれている。

その一つに座っているのは、『日本の歴史』と言う本を読んでいる蘭子だ。

 お互い、本を読みながら会話をする。

「なぁ、タカヤ。……あおいと一緒にいると、すっごく楽しいんだが……」

「……だが?」

歯切れの悪い蘭子が気になり、本から蘭子へ視線を移して続きを話すよう促した。

「時々な、胸がモヤっとするっていうか……、締め付けられるというか……。これって、なんだろうな?」

蘭子は胸のあたりを押さえ、少し困ったように笑って言う。

「……」

タカヤは表情を動かさないが、心臓が一瞬だけ強く脈打っていた。

「タカヤには……、言っておいた方が良いかと思って。変なこと言ってごめん」

蘭子は気まずそうに言った。

「……そうか、わかった。だが、謝る必要はない」

困ったことがあれば頼りにしてもらえる。

蘭子はお人好しの葵という友人が出来てから、アイツになんでも教えてもらっていた。

だから、久しぶりに相談を受けてホッとした感覚と嬉しさを感じていた。


 だが、その内容はタカヤにとって聞き捨てならない相談だった。


————

 

 なぜ、蘭子がそんな苦しみを感じるのか。

夕食後に部屋へ戻って考えた結果、辿り着いた答えは1つだった。


(三崎葵が、何らかの術か力で蘭子に干渉している)


 タカヤは机に両肘を付き、頭を抱えて目を伏せた。

(ただのお人好しだと思っていた。俺達に甘い言葉をかけて油断させ、密かに俺達を排除しようとしているのか……?)

 いい奴だと、自分達の味方だと思っていた分、その怒りは一気に燃え上がった。

「……守るのは俺の役目だ。アイツが何をしたか知らないが、蘭子を苦しめるなら……始末する」

一人呟いて立ち上がり、少し冷たい春の夜風が入り込んできた窓を閉めた。

「これは……、蘭子のためだ」

そう言いながら、ふと幼い日の事を思い出した。

 

————


幼い頃のある日。


 陽の光が差し込む城の中庭で、二人は泥だらけの手を繋いで笑っていた。

「タカヤー! 次はあっちの木まで競走ね!」

蘭子は無邪気にはしゃいでいた。

「えっ、また!? さっきも勝ったの俺だぞ?」

タカヤは、もう何回目かわからない勝負に疲れを感じつつも、楽しそうな蘭子の笑顔をずっと見ていたくて競走に付き合う。

「だから今度は私が勝つのーっ!」

そう言って走り出した無限体力お化けの蘭子が、見たことないスピードでこの日の最終戦を勝利した。

 

 あの日々は、ただ楽しかった。

蘭子の笑顔は、風のように自由で、どこまでも無邪気だった。


 けれど……。

 

「タカヤは私の友達だもん。ずーっと友達!」


言葉にした自分の想いは、彼女に届かなかった。


————

 

 あの瞬間から、彼女との間に距離を感じるようになった。

それは、側にいるのに、手を伸ばしても届かない距離。

 

 それでも、あの時の笑顔は間違いなく自分だけのものだった。

しかし、今脳裏に浮かぶのは、学校で笑い合う蘭子と葵の姿。

 あの無防備な笑顔を見せる相手は自分だけだったはずなのに。


「この裏切りの代償は大きい。今の俺に引き出せないあの笑顔を、アイツは……」


 考えれば考えるほど怒りが増幅していく。

「……俺はまだまだ甘かった」

タカヤは少し唇を噛む。

自分の騎士(ナイト)としての役目を果たす為、彼の決意に迷いはなかった。

 

 

 翌日——。

 

 蘭子が学校を休んだ。

何故かよそよそしい態度のタカヤによると、「少し体調が悪そうだから念の為に休養する。心配はいらない」という事だった。

さすがの彼女も疲れが出たのだろう。

しかし、葵は蘭子と出会って一週間も経っていないのに、彼女が居ない一日に何か物足りなさを感じていた。

それに、よそよそしいタカヤだけではなく、今日は静香も真剣な表情を崩さず口数が少ない。

何かあったのだろうか?

 

 いつもと違う一日に疑問を抱きつつ、その問題の中心になっていることに気が付いていない葵の身に、その事件は起こった。


 掃除当番で遅くなった夕暮れの帰り道。

葵は一人、川沿いの堤防へと続く階段を上り、家路を急いでいた。

夕焼けに染まる堤防は遊歩道になっており、眼下に川が流れている。

太陽の光が反射した川面はキラキラと光っていて、この時間にしか見られない絶景が広がっていた。


 しかし、いつもは会社帰りのサラリーマンや犬の散歩をしたおばさんなど、夕方と言えど人通りが多いこの道に、何故か今日は周囲に人影がなく不自然なほどの静寂だった。

そして、葵の周りを取り巻くように微弱な風が吹き続いている。


「……なんか今日、やけに静かだな」


 葵は、足を止めてあたりを見渡した。

川と風の音だけがやけに響いているように感じる。

「……誰もいない?」

 

 その時、背筋に冷たいものが走り、風が止んだ。

葵が振り返ると、五十メートルほど先に誰かが立っている事に気がついた。

 逆光で顔は見えないが、制服姿の男子生徒だという事がわかる。

彼は、ゆっくりとこちらに歩を進めてくる。

少し近づいたところで、その姿が誰なのかわかった。


「……っ!? タカヤ……?」


 だが、足音が一切しない。

何か様子がおかしい。


 お互いの姿がハッキリと認識できる距離まで近づいた時、タカヤが思いもよらぬ行動に出た。

「……三崎葵。貴様を——甘く見ていた」

そう言いながら、腰の鞘から細身の剣を取り出して構えたのだ。


 夕陽に照らされて怪しく光る刃を見た葵は一歩後退る。

「……は? え? ちょ、何その物騒な! おい、待て冗談だろ!?」

目の前の光景が信じられず狼狽えた。


 そこへ、タカヤが風をまとって瞬時に距離を詰める。

「貴様が蘭子に与えた影響。俺には明白だ」

 葵に向けて鋭い突きを繰り出すも、間一髪で葵は身を引いて攻撃を交わす事ができた。

「っぶな! ……ちょ、マジで何の話だよ!? いきなり斬りかかってきて! まぐれで避けられたけど、避けてなければマジで死んでたぞ!」

 心臓がバクバクしている中、葵は必死にタカヤを止めようとするが、タカヤの目は鋭いままだ。

まるで、獲物を見つけた猛禽類のように、その目が冗談では無く本気である事を伝えている。

「気づかぬふりをしても無駄だ。貴様が蘭子の心を乱し、迷わせたのだろう。その揺らぎが、蘭子にどれほどの負荷を与えるか、貴様に分かるまい」

 しかし、葵にはタカヤの言っていることが全く理解できない。

「いやいやいやだから待てって! マジで意味わかんないって! 俺は蘭子に何もしていない!」

葵は必死に叫んでタカヤを説得しようとする。

「とぼけても無駄だ」

だが、タカヤはそう言って体勢を低くすると、今度は突風と共に斬りかかってきた。

(ヤバい……。今度こそ、俺、死ぬ……のか?)


 葵は諦めかけて目を瞑ったその瞬間。


ガキーン!


 目の前で金属のぶつかる音が響いた。


 恐る恐る目を開けると、そこには、葵とタカヤの間に割って入るように、静香が日本刀を構えて立っていた。

「えっ!? 静香? なんで? どういう事?」

葵はもはや、目の前の状況を理解する事が出来ない。


「……邪魔をするな。三原静香」

 タカヤは冷たく言い放つ。

「言ったはずよ。葵に手を出したら私が許さないって」

静香は刀を握り直し、タカヤの追撃に備えている。

そして、タカヤと対峙したまま背中越しに言う。

「黙っていてごめん葵……。これが本当の私。……ここは私が何とかするから下がってなさい」

 

 この言葉が戦いの合図になった。

「なら、力ずくで退いてもらう!」

タカヤが勢いよく静香に斬りかかる。

風が唸り、タカヤの剣が静香に向った。

しかし、静香は足を滑らせるように横に抜け、刀でタカヤの剣をはじき返す。

それでもタカヤは踏み込みを止めず、風の刃を伴った連撃を叩き込む。


「は、速ぇ……! 目で追えねぇ!」


 目の前で起こる信じられない出来事に、葵は呆気に取られていた。

刀と剣が連続でぶつかる衝撃音が川面に響き、今度は鍔迫り合いの形になる。

「……騎士(ナイト)様って言うのは、女子高生にまで容赦ないのね」

静香は皮肉を言いながらタカヤの剣を押し返す。

「戦場に性別も年齢も関係ない。それに、あんたは普通の高校生ではないのだろう!」

タカヤは鍔迫り合いから静香を弾き、続いて強烈な突きを繰り出す。

それを静香は間一髪でかわし、刀の峰で剣を押し上げた。


 二人の動きは対照的だった。

タカヤは嵐のように攻め立て、静香は流水のように受け流す。

攻防が十合を超えたあたりで互いに距離を取った。

「……なかなかやるな」

「そっちこそ、思っていたよりちょっとだけマシって感じね」

戦いながら、お互いの実力を測り合うように対峙する。


 周囲には相変わらず風が吹いていた。

不思議なことに、ここには三人以外の人間が誰一人居ないままだ。

 

 静香は刀を構えたまま続ける。

「……あんた、本当に人間なのかしら? 風を操る人間なんて聞いたことがないわ」

タカヤは鼻で笑って答える。

「さあ、どうだろうな」

その曖昧な返事を聞いた静香は、少し挑発気味に言う。

「答えないの? それとも、言えない理由があるの? 私が調べたところ、蘭子ちゃんとあんた。どこの国にもそんな名前の王族や貴族は居なかった。それじゃあ、あんた達はどこから来た誰なのかしら?」


 静香の言葉に、タカヤはもう隠しても意味がないと悟った。

「……ああ、そうだ。お前の勘は当たってる」

短く息を吐きながら、低い声で言った。

 タカヤは話をする為に剣の構えを解き、刃を地面に突いてまっすぐ静香を見据えた。

その瞳はまだ鋭いままだが、タカヤは自分達の事について語り出した。

「俺達は……、元々この世界の人間ではない。こちらの言葉で言えば、『異世界』から来た人間だ。そして俺はその世界の王族に仕える騎士。本当の名は『タカヤ・ルイン=リシェード』。任務は蘭子を守ること。それだけだ」

 静香は眉をひそめた。

「あんたの任務は護衛だけ? 本当に? 他に目的はないの?」

何も目的がないまま異世界から渡り来たとは信じられない静香は、もっとタカヤを探るべく問い詰める。

「そうだ。俺の剣も、この力も、すべては彼女を守るためにある」

タカヤは堂々と答えた。

その目は嘘をついているようには見えない。

「……じゃあ、葵を襲ったのは守るためだとでも?」

静香の目つきが鋭くなり、刀を握る手に力が入った。

タカヤは声を荒げながら答える。

「そうだ! 三崎葵は、蘭子の心を乱している! 笑っているのに……。胸を締め付けられるような感覚があると、蘭子がそう言っていた! 彼女を苦しめる何かを、三崎葵が仕掛けたに違いない!」

再び剣を構え直し、葵を襲った理由を語った。

タカヤは今にも飛びかかってきそうな程に熱くなっている。


「はぁ……」

 しかし、今度は静香が刀を下げて大きなため息をついた。

「本当に呆れた……。あんた、自分の事ばかりで蘭子ちゃんの気持ちを全然見ていないじゃない。だから簡単に勘違いするのよ。……馬鹿みたい!」

とんだ勘違いをしているタカヤの心情を読み取った静香は、タカヤを軽蔑するような目で見つめた。

「……口を慎め!」

一方のタカヤは、頬を引きつらせながら周囲に再び風を起こしている。

が、その風は荒っぽく、抑えきれない怒りの感情が現れていた。

 

 だが、怒っているのは静香も同様だった。

このタカヤの行動は、葵だけではなく蘭子も傷つける。そしてタカヤ自身も傷つくことになる。

この戦いの後に待っているのは不幸しかない。

だからどうしても許せないのだ。

「図星だから怒るんでしょ? 感情に流されてばかりで、これじゃあいつまで経っても蘭子ちゃんを守れないわよ!」

理解しようとしないタカヤに対して、静香もつい感情的な言い方になってしまう。


 その時、風が唸った。


 それが合図になったかのように2人は刃を構え直した。


 お互いが再び踏み込もうとしたその瞬間。


 「やめろッ!」


 二人の間に割って入ったのは、肩で息をしながら、両手を広げて二人の視線を受け止める葵だった。

葵は息を荒げながら言う。

「もうやめろ! 大体の事情はわかった。……これ以上やったら、本当に取り返しがつかなくなるぞ!」 

 静香は、葵の思いもよらない行動に驚いた。

「……葵」

刀先がわずかに震え、ゆっくりと下がる。


 一方のタカヤは、剣を握り締めたまま葵を睨みつける。

「……何のつもりだ。俺の目的はお前だ。自ら俺の攻撃範囲に入ってくるなど……」

それでも、葵は臆さない。

「お前が俺の事をどう思うかは勝手だ。でも俺は……、あんな事をされた後でも、今でもお前の事を友達だと思っている。だから言わしてもらう。蘭子の為だって言いながら、これ以上人を傷つけるのは違うだろ? 蘭子はそんなこと、望まないんじゃないか?」

 タカヤの眉がわずかに動き、風の渦が徐々に静まっていく。

本心では葵を敵だと決めつけきれない。

そんな迷いが、剣を止めさせていた。

 

 タカヤは長い沈黙の末、静かに剣を納める。

「……今回は引く」

そう言って背を向けて立ち去ろうとする。

しかしその姿を、葵が呼び止めた。

「待ってくれ!」

 タカヤは驚いたように無言で立ち止まった。

背を向けているが、タカヤが話の続きを聞こうとしている事はわかった。

「もし……、お前が俺の事、まだ友達だと思っているなら、お前の話……聞かせてくれないか? 聞きたいことが沢山ある。あの風のこととか……。あんな話を聞いて、そのまま行かせるわけにはいかないだろ」

背中で聞いているタカヤの表情は見えない。

やはり失望し怒っているのだろうか?


 少しの間を空け、その答えが示された。


「はぁ……」

 後ろで見ていても分かるほどに大きなため息をついていた。

「三崎葵……。お前はどこまでお人好しなんだ? その優しさが、いつか身を滅ぼすことになるかもしれないと思わないのか?」

 タカヤは再び振り返り、葵と向き合った。

葵はタカヤの言葉に答える。

「そうかもしれないな。でも、今日分かった。『お前達が居る』。それ以外に理由はあるか?」

葵の返事は、タカヤにとって滅茶苦茶な理由だった。

思わず言葉を失ってしまう。

「フッ……ハハ、ハハハハ!」

そして、何故かはわからないが、笑いが込み上げてきた。


 結局、間違っていたのは自分だった。

こっちの世界に来てからずっとこうだ。

でも、それを認め、正してくれる"友"と呼べる存在に出会った。

本気で殺そうとしたのに、それでも信じてくれる友だった。

自分の事よりも相手の気持ちに寄り添ってくれる友だった。


(三崎葵……。お前は強いな)


"本当の強さ"とは何か?

蘭子の騎士(ナイト)としてどうあるべきか、少し分かった気がする。


 その姿を見た静香は、ようやく刀を鞘に納め、あおいの肩を軽く叩く。

「なんて無茶をするのよ。あんたは」

呆れた表情で叱るが、葵は笑っていた。

 続けてタカヤに向かって問う。

「私も興味があるわ。その風の力、どういう原理なのかしら?」


 タカヤは、普段のクールな表情に戻っていた。

「今、人払いの結界を解いた。()()は、風を操ることができる種族だ。この結界も風を利用している」

 周囲にはいつの間にか人の気配が近づいていた。

「『俺達』ってことは蘭子も使えるのか?」

タカヤの言い方に疑問を持った葵が尋ねる。

「蘭子は少ししか操作できない。風を操る術には個人差がある」

風を操る種族といえど、誰でも自在に操れるものではないらしい。

「もしかして……、入学式の日に吹き飛ばされた時のあれは」

葵は初めて蘭子と会った時のことを思い出し、あの時に感じた風の正体を確かめる。

「蘭子の風の力だ。もっとも、お前が吹き飛ばされた直後に守ったのは俺の力だったが」

その答え合わせのようにタカヤが答えた。

「こっちの世界で言う"魔術"とか"妖術"みたいな物ね。私は妖術の風使いと戦ったことがあるけれど、それに比べるとあんたの術は恐れるほどではなかったわよ。本気じゃなかったってわけ?」

 『本物の危険』と対峙してきた彼女は、自身の経験を元にタカヤへ問いかけた。

「元の世界ではもっと強力な操作ができた。しかし、この世界で色々試してみたが、結界を張ったり、自身の補助として使うところまでしか出来ない。恐らく元の世界とは気流や空気の流れみたいなものが違うのだろう」

どうやら、『異世界』という環境の違いが、本来のタカヤの力を封じていたらしい。

「なるほどな。で、なんでこの世界に来たんだ? 見た感じ、世界征服を企んでるようには見えないけど」

風の力について大体の理解が出来たところで、葵は次の疑問へ話題を変えた。

「俺の世界では異世界交流を盛んに行なっている。十六歳になると、異世界の文化などを学ぶ為に希望する異世界へと留学する制度がある」

 少し意外な理由に、葵と静香は顔を見合わせた。

情報を整理するように静香が確認する。

「『希望する』ってことは、複数の異世界があると言うことね」

今まで考えたことも無い、にわかには信じがたい話だが、二人は理解しようと真剣だ。

「そうだ。観測されている異世界は三十程ある。そのほとんどの異世界とは交流が進んでいる」

タカヤは、まるで漫画や映画みたいな話を当たり前のように続けた。

こっちの世界にはない常識を、必死で頭の中で整理しながら葵は質問を続ける。

「じゃあ、何でこの世界を選んだんだ?」

 三十もある異世界から、蘭子とタカヤはわざわざこの世界を選んだ。

だが、『異世界交流が盛ん』だと言うが、こっちの世界ではそんな話は聞いたこともない。

そもそも、『異世界』という存在そのものが、この世界では都市伝説として語られるだけだ。

実際には存在しない空想上の話になっている。

 この矛盾した状況で、この世界にやってきた理由を葵は知りたかった。

「蘭子の希望だ。お前達には言いづらいが、この世界は観測された異世界の中で()()()()()()()だ。異世界の存在を認めず、交流も積極的ではない。当然、留学希望者もゼロに等しい。だから身分を隠して留学する必要があった」

 タカヤはこっちの世界のこともある程度理解できている。

恐らく、あっちの世界では異世界の研究が進んでいるのだろう。

「存在や交流も認められてないなら、こそこそする必要ないんじゃないか? 異世界から来たなんて、どうせ信じる人なんかいないだろ?」

 学校で蘭子が厨二病扱いされているように、この世界の人々は目の前の信じ難い出来事には適当な理由をつけて納得してしまう。

そんな現実を見てきた葵が指摘する。

「三崎葵。疑わずあっさり受け入れたお前が言うことか? 実際のところ、この世界でも俺の世界は観測できている。それを公にしていないだけだ。多分、一部の上位の人間はこの交流があることを知っている。身分を隠すように指示したのはこっちの人間だ。公にしたくない理由があるのだろう」

 タカヤは、自身の事を棚に上げる葵を指摘をしながら自分の知っている事だけを教えた。

それに答えたのは静香だった。

「そうね。公にしたくない事実なんて山ほどあるわよこの世界」

何か思い出したく無いことを思い出したかのように、そっぽを向きながら同調する。

 静香のその言葉に、タカヤは少し困ったように言う。

「だから異質なんだ。それでも、蘭子はこの世界を選んだ。その理由がわかるか?」

タカヤは葵に視線を向ける。

「異質だったからじゃないのか? あいつは気になったら知るまで気が済まないだろ?」

葵は蘭子らしい理由をつけて答えた。

「それもある。だが、もう一つ理由がある」

タカヤは少し言いづらそうに、少し間を空けて続けた。

「……俺達の世界は、世界中、何処に居ても常に争いをしていて安全な場所がない。国同士や内乱が絶えず、いつどこで身に危険が及ぶかわからない状態だった。他の異世界も同様だ。だが、この世界は他の異世界と比べて極端に争いが少ない」


 タカヤの言う理由は、いまいち納得が出来なかった。

「そうか? こっちの世界も割と争いだらけだぞ? 今だって戦争してる国があるし、俺たちの身の回りだって大なり小なり、なんかしら揉める事はあるぞ? 今だってお前と一悶着あったばかりだろ?」

「葵と同意見ね。私もこの世界の争いのひとつに携わる当事者よ?」

この世界で起きている現実を教える葵に、静香も続いた。

「……わかっている。だが、それでも少ない。この世界には『安全な場所』が存在している。そして、『平和』と言う言葉がある。しかし、俺たちの世界ではそれを知らない。だから蘭子はこの世界を選んだ」

葵を襲撃したことを持ち出され、ばつが悪そうにタカヤは答えた。


 二人はタカヤがいた世界を想像することが出来ないが、蘭子がこの世界を選んだ理由については少しだけ理解できた。

「それは、『争いが少ない理由を研究する為』ということかしら?」

静香が今までの会話から、蘭子がこの世界を留学先に選んだ理由を一言にまとめる。

「そうだ。蘭子は争いが嫌いだ。だから自分が国を納める立場になったとき、どうやって争いを納めるかずっと考えている」

二人が知らない蘭子の悩みを聞かされ、葵はハッとした。


(入学式の日に、『みんなを笑顔にする』と言っていたのはそういうことだったのか……)


 ならば、さっきまでの出来事を知れば、蘭子にとって、とても辛く悲しく苦しい事だろう。

「蘭子には今日の事、どう説明するんだ?」

葵はタカヤがどうするのか確かめたかった。

「知れば……、蘭子は怒って悲しむだろうな。だが、隠しても意味がないことはわかる。このことは包み隠さずに全て話すつもりだ」

 もう、起きてしまったことだ。

それも、タカヤの勘違いから始まった事だった。

タカヤなりに責任を感じているのだろう。

 事が事だけに、蘭子がタカヤにどんな処分を下すのかはわからないが、友達としてできる事はしてあげたい。

「……わかった。それじゃあ、蘭子に伝えておいてほしい。『この喧嘩の末、俺はタカヤを笑わせたぞ』ってな。あいつ、お前は笑わないみたいなこと言ってたからな」

「フフ。何それ。まるで罰ゲームみたいじゃない」

葵の可笑しな伝言を聞いて笑った静香は、葵の企みを察して冗談を交えて乗っかった。

「こっちは殺されかけたんだ。それくらいいいだろ?」

 葵は笑い話として、今日の出来事を水に流すことにしたらしい。

「お前は……、本当に面白いヤツだな」

葵の優しさを汲み取ったタカヤは、少し微笑みながそう言った。


 「なぁ……。タカヤ?」


 そして、もう一つ。


 葵はタカヤに確かめたいことがあった。

「……なんだ?」

タカヤは、今なら何でも答えてやると言わんばかりの表情をしている。


「お前……。蘭子のこと好きなのか?」


 タカヤの蘭子への気持ちだった。

あまりにも直球すぎる質問に、一瞬時が止まった。

自転車に乗ったおじさんがベルを鳴らしてフラフラと横を通り過ぎていく。

「プッ……! フフフ」

 やがて、静香は口に手を当てながら吹き出した。

言われたタカヤは分かりやすく動揺している。

「なっ! ……なんて事を聞くんだお前は! お、俺は蘭子の許嫁だ。悪いか?」

 顔を赤くしながら、拗ねたような表情でそっぽを向いて答えた。

 もうひとつ判明した衝撃の事実。

タカヤは蘭子の幼馴染であり、騎士(ナイト)であり、許嫁だった。

そんなのありか?


 異世界コンビの関係を理解した葵はニヤリと笑う。

「なるほどな。いや、悪くない。お前の事、色々よくわかった。俺たち、今日の事をきっかけに、もっと仲良くなれると思うぜ。明日からまた楽しくやろう!」

葵なりに、タカヤのことをしっかり理解できたと確信した。

「お、お前は蘭子のこと、どう思っている?」

あのクールなタカヤが、この世界の男子高校生と変わらない表情で葵に問いかける。

「安心しろよ。俺はただの友達だ。今日の話を聞いて蘭子が俺に好意があることはわかった。だけど、本当の気持ちまでは俺はわからない。まだ出会ったばかりで住む世界も違う。けど、明日からもいつも通りさ。」

ブレない葵の言葉に、タカヤはホッとしていた。

「蘭子ちゃんの心のケアは私が協力するわ」

その2人の様子を見て、静香が蘭子のアフターケアを買って出てくれた。

女子同士の方が話しやすい事もあるだろう。

静香の面倒見の良いところは本当に頼りになる。


「……色々すまなかった。お前たちのこと、また誤解してしまった。……これからは頼りにさせてもらう」

一度刃を交わした相手は、どちらかが倒れるまで敵だった自分の世界と違い、この世界では過ちを許し、信じて懇親的に協力してくれると言ってくれる。

(蘭子。おまえが選んだこの世界なら、本当に争いを止める方法を探し出せるかもしれない)

意図した結果とは違ったが、タカヤが起こした行動には間違いなく意味があった。


 それと、タカヤは自分と互角に戦った目の前の女子高生について聞かずにはいられなかった。


「俺からも最後に1つ聞かせてくれ。三原静香……。お前は、本当は何者なんだ?」

「あんたのこと教えてもらったお礼に答えるわ。私は、この世界の汚い所で世界を守るただの人間よ」

 「フッ……、妙な女だ」

そう言いながら振り返り、タカヤは薄暗い堤防の先へ消えていった。

 

 この場で交わされた言葉が、明日からの関係を変えていくことは三人とも理解していた。

タカヤが去り、夕暮れの冷えた風が二人の間を通り抜ける。


 「……本当はあんな姿、あんたに見せたくなかった」

 静香は、葵の横顔を見つめて俯く。

「……本当に驚いたよ。裏でヤバイ仕事してるって噂、本当だったんだな 」

前に、ヒロシから静香がヤバイ仕事をしているという噂を聞いたことがあった。

でも、ヒロシの話だからどうせガセネタだろうと信じてはいなかった。

「隠していてごめんなさい。でも、秘密にしていなければいけなかったのよ」

申し訳なさそうに、そして辛そうな表情で静香は謝った。

 葵はそんな静香の様子を見て、一人で悩み戦い続けてきた幼馴染へ労いの言葉をかける。

「わかってる。俺も気がついた。誰もが何かを背負って生きているんだなってこと。静香だってそうだ。ずっと、俺を陰から守ってくれていたんだろ? そこに裏だとか関係ない。ありがとう。」

 静香は驚いたように顔をあげた。

「……あんたって、本当に……」

言いかけた目は潤んでいる。

葵は微笑みながら続ける。

「俺はお前のこと信じてる。何も変わらないよ」

葵らしい真っ直ぐで優しい言葉をかけられ、静香の頬がわずかに赤く染まる。

(だから……、私はあんたのこと、ずっと……)


 静香がずっと心に秘めてきた想いは、今はまだ言うべきでないと、そっと心の中でつぶやいた。

そんな静香の想いなど知らない葵は、空を見上げる。

(この世界には、俺の知らなかった景色がこんなにあるんだ。異世界だとか、裏社会だとか、そんな非日常が、もう遠い話じゃない。こんなに身近に広がっている)

葵が今まで過ごしてきた日常は、自分が見て感じている範囲でしかなかったんだと気づく。

(いや、見ようとしてなかっただけだ。きっと心のどこかでそんな世界があることを理解していたのかもしれない)


 いつの間にか陽が沈んだ空には月が出ていた。

川面に映る月は、静かに二人を照らしていた。

本当はラブコメやりたいんです。ギャグを沢山やりたいんです。

でも、例の2人がそうさせてくれません。

しょうがないので逸そ好き放題やらしてみようと思ってやらしてみたんですが、とんでもないいことになってしまいました。

そして一気にこのエピソードを書きたかったので他のエピソードと比べてめっちゃ長文になっちゃいました。

これで心置きなく次回から日常ギャグパートに入れそうです。

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