入学式って何だ? ③
教室へ向かう廊下。
緊張感から解放された新入生一同は、ざわざわと世間話に花を咲かせながら教室に向かっていた。
時より、蘭子のステージ乗っ取り事件の話題も聞こえてくるが、静香が言っていた通り『ちょっと痛い厨二病の女の子』と思われているようだ。
それはそうだろう。
突然どこかのお姫様が一般の高校に入学してくるなんて現実的ではない。
どうも人間という生き物は、目の前で起きた非現実的な出来事を自分達が納得できる理由をみつけて都合よく解釈してしまうらしい。
だが、葵は蘭子がお姫様だったことを自然と受け入れることが出来た。
隣を歩いているタカヤのことも、蘭子の騎士であることに驚きはしたが、本物だと信じている。
(俺って……、感覚ズレてるのかな?)
少しだけ不安になったが、そんな葵の表情を見てタカヤが話しかけてきた。
「……三崎葵。さっきは蘭子の非礼について共に叱ってくれた事、礼を言う。そして、甘やかしたなどと誤解をしてしまい悪かった」
目線は逸らしたままだが話を続ける。
「お前の事、俺たちのことを理解出来ない奴だと思っていたが、それは違ったようだ。お前は何一つ疑わず、嫌な顔をせずに俺たちを受け入れてくれた。感謝する」
タカヤの言葉に、不安に思っていた自分を恥じる。
自分以上に、彼らは不安を感じていたのではないか?
これから、自分たちの文化や常識が通用しない遠い国で過ごすのだ。
そんな場所で、自分達のことを認めてくれる人が一人居るだけでも、気持ちは楽になるだろう。
実際に今、タカヤから言われたのは感謝の言葉だ。
だから、多分、間違っていないのだろう。
「なんか、事情はよくわかんないけどさ、さっき言った通り、お前も俺と同じ1年C組のクラスメイト——っていうか、もう友達だと俺は思ってる。蘭子の騎士だとしても、友達は友達だ。これからはお前だけじゃなくて、俺も静香と一緒に蘭子を見守るからさ、なんて言うか……もっと肩の力抜けよ」
これは葵の本心だ。
「……」
タカヤを安心させようと笑いかけたが、タカヤは返事を返さない。
でも、葵は見ていた。
彼の真面目な表情が、一瞬だけ緩んだ所を。
蘭子と静香は、葵とタカヤから五メートルほど離れた後ろを歩いていた。
「しずか! あおいが『厨二病』の事はしずかに聞けって言ってたぞ。一体何の病だ?」
蘭子は頭に『?』を三つ並べながら、右手の人差し指を顎に当てて首を傾げている。
「想像力豊かで個性があるって事の例えよ。本当の病ではないわ」
静香は前を歩く葵をチラリと見て、蘭子が傷つかないよう言葉を選んで返答した。
蘭子はそれを褒め言葉と受け取ったらしい。
「なんだ! そうだったのか! てっきり私の身に何か起こるのかと身構えてしまったぞ!」
嬉しいらしく、腰に手を当てうんうんと頷いている。
続いて、静香の視線につられて前を歩く二人を見た。
「タカヤのやつ、あおいに余計なこと吹き込んでいなければいいが……」
少し拗ねたように心配している。
「大丈夫よ。葵は蘭子ちゃんの事、ちゃんとわかってるわ。今頃、きっとタカヤとも友達になっているんじゃないかしら?」
(葵、蘭子ちゃんと出会って少し変わったようね)
葵は今まで積極的に友達を作る人ではなかった。
ただ、とても友達思いだが、困っている人は放っておけないお人好しではあった。
蘭子との出会いをきっかけにして、少し積極的になった幼馴染の成長に、静香は嬉しさを感じていた。
「むぅー。わたしが最初に友達になったのに! タカヤのやつ、さっきまで怒ってたくせに!」
隣ではおもちゃを取られて怒る子供のように、蘭子はプンプンしている。
喜怒哀楽がコロコロと変わる蘭子の様子に、静香は笑みを浮かべながら思う。
(やっぱり、面白い子ね)
静香もまた、密かに新しい友人との出会いを喜んでいた。
——1年C組。
誰かが教室の窓を開けたようで、中途半端に束ねられたカーテンが風に吹かれてなびいている。
既にほとんどのクラスメイトが戻ってきており、ヒロシも葵たちより先に教室へ戻っていた。
教室のあちこちでは、少人数グループが集まって会話をしている。
そのグループの一つ、教壇付近ではヒロシが周囲のクラスメイトに蘭子のステージ乗っ取り事件を興奮冷めやらぬ様子で話していた。
「やっぱ蘭子ちゃんは天才だって! 俺、これからの1年C組、すげー楽しみ!」
周囲のクラスメイトも話題に乗っかる。
「おかげさまで退屈な入学式がおもしろく感じたぜ」
「いい思い出になりそうだ」
あの事件は、意外にもポジティブに捉えられているようだ。
葵はそのグループに混じり、少し調子に乗り始めたヒロシへ釘を刺しておく。
「お前、ほどほどにしとけよ。蘭子だってその件は一応反省してたからな。あんまり悪ノリするなよ」
ヒロシが葵に向かって何か言いかけた時、蘭子が教室に戻ってきた。
そこでヒロシは葵との会話を中断し、蘭子へと声をかけた。
「蘭子ちゃん蘭子ちゃん! さっきの『一国の姫』ってどういう意味? もしかして、マジもんのお姫様なの?」
『そんなわけないだろ』という呆れた雰囲気を出している周りのクラスメイトとは裏腹に、ヒロシは結構本気だった。
あいつ、意外とアホだからこういうの単純に信じちゃうタイプなんだろうな。
実際マジもんのお姫様なんだけど。
その蘭子はというと、黒板の右端、日直の名前を書く場所の前で腰に手を当てながら仁王立ちをした。
そして、大きな声でクラス中に堂々と宣言する。
「ワッハッハ! 諸君! 聞いて驚け! わたしは——厨二病なのだ!」
一瞬の静寂の中で、蘭子はクラスメイトたち全員の視線を集めた。
「ほらな……」「やっぱりね」「でしょうね」
そして、呆れるような声がひそひそとクラス中から聞こえ、蘭子から視線を外して再びグループ同士の雑談に戻っていく。
蘭子的には重大発表だったのだが、クラスメイト達の反応は薄い。
「な……、ななな何で無視するのだ!」
状況が理解できていない蘭子は、一人プンスカと怒っていた。
そこへ、後からやってきた静香が蘭子の肩にポンと手を置いた。
「安心しなさい蘭子ちゃん。このクラスはまだ貴方のレベルに追いついていないだけ。蘭子ちゃんは蘭子ちゃんらしく、そのままでいいわ」
そう言って蘭子を励ましている。
なんか、静香はこの状況を楽しんでない?
こうして、蘭子は正式に本人公認の厨二病認定となった。
一方、ヒロシは何故か浮かない顔をしていた。
勘違いでそういう表情をすることが多いので心配はしていないが、葵はとりあえず声をかけてみる。
「ん? どうしたヒロシ?」
「やっぱりさ、さっきの蘭子ちゃん具合悪かったんだな」
予想通り、何か勘違いをしているらしいヒロシは不安そうに続ける。
「なぁ、葵……。"厨二病"って何だ?」
ヒロシ……!?
お 前 も か !
結局、厨二病については周りのクラスメイトがヒロシに教えた。
それを聞いたヒロシは本当の病気ではないことを知り、本気で安堵している。
本当に知らなかったのかよ……。
葵はグループの輪から外れると(ちょっとヤンチャそうなクラスメイトばかりで苦手な雰囲気だった) 自分の席に戻った。
すると座るや否や、先に座っていた蘭子が後ろからツンツンしてきた。
「あおい。おまえはタカヤとも友達になったのか?」
葵は逆向きに座り直し、隠す必要もないので正直に答えた。
「そうだ。お前のナイト様なんだってな。あいつ大変そうだから、今日から俺も蘭子の教育を手伝うことにした。厳しくいくぞ。覚悟しとけ」
葵はニヤリと笑ってわざと意地悪く言う。
「うぅ……。あんなの二人もいたら身が持たん! 頼むからあおいはあおいのままで居てくれ!」
なんか涙目で本気になって抗議してきたぞ。
なんだか時々冗談が通じないよな。
「冗談だ。そして"あんなの"とか言うなよ。あいつ、お前のこと本当に心配してたぞ」
タカヤの方をチラリと見ながら、葵は彼の思いを代わりに告げた。
「それはわかっている。いろいろと迷惑かけてる自覚くらいはある」
少ししょんぼりしながら蘭子が返す。
「自覚あるのかよ……。まぁ、そんな心配するなって。俺は友達には平等だ。タカヤにも同じように接するし、間違っているならちゃんと注意はする。これは俺の信条だ」
せっかくなので葵は自分の事もちゃんと伝えておくことにした。
蘭子はホッとしたようですぐに笑顔が戻ってきた。
そんな束の間の笑顔が、すぐに真剣な顔になった。
なにか他にも伝えたいことがあるようだ。
「あおい、入学式をやって、ひとつわかった事がある」
「何だ?」
あまりに真剣なので葵は茶化さずに話を聞くことにした。
「わたしのおかげで、"笑顔"になった人がいる」
「苦笑だったと思うが?」
茶化してしまった。
葵の決心はたった一秒で崩れ去った。
弱い決心である。
しかし、蘭子は気にせず続ける。
「些細な違いだ。実際笑っていただろ? わたしは、みんなを"笑顔"にしたい。その方法をこの世界で学びたいんだ。入学式というのは、何か目標を誓う大事な儀式だったのだな」
驚いた。
彼女は彼女なりに"入学式とは何か?"真剣に自分で考えて答えを求めていたようだ。
そして、蘭子らしいその答えに辿り着いた。
それだけはない。
蘭子の眩しいくらい前向きな気持ちに、葵は心を動かされたような気がした。
何でもない日常が楽しいと言いながら、今まで大した目標もなく怠惰な日々を過ごしてきた。
そんな日常に一体何が残るのだろう。
入学式なんか退屈だと、時間が過ぎるのをただ待っていた自分と比べ、蘭子はその間も己のやりたい事、やるべき事をしっかり考えていた。
(大したお姫様だよ。そして、ありがとう蘭子。おかげさまで俺、気がついたよ)
「良い目標だ。お前なら出来る。そうだな……、それじゃあ俺も手伝わせてくれ。みんなを"笑顔"にする方法を一緒に探そう。タカヤと一緒に笑顔で帰れるようにな」
蘭子の作る世界を見てみたいと本気で思った葵は、敬意を込めて、微笑みながら蘭子の誓いに賛同した。
人生で初めて、本気でやってみたい事を見つけた気がする。
「ほんとか! あおいも手伝ってくれるか! 絶対だぞ!」
蘭子は机に身を乗り出しながら、心から嬉しそうにしている。
「でもあおい。タカヤを笑わすのは難しいぞ」
そして、自分が連れてきたシャイな騎士様をジト目で眺めながら、少し難しい課題に触れた。
「だろうな」
だが、葵はタカヤが一瞬見せた微笑みを思い出していた。
もしかしたらそんなに難しくないかもしれない。蘭子に笑顔を返しながら、そんな風に思っていた。
蘭子の隣では、静香が頬杖をついて微笑みながらこっちを見ている。
「しずかも一緒にやろっ?」
その視線に気がついた蘭子は、静香も蘭子王国の野望へと誘った。
「ええ。もちろんよ」
二つ返事で返ってきた静香の回答を聞いて、二人は思わず顔を見合わせ、ハイタッチをした。
よし。心強い味方が増えたぞ。
窓側の席では、タカヤがクラスメイトの女子数人に囲まれながら質問攻めにあっていた。
こちらを気にしている素振りを見せるが、周りの女子たちがそうさせてくれない。
やはり女子たちは厨二病留学生よりも、イケメンミステリアス留学生に興味津々らしい。
タカヤはめんどくさそうに受け答えしているが、入学式前より表情は柔らかくなった気がする。
(ふふ。気配、馴染んでるじゃない)
その様子に気がついた静香も、入学式前に発していたギラギラな気配が、他のクラスメイトと変わらない自然な気配に変化したことを感じて安堵していた。
高校生活の初日。
思いもよらない出会いをしたことで、新しい自分を見つけ、小さな夢ができた。
これから始まる新しい日常は、胸が躍るほどワクワクする日常になりそうだ。
尚、この後のホームルームで、蘭子は担任の加賀見から呼び出されていた。
タカヤに引きずられながら涙目で職員室に消えて行く姿は、お姫様とは程遠い、みんなと何も変わらない高校生だった。
この後、ちゃんと謝罪ができるのが蘭子ちゃんです。




