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気になる蘭子は止まらない  作者: きら
異世界からの留学生

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入学式って何だ? ②

——体育館。


 体育館後方の扉を通った瞬間、むわっとした空気が顔にぶつかった。

中はすでに人であふれていた。

真新しい制服に身を包んだ一年生たちが、ざわざわと不安と期待を混ぜた声を交わしている。


 ステージ上には『祝 入学式』と書かれたステージ看板が吊るされ、その下に国旗と校旗が、体育館の壁には赤と白の幕が壁全体にぐるりと飾られていた。

フロアにはパイプ椅子の列が規則正しく覆っているが、その少し無機質な感じを打ち消すように、体育館特有のワックスと木材の匂い、そしてわずかに花の香りが漂っていた。

おそらく、ステージ周辺に置かれた鉢植えからだろう。

そして、あちこちから緊張した笑い声や椅子を引く音が聞こえてくる。


 入口に貼られた席次表には、ステージを正面にして左奥ブロックにA組、中央ブロックにB組、C組は右奥のブロックに記載されていた。

C組はちょっと斜めからステージを見る位置だ。

一年は六クラスあり、D組、E組、F組はそれぞれA組からC組の後ろに並び、各ブロックは横に六人、縦に五人の並びで座席が配置されていた。

 体育館の左側には来賓席、右側には教師、後方は保護者という並びだ。


 入学式の座席は出席番号順になっていて、葵は出席番号29番なので最後列の右から二番目。

右隣の30番は静香の席で、葵の右斜め前、つまり静香の前には24番の蘭子が座った。


 すると、蘭子は座った瞬間、くるっと左回りに後ろを振り向いて笑顔で話しかけてきた。

「この席なかなか見晴らしがいいな! あおい、ちゃんと見えるか?」

「そうか? まぁ……見えるけど、後ろ向くなって」

 周囲のクラスメイトが真面目に前を向いて座っている中、蘭子だけ浮いてしまっているように見えた葵は少し焦る。

しかし、周囲はまだざわざわしていて、生徒だけでなく来賓や保護者の声も体育館全体に飛び交っており、とりあえずまだ雑談していても大丈夫そうだ。


 そこへ静香がやってきた。

「あら、楽しそうな席ね」

そう言って蘭子を見ながら席に座る。

えーっと……それはどういう意味ですかね、静香さん?


 葵が周りを見渡すと、三列目の左から二番目に、運動部っぽい仲間達とわちゃわちゃしながらやってきたヒロシが座った。

その右隣にはいつの間にかタカヤが座っている。

やがて、体育館のざわめきが少しずつ小さくなり、司会を担当する教師の挨拶で入学式が始まった。


 再び振り返ってきた蘭子が瞳を星みたいにキラキラさせながら、流石に空気を読んで小声で話しかけてくる。

「あおい! わくわくするな入学式! どうすればいいんだ?」

「わかったから前向けって! とにかく。静かに座って話を聞くだけだ。寝たら負けだぞ」

葵は少し慌てて同じくらいの小声で返した。

「なるほど……。勉学に励む時の睡魔に抗う鍛錬ということだな」

(いや、ちがうけど……)

なんか違う方向で納得してるけど、まぁいいか……。

そのやりとりを見ていた静香は隣でくすりと笑っている。

 

 国旗を見ながら聞き慣れた国歌を歌い、校旗を見ながら初めて聞く校歌を黙って聞く妙な時間で「一同、起立」「一同、着席」の号令が掛けられた。

 その度に「わっ……!」「わわっ!」と慌てて反応する蘭子の姿を見て、葵は思わず静香と顔を見合わせて笑ってしまった。

それは小動物的な可愛さすら感じるほどだ。

 「彼女、面白い子ね。私も仲良くなりたいわ。後で紹介してちょうだい」

 校歌が流れる中、静香は葵の耳元でヒソヒソと囁いてきた。

同じように、葵も静香の耳元で囁く。

「自分で話しかけてみろよ。あいつ、友達欲しいって言ってたから飛んで喜ぶぞ。さっきスキップしてたし」

「葵がそう言うなら、声かけてみようかしら」

 静香は再びくすりと笑い、蘭子を見ながら楽しそうにヒソヒソ話を続けた。

(こんな静香、珍しいな)

 普段はクールで自分からグイグイ行くタイプでない静香だが、蘭子は彼女までも不思議な魅力で虜にしてしまったようだ。

やっぱりお姫様のカリスマを持っているのだろう。

(きっと、彼女は俺以外にも沢山の友達が出来る。学校に通うのが初めてと言っていたが、案外心配いらないかもしれない)

ふと、友人達に崇められながら腰に手を当てて「ワッハッハ!」と笑う蘭子ワールドを想像してしまった葵は、フルフルと首を振って入学式へ意識を戻した。

ちょうど校歌斉唱が終わるところだ。


 さて、ここからが地獄タイム。

みんなが嫌いな『校長先生のお話』だ。

さっき蘭子が鍛錬と言っていたが、この時間だけはある意味そうかもしれない。


 校長の話は定型文のような言葉ばかりで、抑揚の無い話し方と、あまりの内容の薄さに開始早々から睡魔が襲ってきた。

葵が閉じそうになる瞼を必死に我慢していると、また蘭子が小声で話しかけてきた。

前向けっつの!

「なっ、あおいあおい!」

「シーッ! 静かに!」

 葵はすかさず小さく首を横に振って蘭子を嗜める。

「だって、あれは何を話しているんだ? 主の布告か?」

しかし蘭子は至って真面目に聞いてくる。

「違う。ただの長い話だ。内容は特に無い。頑張って最後まで聞け。鍛錬だ」

葵はそう言って蘭子を校長の話に集中させようとした。

(まあ、ついさっきまでウトウトしていた俺が言えたもんじゃないんだが……)


 "鍛錬"と言われた蘭子はしぶしぶ前を向いたが、なんだか不満そうだ。

「……うーん……なんか退屈」

 そう呟くと、急にハッとした顔に変わった。

何か思いついたらしい。

「そうか! 眠らなければ勝ちだ。それなら!」

ぶつぶつ独り言を言い始めると、突然ブレザーのポケットをガサゴソと漁りだし"何か"を取り出した。

その"何か"は小さな透明な袋で個包装になっていて、中にはピンク色の丸い物体。

何か白い物を挟んだハンバーガーのような形……ってあれは!?


(マカロン!?)


 葵の心のツッコミが驚きすぎて名詞一言になってしまった。


(まてまてまて、まさかそれを今から……)


 葵の予想通り、マカロン蘭子は開封を始めた。


そして——。


サクッ!


C組ブロック内に妙にクリアな咀嚼音が響いた。


(食った! まじか!?)

 

 校長先生の話の最中(すぐ右側には教師も居る)に、堂々とお菓子を食べ始めるという前代未聞の行動に、葵だけでなく蘭子の左隣に座っている鈴木さん(自己紹介で学級委員やりたいって言ってた)がドン引きしながら見ている。

「おい、何してんだ!」

 葵が慌てて止めるのとほぼ同時に、タカヤの冷たい視線が蘭子に突き刺さった。

彼は一瞬で立ち上がり、無音で蘭子の席の右横にしゃがみ込む。

「蘭子。余計なことはするな」

低く、しかし有無を言わせない声を聞いた蘭子は、ビクっとして姿勢を正し、慌ててマカロンをポケットにしまった。

「……う、うん。分かった」

(こいつ、動き早っ……!)

驚きながら見ていた葵の視線の先で、タカヤはゆっくり立ち上がり、何事もなかったかのように無駄のない動きで素早く自分の席に戻った。忍者かよ。

一方、蘭子の後ろでは、静香が観察するようにタカヤを見ていた。

(その常人には出来ない動き、無意識に出てしまうのね)

隠そうとしても隠せない不器用な騎士。

蘭子と違って、少し奇妙だと思いながら彼の背中を眺めている。



 ようやく校長の長話が終わった。

タカヤに怒られた後の蘭子は、おとなしく校長の話を聞いているようだった。

しかしその様子は、少し下を向きながら両手を膝に置き、何か感情を抑えているようにも見えた。

(反省……してるのかあれ?)


 そう思った矢先、事件は起こった。


「続きまして、来賓の皆様をご紹介いたします」


 マイクを通した司会役の教師の声が響いた瞬間、蘭子の耳がピクリと動いた。


 「……来賓? それは……わたしのことか?」


 前の席で蘭子が小声で呟く。

嫌な予感しかしない。

「違う違う違う! そうじゃない! 黙ってろ! 確かにお前はどこかの要人だがお前じゃない!」

葵は慌てて制止しようとするが、時すでに遅しだ。

「ようやくわたしの番か……!」

蘭子は胸に手を当て天井を見ながらスッと立ち上がると、周囲の視線を一身に集めながら、堂々と通路を歩き出した。

「ちょ、マジかよ!? おい蘭子戻れぇぇぇぇ!」

葵の小声の叫びも虚しく、蘭子はステージへ一直線に向かっていく。


 突然の女子生徒の登壇に体育館がざわつき始めた。

「え、誰?」「あの子、朝廊下走り回ってた子じゃね?」

「何あの子かわいい!」「あの子、留学生らしいよ」

あちこちから彼女を噂する声が聞こえてくる。

司会役の先生がマイク越しに「あ、あの……?」と困惑しているが、蘭子は既にステージ中央に到着している。

そして、勢いよくマイクを奪うと、「キーン!」というハウリングの後に威勢よく喋り出した。


 「私は蘭子・アールバード・エルトリア……あっ、あっ違う。空風蘭子! 遠い国からやってきた留学生だっ!」


 蘭子の声が体育館に響き渡る。


「このたびは、一国の姫であるわたしをこの学校に迎え入れてくれたことに感謝の意を表する!」


演説を始めた蘭子は止まらない。


 保護者席から来賓席まで、突然の出来事に騒然となっている。

司会役の先生は顔面蒼白で、どう止めるか悩んでいる様子だ。

そして、前の方に座っているヒロシだけは大興奮していた。

「やっっべぇ! 葵! やばくね!? 彼女天才だぞ! 俺のクラス、もうスター誕生したぞ!? C組伝説スタートじゃん!」

そう言いながら振り返って話しかけてくる。 

 しかし、葵はそれどころではない。

(やりやがった……。確かにお姫さまである事を隠さなくていいって言ったけど、そういう意味じゃないって……)

葵が前屈みになり頭を抱えていると、その様子を見た静香が背中にポンと手を置いた。

 

 そして、この出来事に一人だけ炎のように怒りを燃やす男がいた。


 タカヤである。


 彼は音もなく立ち上がり、目に見えない速さでステージへと向かう。

「蘭子……何をしている」

 ステージの端から現れたタカヤは、低く鋭い声で蘭子を睨みつけた。

その気迫に、蘭子がピタリと固まる。

「た、タカヤ……ちがうのだ、これは……」

「降りろ。今すぐ」

 氷のような視線に蘭子は小さく肩をすくめ、シュンとしながら手を引かれて席に戻っていった。

体育館のざわめきが収まらない中、タカヤは何事もなかったかのように着席したが、その顔は怒りで張り詰めていた。

蘭子は小さく「すまない……」とだけ呟き、少し下を向きながら両手を膝に置く。

あれ、多分反省のポーズなんだろうな。

(あいつも大変だな。あれはお世話係というより教育係って感じか?)

 葵が可哀想なものを見る目でタカヤを見つめていると、静香がやれやれのポーズで話しかけてきた。

「彼、色々と大変そうね」

どうやら葵と同じ事を思っていたらしい。


 長い式がようやく終わって解散の声がかかると、体育館は一気にざわめいた。

蘭子は壇上乗っ取り事件の後、反省ポーズのまま入学式をやり過ごしていたが、そのまま席を立ち上がれないでいる。

葵は気になって視線を向けたが、同じように蘭子を見ていた静香が微笑みながら言う。

「ここは私に任せなさい」

 静香は、蘭子を慰めようと横にしゃがみ、優しく左腕で背中を抱きながら話始めた。

(ここは、女子同士に任せておく方が良いか)

蘭子と仲良くなりたいと言っていたし、良い機会かもしれない。

 そこへ、ザ・空気の読めない男、ヒロシがやってきた。

「さっきの蘭子ちゃんまじ最高だったな! ……あれ? 蘭子ちゃんどうしたの? 具合悪くなっちゃった?」

「お前……少しくらい空気読めよ。少しそっとしといてやれ」

ここでヒロシを止めておかないと後で静香に怒られそうなので、葵はヒロシの背中を押しながらさっさと体育館の出口に向かった。

「おとなしくしてる蘭子ちゃんも超かわいいな!」

ヒロシはまだ軽口を叩いている。


 体育館の出口に向かって列を作るクラスメイトたちの中、ヒロシはサッカー仲間に引きずられてどこかへ消えていった。

偶然にも、葵はちょうどタカヤの後ろに並んだので、改めて今朝のお礼を言おうとタカヤの肩をポンと叩いた。

「おい」

タカヤは振り返った瞬間、少し驚いた顔をしていた。

(……三崎葵……俺に何の用だ?)

「今朝は助けてくれてありがとう。俺、三崎葵。よろしく」

 

 蘭子に詰め寄った事を咎められると思っていたタカヤにとっては想定外の言葉だった。

タカヤは一瞬、言葉を失ったように葵を見つめ、やや硬い声で返した。

「……気にするな。こっちが迷惑かけたんだ……。怪我は……、無かったようだな」

「ん? ああ! あの状況で怪我しなかったのは本当不思議だよ。あ、別に怒ってるわけではないぞ」

葵は心配されたが、誤解されないように返事をした。

 しかし、タカヤから返ってきた言葉は少し意外だった。

「あれは……風のイタズラだ。偶然ではない」

(……風のイタズラ? どういう事だ?)

葵が首をかしげる間に、タカヤは視線を逸らした。


 少し気まずい空気になってしまったので、葵は話題を変えようと話を続ける。

「タカヤ君は、蘭子とはどういう関係なの? 俺から見ると蘭子の教育係って感じに見えるけど」

「タカヤでいい。そして……違う。成り行きでそうなっているだけだ。三崎葵、お前は蘭子の正体に気がついているのだろ? 俺は彼女の騎士、正確な任務は蘭子の護衛だ」

騎士だって!?

すげぇ、ナイト様なんて本当に居るんだ!


 すると、そうかなるほど。

さっきの忍者みたいな動きも、今朝助けてくれた時に言っていた事も、そういうことなら辻褄があうぞ。

「でもお姫様なんだろ? いいのか? あんな扱いで?」

葵が言えた事ではないが、ここは興味本位で率直に聞いてみた。

「元々、蘭子とは幼馴染だ。お互い幼い頃から知っている」

(そっか、俺と静香みたいな感じだな)

「何だか……お前、大変そうだな……」

だが、この葵の一言にタカヤは突然怒りの表情を滲ませた。

「……お前に、俺の気持ちがわかるか。大体、お前が蘭子を甘やかすからこんな事になってしまったのだ。姫君と理解しながら失礼だとは思わないのか?」

怒られてしまった。

(確かに、俺も軽率だったかもしれないな……)

 タカヤの立場からすると、俺の蘭子への振る舞いは失礼極まりないものだっただろう。

「すまん……。俺も新しい友達が出来て浮かれてたかもしれない。甘やかしたつもりはないが、悪かった」

葵は頭を下げて素直に謝った。

 

「あら、葵は間違ったことをしていないわよ。お姫様だからと言って一線引いてしまうのは、それは本当に友達と言えるのかしら?」

そこへ、静香が蘭子を連れてやってきた。

さっきまでのしょんぼり蘭子は少し元気を取り戻したらしく、少し背伸びをしながら葵に耳打ちをする。

「しずかが友達になってくれた! うれしいぞ! 初日から2人も友達が出来た!」

でも、普通のボリュームで話しかけてきた。耳打ち意味ないだろ。

蘭子は続けて、今度はタカヤへ声をかける。

「まったく、タカヤはすぐ怒る! カルシウムが足りない!」

頬を膨らませながら腰に手を当てて怒っていた。

いや、お前は反省が足りん。

ビシッとツッコミを入れたくなったが、その前に静香が話し出した。

「タカヤ。あなたには蘭子ちゃんの気持ちわかるの? 友達が欲しいって言った意味、ちゃんと理解出来てる?」

急に女子二人に責め立てられたタカヤは、額に手を当て首を振っていた。

っていうか、静香、なんか怒ってないか?


 タカヤは分が悪いと判断したらしく、静かに話しだした。

「……少し熱くなりすぎた。だが、式典での行動は反省すべきだ。少しは立場を弁えろ」

拗ねたように目線を斜め下に向けながらそう言った。

「俺もそこに関してはタカヤと同意見だ。学校ではお姫様じゃなくて、蘭子もタカヤも静香も俺も、同じ立場の生徒だ。そこは友人として注意させてもらう」

男子二人からの思わぬ反撃に、蘭子は「うぅ……」と萎縮する。

「……わかった。これからは勝手な行動を慎む」

 真剣な顔でタカヤと葵を交互に見てそう言ったが、突然ハッとした表情になり慌てて続けた。

「ど、どどど、どうしようタカヤ! みんなの前で一国の姫と宣言してしまった!」

事の重大さを今頃気がついた蘭子に、タカヤは再び額を抑えてため息をついた。

 葵も顎に手を当て、どうしたら蘭子の宣言を誤魔化せるか悩んでいたが、そこで静香がフフフと笑ってこう言った。


「大丈夫よ。みんなの認識は『ちょっと痛い厨二病の女の子』になってるわ」


 タカヤは大きなため息をついてゆっくり首を振り、蘭子は首を傾げていた。

(うーん……いいのかこれで?)

良きも悪きも、とりあえずなんとかなった感じかな。


 すると、葵の制服の袖をチョイチョイと引っ張ってくる感覚があった。

そう。蘭子様だ。


「あおい……。厨二病って何だ?」


 まん丸お目目の上目遣いで質問された葵はドキッとしてしまった。

もしかしたら、この仕草には弱いのかもしれない。

「それは静香お姉さんに聞いた方がいいな。行こうぜタカヤ」

葵は焦る心を誤魔化すように、タカヤを連れて教室に向かった。


 静香には悪いが、多分、静香の方が上手く説明してくれそうだし。

っていうか言った張本人だし、どうにかしてください。


こうして、この学校始まって以来の伝説になるであろう入学式が幕を閉じた。

マカロン蘭子の反対のポッケには黄色いマカロンが入ってました。

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