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気になる蘭子は止まらない  作者: きら
野球って何だ?

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62/87

私の辞書には——

 ——1点差のまま、ついに9回を迎えてしまった。


 5回以降はあぶさんが力投した甲斐もあって、野球部を抑えることが出来ている。


 途中からサードに入った蘭子も素晴らしかった。

練習で見せたローリングキャッチを、三回も披露してくれたのだ。

しかも、全てサードゴロとしてアウトが成立している。

なんなんでしょうね……。

この、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きは……。

 そして驚くべきは、8回表に葵との連携でファインプレーを魅せ、ランナーが二三塁の大ピンチを救ってくれたのだ。

蘭子はサードに守備位置を変えても大活躍だった。

 

 だが、野球部側もそう簡単に譲らない。

容赦なく圧巻のピッチングを続けるヒロシを前に、ウインドーズ9(ナイン)は二塁すら踏むことが出来なかった。

 

 更に、葵には不安要素が生まれていた。

左手がジンジンと痛むのだ。

あぶさんが投げる"重い球"を受け続けていたので、左手は少しずつそのダメージに蝕まれてきたようだ。


「いってぇ……」


 9回表の守備につく準備をしているが、果たしてこの手は耐えられるのだろうか?

自分の左手を見つめながらキャッチャーミットをはめる。


——その時、事件が起こった。


「あおい! 大変だ。あぶさんの顔が驚きの白さに!」


「洗濯洗剤みたいに言うなよ……」


 洗剤メーカーのCMが来るんじゃないかと思うくらいのテンションで蘭子に言われ、葵は呆れながらあぶさんの方を見た。


「うわぁ……」

 

 確かに、顔面蒼白になっている……。

 

 そういえば、さっきのあぶさんの打席は様子がおかしかった。

これは……、もしかして……。


「ごめん……。ゲーが出そう……、ウッ!」


葵の視線に気がついたあぶさんは、一瞬作り笑いをしたあと、辛そうな顔で口を押さえた。


「ちょ! 早く! 早くトイレ行ってきてください!」


 葵は強制退場させるように、ベンチ裏へあぶさんを押し出した。

「やっぱり二日酔いが悪化してたんだ!」

これから9回表の投球練習が始まる時だというのに、大ピンチである。


 全く、ここぞという時に限って、この人はもう……。

 

「仕方ない。蘭子! 最終回、もう一回投げられるか?」


 もうこうするしかない。あぶさんは、あの状態では投げられないだろう。


「ふっふっふー。やはり最後は私の出番か!」


 状況を察した蘭子は快く引き受けてくれた。……というか、なんかノリノリだった。

「これまた、随分とやる気満々だな」

蘭子は野球を全力で楽しんでいるようだ。

それが蘭子の振る舞いから伝わってきて、葵は思わず表情が緩む。


(よし。蘭子のお陰でまた空気が変わったな)


 どんな時でも、前を向くことをやめない蘭子が周りに与える影響。

そのポジティブさが、周りの仲間達に伝染していくのだ。

 

「ピッチャー交代お願いします!」

 

 だから、葵は安心して審判に交代を告げた。

あぶさんは多分、投球練習で時間を稼いでいる間に戻ってくるだろう。

彼には蘭子が抜けたサードを守ってもらう。

その読み通りにあぶさんがグラウンドに戻ってきたところで、いよいよ9回表が始まった。


「蘭子ちゃんごめんね! あとは頼んだわよ!」

スッキリした顔のあぶさんが、投球前に声をかける。


「任せてくれ! わたしの辞書には、"勝利"という文字しかない!」


(いや……。随分とデタラメな辞書だな、それ)


 ページを捲り続けても『勝利』としか書いていない辞書を思い浮かべてしまった葵は、蘭子ワールドに飲み込まれるようにミットを構えた。


 その蘭子ワールドに翻弄されるかように、野球部の攻撃は呆気なく終わってしまった。

さっきまで投げていたあぶさんの剛球に慣れていたこともあり、蘭子の緩い変化球を面白いぐらいに打ち損じてくれたのだ。

あっという間に三者凡退。


「よし!」

「いえーい!」


 葵と蘭子は、これには思わずハイタッチを交わせずにはいられなかった。

チームメイト達もベンチに引き上げながら蘭子を讃えている。


 最高のムードの中、ついに9回裏。

ウインドーズ9(ナイン)、最後の攻撃である。


 打順は3番の静香から始まる。勝利までは"あと2点"。


 きっと大丈夫だ。

だって、蘭子の辞書には"勝利"しか書いていないのだから。

蘭子が蘭子らしく蘭子やってる姿。

私は大好きです。

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