影を背負う少女
「——!? あのマヌケ! 何をして——あ……」
息を飲む試合展開だった。
つい夢中になっていたセリスは、タカヤが牽制死した瞬間に思わず本音が漏れてしまう。
いつの間にか、このスポーツの魅力に引き込まれていたのだ。
慌てて口を押さえ、バーニーをチラリと見る。
しかし、彼は静かにグラウンドを見つめたままだ。
「……ふふふ! ようやくあの犬の悔しそうな顔が拝めましたわ!」
そして、先ほどの失言——少なくとも、本人はそういうことにしたい——がバレていないと思い、不自然に笑いながら取り繕う。
「ええ。あと一歩で同点でしたが、残念でしたね」
だが、バーニーにそんな誤魔化しは通用しなかったようだ。
「べ……、別に彼らを応援しているわけではありませんわ!」
頬を膨らませながら、プイッとそっぽを向くセリスだが、バーニーにはわかっていた。
(お嬢様も素直ではないですな。いや……、そうさせてしまったのは我々ですが)
セリスは、十四歳にして王女となった。
故に教育係や側近達が、セリスにシェイドリアの王女像を厳しく説いたことにより今のセリスが居る。
だが、彼女はまだ少女だ。
(この若さで背負わせてしまった責任もありますが……。遠くシェイドリアから離れたここでなら、もう少し本心を見せてくれても良いのですが……)
バーニーの親心(育ての親だが……)なのだろう。
たまには、"王女"という身分から、少しでも離れられたら。
ふと、幼かった頃のセリスの事を思い出しながら、そう考えていた。
「……なによ。言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」
一方のセリスも、バーニーは数少ない自分の理解者だと思っている。
ずっと世話をしてくれた恩もあり、一緒に居るとつい気が緩んでしまうことがあった。
だが、彼女は甘えることを許さない。
自分はシェイドリアを背負って立つ者。
『甘えは滅びを招く』
そう教わってきたのだ。
だから、故郷から遠く離れた異世界であろうと、彼女はその教えを片時も忘れることはない。
それは、大好きだった父との約束を果たすためでもあった。
「いえ。なんでもございません」
バーニーには、そんなセリスの想いもよくわかっていた。
だから、余計なことを言うわけにはいかない。
複雑な気持ちを抑えて、側近としての立場に戻る。
それでも、バーニーは見逃さなかった。
ほんの一瞬だけ、本来の少女の顔で笑った姿を。
「……なにをジロジロ見てますの! あなたは私よりもあっちを気にしなさい!」
セリスは、誤魔化しきれなかった姿をどうにかはぐらかそうと、話題を逸らして続ける。
「三崎葵……。ここまで見て、バーニーの見解は?」
何となく強引に話を逸らされた気もするが、『気にしなさい』と言われた手前、この話題を進める方が良さそうだ。
バーニーは一旦姿勢を正すと、ここまでの三崎葵について評価を始める。
「失礼致しました。そうですね……。彼は『己の為ではなく、人の為に動く人』とお見受けします」
セリスの目を見つめ、彼女からの返答を待つ。
「続けなさい」
しかし、セリスはバーニーの話に続きがあることを察していた。
「は。ですが、時々自分の感情と対峙している様子もありました。それは若さ故だと思いますが」
だが、セリスには言っている意味がイマイチよく分からなかった。
「つまりどういうこと?」
「——"ただのお人好し"と言ったとこでしょうか」
少し言いづらそうに、バーニーは結論を述べる。
「はぁ……。面白くない答えですわね」
セリスは膝に肘を置いて頬づえを付くと、ブスっとした顔でグラウンドに視線を向けた。
「申し訳ございません。ですが、彼を中心に何かが動いていることは間違いありません」
その横顔に向かってバーニーは話を続ける。
「結局……。よくわからないってことね」
セリスは呆れ顔でグラウンドを見つめたまま、ため息をひとつ吐いた。
「セリス様はどう思われましたか?」
早くから"三崎葵"を気にかけていたセリスのことだ。
何か感じたことがあるのではと、バーニーは逆に問いかける。
「別に……。私から見てもただの凡人にしか見えませんわ」
セリスは顔だけバーニーに向けて続ける。
「ですが……、蘭子様があれだけ信頼なさっている様子を見ると、やはり何かあるのではと疑ってしまいますわね」
その顔は、機嫌が悪いのか困惑なのか、読み取れない表情だった。
「我々から見れば不気味な男ですな」
結局、観察した結果わかったことは、『よくわからない』という答えだった。
恐らく、その部分に自分達の知りたいことが隠されているのだろう。
試合は拮抗していた。
互いの投手が奮闘し、両チーム共に追加点を許さないまま、いよいよ最終回の9回表に入る。
「バーニー。少し計画を変更しましょう」
セリスには何か考えがあるようだ。
「は。では、どのように?」
バーニーは胸ポケットからサッと手帳を取り出すと、メモを取る体勢になった。
「機を見て"彼"と接触致します。必然と蘭子様とも顔を合わせることになるでしょうが、この際致し方ありません」
表情ひとつ変えないまま、バーニーはセリスの言葉を書き記した。
「承知致しました」
そして、短く返事をすると、再び手帳を胸ポケットに仕舞う。
「そろそろお帰りになられますか?」
「……」
「……そうですか。では最後までお付き合い致しましょう」
バーニーは独り言のような会話を続けた。
返事こそ返ってこなかったが、グラウンドに視線を戻していたセリスの横顔は、少しワクワクしているように見えた。
この2人。私大好きです。
さぁ、いよいよ野球編もクライマックス!
WBCもいいけど、こっちもお楽しみに!




