曲者が招く焦燥
「……なにが面白いのか全然理解できませんわ」
足を組み、腕を組み、ブスッとした表情でセリスはグラウンドを見下ろしている。
これから2回表が始まるところだが、すでに飽きてしまった。
「では……、このままお帰りになられますか?」
気を遣ったバーニーは、帰り支度をしようと護身用バッグを持った。
「……」
しかし、セリスは無言で動こうとせず、ジッとマウンド上の蘭子を見つめている。
いつもなら不機嫌そうに立ち上がって、ズカズカと勝手に帰ってしまう状況だが、珍しく今日はその様子が見られなかった。
「失礼致しました。では、もう少し……」
それが『まだ帰らない』という意思表示だと理解したバーニーは、立ち上がろうとした腰を再び下ろし、カップホルダーからお茶を取り出して気まずそうに一口飲む。
「帰ったところで、どうせ今日はやることがありませんの。それに……、あの犬が苦悶の表情を浮かべるところをまだ見ておりませんので」
そんなバーニーを横目で一瞥しながら、セリスは観戦を続ける意思表示をした。
「あまり良い趣味だとは思いませんが……」
呆れたように言うバーニーは、蘭子よりもタカヤに執着するセリスを理解できずにいた。
確かに強敵ではあるが、セリスにとっての政敵は蘭子なのだ。
そんなバーニーの心を読んだかのように、セリスは苦虫を噛み潰したような顔で返す。
「私は……、私の欲しいものを奪ったあの犬が……、昔から大っっっっっっ嫌いなの!それが何?あんなに活躍して、いつものようにチヤホヤされて!もう!イライラしますわ!」
「はは……、それは心中お察しいたします」
(ただの私情でしたか……。しかし、『昔から』とはどういうことでしょう?)
苦笑いで返答するバーニーには、タカヤを毛嫌いする理由の謎だけが残されていた。
セリスとタカヤが出会ったのは割と最近のはずだ。
確かにバーニーもその戦場に居合わせていた。
その後も2人の間にある因縁など聞いたこともないし、セリスと敵国生まれの彼が幼少期からの知り合いなんてありえない。
(気になりますが……、今は胸にしまっておきましょう)
今は過去のことを詮索している場合ではない。
『2人の間に何かがあった』。
バーニーにはその情報だけで充分だった。
「だから、あの男が悔しそうに打ちひしがれるお姿を見るまでは帰りませんわ」
フンっ!と口を尖らせながらそっぽを向いたセリスは、わがままを言う子供のようだった。
だが、彼にとって、この姿は安心感を感じるくらい日常なのだ。
王女になった今でも、彼の中ではまだ『お嬢様』。
長く世話をしていたこともあり、本当の娘のように思っている。
「お嬢――いえ、セリス様はこの試合に彼らが負けるとお考えで?」
「当たり前じゃない!相手はそれを専門にしている集団、対するは素人が混じった寄せ集め。結果は分かりきっていますわ」
なんだかんだ言いながら、セリスは両チームの状況や野球というスポーツをしっかり勉強していたらしい。
そんなセリスの分析を聞いて、バーニーは思わず表情が緩んでしまう。
「私奴には、そう簡単に敗れるようには見えません。あの三崎葵という男は、風術を上手く織り交ぜて互角の戦いに持ち込んでおります。それに、この展開は彼が参謀のように関与しているように見えますが?――と、これは失礼」
つい、気が緩んで饒舌になってしまった。
電光掲示板で名前を確認していたバーニーは、気まずそうに顔を伏せる。
「……バーニー?あなたはエルトリアに味方するつもり?」
セリスはジト目でバーニーを見つめる。
「いえ、ただ、懸念としてお伝えしたのです。三原静香のポテンシャルも計り知れませんし……」
恐る恐るセリスと目を合わせたバーニーの表情は真剣だった。
――そのまま数秒の間が空いた。
やがて、ジト目のセリスがニヤリと笑う。
「やっぱりバーニーにもそう見えるのね。あの三崎葵という男は」
一見、無害そうに見える平凡なあの男。
だが、心のどこかで最も警戒すべき男として感じていた。
その答え合わせをするかのように、バーニーも同じように感じていたらしい。
セリスは続ける。
「彼は蘭子様と親密なご関係とお見受けします。蘭子様に影響を与えている張本人と考えてよろしいかと」
「なるほど。では、彼がエルトリアの目的を知る重要人物。ということですな」
「そういうこと。私の思い過ごしかと思ってバーニーには黙っていましたが、あなたが同じように思っていたことで確信に変わりましたわ」
セリスが帰ることを拒んだ本音はここにあった。
彼女は自分の中の違和感を確かめたかったのだ。
タカヤのことは理由付けとして利用したのだろう(意地でも名前を呼ばない辺り、本当に嫌っていそうではあるが……)。
バーニーは、試合前に感じた『違和感』の正体をわかった気がしていた。
(この仕事は、思っていたよりも厄介な案件のようです。それに、まだ何かが引っ掛かります……)
これは、彼が長年の経験から感じた勘でもある。
セリス本人に危険が及ぶわけではなさそうだが、シェイドリアにとって看過できない事態を招く可能性が高くなったと感じる。
しかし、この2人にこれ以上のことは考えられなかった。
この、『野球』というスポーツを通じて、彼らが何をしようとしているのか?
わかったことは、厄介な人物が居るということだけ。
ヒントすら掴めずに、無常にも時間が過ぎて行く。
そして、試合は2回表が終了していた。
ウインドーズ9は守備の乱れからランナーを許したが、蘭子が粘りのピッチングで無失点に抑えたのだ。
次は2回裏。
2人は焦燥に駆られるようにグラウンドへ視線を戻した。
その、重要人物である『三崎葵』がいよいよ打席に立つ。
セリスが出る回は書いてて楽しいです。




