1回裏の真剣勝負
困惑顔の静香がネクストバッターズサークルに向かうと同時に、蘭子が打席に入った。
ベンチはまだ、ホームランによる興奮の余韻が残っている。
「よし。こい!ヒロシ!」
バットの先をビシッとヒロシに向けた蘭子は、左バッターボックスにいる。
「アオイ。どういうことだ?この前は右で打っていたはずだが……?」
タカヤは、蘭子の打撃スタイルが練習の時と違うことに気がついた。
「まぁ見てろって」
だが、葵はニヤニヤと笑ってそう答えるだけだ。
そう。これは『曲者の葵』による作戦なのだ。
「次は蘭子ちゃんか……」
ヒロシは何となく投げづらそうな表情をしている。
これは、タカヤに一発浴びたからというわけではない。
葵や静香ほどではないが、ヒロシも知っているのだ。
このトンチキコンビの非常識さを。
「クク……。いいぞ。タカヤのおかげですっかり警戒してるな」
読み通りの展開になったことで、葵は笑いを堪えきれずタカヤを見た。
「……?」
しかし、葵が何を考えているか理解できていないタカヤは、首を傾げながら蘭子の打席を見守っていた。
やがて、ヒロシが投球動作に入ると、蘭子も豪快にバットを構える。
シュッ!
蘭子の風術にも負けていない白球が、風を切りながら解き放たれた。
そして……。
「秘打!『三塁線上のアリア!』」
コツン!
なんか謎の言葉を叫びながら、絶妙な力加減で三塁線上にボールを転がした。
「セーフティーバント!?」
驚きの声を上げているのは静香だ。
味方も意表をつかれた打球は、キャッチャーとサードが譲り合った一瞬の間に、三塁線上で完全に静止する。
サードが慌てて素手でボールを拾うが、既に蘭子はアラレちゃん走りで「キーン」とか言いながら一塁を踏み抜いていた。
どこでそんな知識仕入れてきたんだよ。
「よし!完璧だ!」
ベンチでは葵がガッツポーズをしていた。
全て完璧に決まったのだ。
「ヒロシは蘭子の性格と運動神経の良さを知っている。それに、お前がホームランを打ったあとだろ?当然、長打を警戒するはずだ」
「……なるほどな。まさか小技でくるとは思わないということか」
「その通り」
実は、蘭子にセーフティーバントをさせたのは他に訳があった。
あの練習以降も投球術を磨くことに夢中で、バッティングの指導まで手が回らなかったのだ。
「昨日、バッティングセンターで特訓をしたんだ。それで、試しにやらせたバントがあまりに上手かったから、この作戦を思いついたんだ」
バットを振るよりも、バットに当てて思い通りの場所へ転がす。
そんな蘭子の意外な特技が明らかになり、タカヤも驚いているようだった。
「どうだ!みたかっ!わたしの天才的なバッティングを!」
一塁ベース上では蘭子がドヤ顔で立っている。
これで、ノーアウトランナー一塁。
同点のランナーが出たぞ。
「風間。なにを遊んでいる?真面目にやれ」
たまらずマウンドに向かった神原部長は、ヒロシにひと言喝を入れた。
「俺も本気ですって。それよりもアイツら本気で勝ちにきてますよ」
今日の調子は悪くない。
むしろ、普段よりも良い球を投げられている。
それは、球を受ける神原部長も理解していた。
「……くそっ、ふざけたチーム名しやがって……」
だから、悔しさの矛先をチーム名に向け、一旦雑念を吐き出すことにした。
次は静香の打席だ。
「ふふーん。まさか静香とこうやって勝負する日が来るとはね」
「私も、小学生の頃からあんた達の野球を見ていたけれど、実際に勝負するなんて思ってもみなかったわ」
幼馴染同士の不思議な縁が、今ここでスポーツの真剣勝負となって対峙する。
「手加減はなしよ?」
「俺も、野球部の意地があるからね」
2人は、言葉を交わしながら準備をする。
三塁側ベンチは、一転緊張感に包まれていた。
葵は言葉なく、固唾を飲んで勝負の行方を見守っている。
その時、陽気な声がベンチに響いた。
「シンパイイラナイネ!シズカ、バッティングセンスアメイジングネ!」
打撃コーチを引き受けてくれたラミーちゃんが、ベンチの不安を吹き飛ばした。
練習ではラミーちゃん流のバッティング講座で、未経験者組が快音を響かせるほどの名指導者だ。
お墨付きをもらった静香のバッティングと、エースヒロシとの対決。
ヒロシが知らない静香の裏の顔と、静香が知らないヒロシの努力。
ただ1人それを知る葵は、想像したこともなかった景色に1人ワクワクしていた。
幼馴染3人の想いが交錯する真剣勝負が始まる。
ちょくちょく野球漫画のオマージュネタ入れたりしてます。




