1回表〜ヒロシとの対決〜
マウンド上に、ロジンバッグの白い粉が舞った。
蘭子は少し前のめりの姿勢で、葵をまっすぐ見つめている。
『はやくサインを出せ』
表情がそう言っていた。
(はいはい。わかってますってお姫様。初球は……これ)
急かす蘭子とは反対に、葵は冷静に2人だけの暗号を指先で伝える。
今、ヒロシは蘭子のことを完全に舐めきっている。
初球からフルスイングをしてくるのは間違いないだろう。
だから、初球から風術を使わせてもらう。
葵はキャッチャーミットをインコース高めに構えた。
蘭子の全力ストレートでヒロシをビビらせてやろうという魂胆だ。
(初球はボール球で構わない。まずは打ち気を逸らす)
サインを見た蘭子はウンウンと頷くと、投球動作に入った。
練習と同じように、完璧なフォームで振りかぶる。
そして、大きく踏み込んだ足で踏ん張りながら、思いっきり腕を振った。
シュッ!!
しかし、その速球は真っ直ぐヒロシへ向かって飛んでいく。
(まずい――!)
ドゥン!
「イ゛ェアアアア!!!!」
葵の焦りと同時に、脇腹にボールが当たる鈍い音と、ヒロシの断末魔がグラウンドに響き渡った。
「……す、すまんヒロシ!しくじった……」
蘭子は心配そうな表情で謝ると、マウンドを降りてヒロシに駆け寄ろうとした。
その時、神原部長のドスが効いた声が響き渡る。
「おい!三崎!こっちは大事な試合前なんだ!怪我だけはさせてくれるなよ」
その矛先は蘭子ではなく、リードをしている葵に向けられていた。
その様子に、蘭子は足を止めて困惑してしまう。
珍しく動揺しているようだ。
(くっ……いやらしい心理戦を仕掛けてきたな)
神原部長の行動はブラフだ。
瞬時にそれを見抜いた葵は、仕切り直そうと蘭子の元へ向かった。
しかし、その空気を嫌ったのはデッドボールをくらったヒロシも一緒だった。
「部長!大丈夫です!……蘭子ちゃんも気にしないで!これは……、アクシデンツ!」
なぜか『アクシデンツ!』でガッツポーズをしながら、不穏な空気を一気に元に戻した。
そう言いながらも、脇腹をさすりながら一塁に向かうヒロシの背中を眺めて、葵は蘭子を励ました。
「あの様子ならアイツは本当に大丈夫だ」
「そ、そうか。ならば安心だが……」
そう言いながら、蘭子はチラリと一塁側ベンチを見た。
「気にするな。あれは神原部長の作戦だ。ああやって動揺させて、お前のテンポを崩そうとしているんだ」
葵は蘭子の頭をポンポンと叩きながら言うと、ようやく蘭子にいつもの表情が戻ってきた。
「あっちにも曲者がいるぞ、あおい」
ほっぺをプックリ膨らませて拗ねたフリをする蘭子を見て、葵は笑って応える。
「だな。よし!ここから仕切り直しだ!練習通りやればきっと上手くいく。行くぞ」
「うん!」
グータッチを交わした2人は、元の位置に戻っていく。
そして、蘭子は葵にバレないようにその拳を見つめて優しく微笑んだ。
あの蘭子がこの雰囲気に飲まれてしまうほど、さっきまで何か独特の空気感があった。
でも、あの様子ならもう大丈夫だろう。
蘭子の表情は『戦う顔』を取り戻していた。
蘭子「1球で1話ペースだな」
勘弁してください……




