影と陰。見下す視線。
──一塁側スタンド最上段
「にひひ!エルトリアの犬がこっちに気付いたようですわ」
セリスは愉快そうな顔で三塁側ベンチを見下ろしている。
「見なさい!私達が目の前に居ながら、何もできない悔しそうなお顔。傑作ね!ックックック!」
口を抑えながら、足をバタバタさせて笑う。
一方、隣に座るバーニーは冷静にタカヤ達を見つめていた。
「では、タカヤ・ルイン・リシェードの隣に居る女性が、お嬢様の仰っていた人だと?」
「バーニー! 呼 び か た !」
「……失礼しました。陛下」
「もう……いい加減慣れなさい。そうよ。あの女よ」
バーニーはやれやれというような表情を浮かべ、セリスから聞いていた要注意人物をじっくりと観察する。
(見た目は普通の学生のように見えるのですが……)
しかし、彼女の視線はこちらに向いている。
バーニーもセリスも、隠れるつもりでは無いが他の観客に紛れて気配を消していた。
それをピンポイントで察知しているところを見ると、やはり只者ではないのであろう。
(むぅ……)
ただでさえ強敵であるタカヤ・ルイン・リシェードだけでなく、得体の知れない戦力がエルトリア側に居ることで、バーニーの警戒心は高まっていた。
(それに、お嬢様は気が付いていないようですが……。この布陣、あの2人だけではない何かが……)
そして、バーニーはあの2人だけではない、違う違和感を感じていた。
「セリス様。くれぐれも、油断なさいませんよう……」
その正体がわからないバーニーは、注意喚起を促すことしかできない。
「本当に心配性ね、バーニーは……。」
しかし、セリスは呆れたように返すだけだった。
「安心なさいませ。あのポンコツ監視役は今日もポンコツっぷりを発揮してますわ」
そう言って、セリスは三塁側のスタンドに視線を向ける。
そこには、慌てたように物陰に隠れる人影が見えた。
セリスにとって、バーニーの注意喚起はあの監視役の事だと思われているようだ。
「ですが……、あまり舐めすぎない方が良いかと思いますが」
だから、バーニーは少しでも危機感を持ってもらおうとセリスを諭す。
「……しつこいわよバーニー」
しかし、バーニーの思いはセリスに伝わらなかった。
セリスは続ける。
「今日の目的は蘭子様達が何をしているのか確かめに来ただけよ。私達は何もせずに見ているだけ。そこに、どんな危険があるというの?」
「……」
バーニーは黙ってセリスの話を聞いている。
これ以上、彼からは何も言う事はない。
このわがまま王女様は、こうなってしまっては人の話など聞く耳持たずなのだ。
セリスはバーニーが小言を言わなくなったところで、頬杖をついてつまらなそうな態度に変わる。
「……呑気なものね。こんなことをして遊んでいるだなんて。これが一体、エルトリアの何に役立つのかしら?」
蘭子達を影から監視していたセリスは、未だに蘭子達の目的を掴めずにいた。
それとも、セリスには理解が出来ていない何かが起こっているのだろうか?
そんな不気味な何かが動いている感覚はあった。
だが、それを認めたくはない。
だからバーニーの小言にも、ついムキになってしまうのだ。
「バーニー。この試合で起こること。全て見逃しては駄目よ」
「御意」
短く言葉を交わした2人の視線は、三塁側ベンチに向けられている。
──三塁側ベンチ
(……あーあ。嫌な雰囲気だねまったく)
寝たフリをしていた加賀見は一瞬だけ目を開けると、ベンチの端にいる静香とタカヤを見た。
2人の視線が一塁側スタンドに向いていることはすぐに分かった。
加賀見は、そこに誰が居るのか知っているのだ。
元々隠密技術には優れており、簡単にバレるようなヘマはしないが、あのポンコツ監視役のお陰様で、加賀見にはまるで警戒心を持たれていないようだ。
(『やる気の無い教師』っていう設定も悪くねぇな。まぁ……本当にやる気はないけど)
そう。加賀見の本当の顔は、『異世界人の監視役』だった。
最初は蘭子とタカヤ専属の監視役だったが、セリス達に付いている監視役があまりにもポンコツなので、最近は掛け持ちで監視を行っているのだ。
(ったく……人使い荒いよなぁウチの上は……)
「ふわぁ〜」と欠伸をして、さりげなく一塁側スタンドの最上段を見る。
(ほぅ……。どうやら、お付きのオッサンはそれなりに出来るみたいだな)
加賀見の監視はバレていないようだが、何か警戒心を隠せない様子が見て分かった。
(それなりに場数を踏んできている……といったところかね)
だが、加賀見はいつも通り、やる気が無さそうに再び居眠りモードに入る。
(まぁいい。今はまだ泳がせておく方がいい)
それは、上からの指示でもあった。
蘭子とタカヤの存在は模範的だ。
タカヤには少し難がありそうだったが、加賀見とその組織にとっては優等生のような存在だった。
手がかからない……いや。
三崎葵と三原静香のお陰で、だいぶ楽をさせてもらっている。
しかし、シェイドリアの2人は問題児だ。
出来れば面倒を見たくないくらい、厄介な来訪者なのだ。
(だが……、この世界をあんまり舐めてくださるなよ、異 世 界 の 住 人 さ ん)
加賀見はまた、昼行灯のように居眠りを始めた。
セリスにお嬢様って呼んで怒られたいです。




