集いし者たち
──試合当日。
あの練習日以降、梅雨空が復活してシトシトと雨が降る日が続いた。
この雨は昨日の朝まで降り続き、恐らくウインドーズ9の面々はろくに自主練習が出来なかっただろう。
だが……、今日は夏を彷彿するような青空が広がっている。
きっと、どちらかのチームに強力な晴れ男か晴れ女でも居るのだろう。
思い当たる人達が多すぎるが……。
そんな、ジリジリとした陽射しが降り注ぐ野球場は、先週の河川敷とは違った景色だった。
グラウンドをぐるりと囲んだ緑色のフェンス。
外野フェンスの外は芝生が広がっていて、レジャーシートを敷いて横になっているおじさんが見えた。
一方、内野フェンスの周りは、そびえ立つように大きなスタンドになっており、興味本位で集まったのであろう観客がまばらに座っている。
「しかし……、凄いな……」
三塁側ベンチの前で立ちすくむ葵は、慣れない景色に圧倒されていた。
それもそうだろう。
ここは、高校野球の地区予選が行われる市民球場なのだ。
「よくこんな場所を押さえられたわね」
隣に並ぶ静香も、葵と同じく驚きを隠せない様子だった。
本来、この試合は学校の野球グラウンドで行われる予定だった。
しかし、せっかく試合をやるならと、ラミーちゃんの好意でこの球場を押さえてくれたのだ。
一方、一塁側ベンチに構えている野球部は、三塁側に現れた思わぬ大物に驚いていた。
「あっち側の助っ人がこの球場を押さえるとは言っていたが……、まさか元プロが来るとはな」
神原部長は腰に手を当て、三塁側ベンチを見据える。
「元プロなんて反則ですよ!」
ざわつくベンチの中で誰かが呟いた。
その一言に苛立ちをあらわにした神原部長は、ベンチに向かって静かに怒った。
「今言ったヤツ誰だ?」
部長の一言で、一気に緊張感が高まったベンチはシーンとなってしまった。
だが、このチームには空気の読めない男が1人いる。
「あれー?もしかして負けた時の言い訳を考えてます?先輩方?」
ヒロシである。
一年生に煽られたことで、ベンチはピリッとした空気に変わった。
そんな空気にも構わずヒロシは続ける。
「目先の目標は地区大会優勝ですよね!だったら、相手が誰であろうと俺達には関係ないことです」
スパイクの靴紐を結びながら独り言のように言う。
生意気な後輩の一言に何か言いたそうな先輩方だったが、次に口を開いたのは神原部長だった。
「風間の言う通りだ。俺たちはこれから、もしかしたらプロになるヤツらと戦うことになるかもしれない。元プロの肩書きでビビってるヤツがいるなら、今日は学校に戻って練習でもしていろ」
この一言で、空気が一気に引き締まった。
ヒロシはそんなチームメイト達をチラリと見ると、ニヤリと笑ってグローブをはめた。
そしてその頃、三塁側ベンチでは、とある事件が発生していた。
「アオイ……。言いにくい話だが、これを見てくれ……」
申し訳なさそうにスマホの画面を見せてくるのはタカヤだ。
画面にはチャットアプリ『LIME』の画面が表示されていた。
その相手は、あぶさんだ。
葵はやたらハートの絵文字が使われたメッセージを確認する。
『ごめーん♡タカヤちゃん♡昨日お店に太客が来ちゃってー、ちょっと飲み過ぎて二日酔いになっちゃったの♡♡試合開始に間に合わないかもしれないから、先にはじめててちょうだい♡本当にごめんね♡三崎キュンにもよろしく♡♡』
スマホの周りに集まってきたチームメイト一同は、無言で画面を見つめていた。
恐ろしい程の静寂がウインドーズ9を包み込んでいく。
「んだああああ!!『三崎キュンにもよろしく♡♡』じゃないのよ!作戦が台無しだー!」
その静寂は、葵の叫び声によって崩された。
頭を抱えてしゃがみ込む葵に、苦笑いの蘭子と静香が左右からポンと肩を叩いて励ましている。
すると、ベンチから聞いたことがある、やる気のない声が聞こえてきた。
「……あー、何だかトラブってるって感じか」
声のする方を見ると、コーヒーを片手に、ダボダボのジャージを着た担任教師の姿が見えた。
「っ!?加賀見!……先生。なんでここに?」
葵は意外な人物の登場に驚きを隠せなかった。
「三崎、今俺を呼び捨てにしようとしただろ……?ま、それはいっか。俺がここに来たのは顧問の代わりだ」
そう言ってコーヒーを一口啜った。
「……こもんのかわり?」
蘭子が首を傾げながら聞き返す。
「そうだ。野球部の顧問、岩本先生がな、今日はデートがあるとかで来れないらしい。一応、部活の一環だからな。顧問がいないと活動できない。……で、暇な俺が代わりに呼ばれたわけ……」
加賀見は気の抜けた声でダルそうに話すと、ベンチの端に腰を落とした。
「……なんか、いろいろ大変なんですね、先生って……」
葵は、理由が理由だけに少し同情してしまう。
「休みも潰されるしな。……だから野球部のベンチには行かん。あと、ムカつくからお前ら絶対勝て。トラブってるのか何か知らないがどうにかしろ。俺はお前達の監督としてここに座る」
加賀見は、コーヒーを置いて腕組みをしながらそう言うと、そのまま目を瞑って居眠りを始めてしまった。
(なんだよ。初めからそのつもりで監督なんかやるつもりないだろ)
結局いつものようにやる気がないだけの担任教師に呆れながら、葵はあぶさんの抜けた穴について考える。
(加賀見がこの調子じゃ手伝ってくれないだろうし……仕方ない。松井さんに頑張ってもらおう)
「蘭子!松井さん!ラミーさん!ちょっと……」
葵は3人を呼び出すと、緊急で作戦会議を始めた。
その会議の最中。
密かに別の問題が動き出していた。
「三原……やはり気付いていたか」
「ええ」
静香は一塁側ベンチに顔を向けていた。
それに気がついたタカヤは、静香と視線をあわせながら横に並ぶ。
だが、2人が見ているのは野球部ではない。
視線は、そのもっと上。
一塁側スタンドの最上段に向けられていた。
「……セリス・シェイドリア・ハルヴァイン」
ボソッとタカヤが呟く。
「舐められてるわね。こんなに堂々と姿を表すなんて」
静香は鋭い目つきで、その姿を見つめていた。
そこには、お泊まり会の夜、2人の前に現れたあの女──シェイドリア王国の王女、セリスが座っていたのだ。
「……隣にいる男は誰なの?」
静香は視線を逸らさずにタカヤと会話を続ける。
「バーナード・ヴァルハルト。昔、外交をやっていた優秀な側近だ。アイツはバーニーと呼んでいるようだがな」
「やっぱり、単独犯ではなかったのね」
「ああ。ヤツが来ているなら、アイツも一緒に来ていることは想定済みだ」
聞かれたくない会話を続ける2人は、チームメイトから離れたベンチの端へと移動する。
葵達は作戦会議に夢中になっており、こちらの様子は全く気にしていないようだ。
「只者ではなさそうね……」
「元々傭兵上がりらしい。つまり、それだけ信頼されているということだ」
「そう……。厄介な相手ね……」
2人はその姿を見据えたまま視線を逸らさなかった。
『こちらも気がついているぞ』と無言のメッセージを送るように。
「でも、今のところ、介入してくる気配は無さそうね。じっくり様子を見るといった感じかしら?」
「それか、野球観戦が趣味なのかもしれないな」
「ふふ。随分余裕じゃない」
珍しくタカヤから冗談を言われた静香は、思わず笑みを溢してしまう。
こうして、市民球場にはそれぞれの思惑を秘めた者達が集った。
それは、偶然か必然か?
不穏な空気を残したまま、まもなく試合が始まる。
いやーな雰囲気になってきちゃったね。
さすがに平和に野球やって終わるわけないよね。




