2人の秘策、2人の秘密
鉄仮面のように表情が見えにくい面。
重装歩兵のごとく守られた鋼の胸当てと膝周り。
それは、正に現代の甲冑を纏った守護騎士のようだった。
「……だれだ?」
蘭子は、突然現れた見慣れない騎士(?)に問いかける。
だが、警戒心はない。
ジト目で、半分だけ口を開けて見つめる。
「……俺だ。わかってて聞くな」
それは、キャッチャー防具に身を包んだ葵だった。
蘭子は防具を付ける様子を目の前で見ていたが、あまりの変貌ぶりに思わず聞いてしまったのだ。
だが、次第にその姿を見る目がキラキラと輝き始める。
「おおおおおお!あおい!それ、なんかすごいかっこよく見えてきたぞ!」
葵にとっては見慣れた防具だが、蘭子にとっては蘭子心をくすぐる最高の鎧に見えているらしい。
「……やっぱりキャッチャーをやるとか言わないだろうな?」
嫌な予感がした葵は、念の為に蘭子に尋ねた。
「いや。わたしはそういうのを身につけるのはちょっとな……。それに、これはあおいの仕事だ。わたしの球は、あおいに受けて欲しい」
「ふっ、そっか。わかりました。お姫様」
いつものように冗談が返ってくると思って面食らった葵は、蘭子の本音を聞いて思わず笑みがこぼれた。
「ちょっとヤダー!なんかアタシ場違いみたいじゃなーい!」
2人のやり取りを隣で聞いていたあぶさんは、自分の胸を抱きながらクネクネと悶えている。
「そんなことないんで、早く蘭子連れてマウンドに行ってください」
3人は今、グラウンドの隅に作られたブルペンに居た。
あまり管理されてないせいか、雑草混じりの芝生が広がり、マウンドの上はピッチャーの足がかかる部分だけ土が覗いている。
葵の居る場所は、ボロボロになったホームベースが雑草の隙間からこんにちわしている状態だ。
しかし、ここはブルペンなのである。
つまり、ピッチャーの投球練習が出来れば問題ないわけで、こんな状態でもピッチャーが投げられる環境になっているので不満はなかった。
だが、野球では頼りになりそうなのに、いちいち余計な事を言う酔っ払いのオカマに、葵は不満そうにため息をつきながらグラウンドを見つめる。
他のチームメイト達は、ラミーちゃん指導の元、バッティング練習を始めている。
蘭子の投球練習に付き合う代わりに、葵がラミーちゃんに任せたのだ。
バッティングの天才だったレジェンドが教えるのだから、心配はいらないだろう。
マウンドに視線を戻すと、あぶさんが自ら動いて、スローモーション動作で投球フォームを教えていた。
それを隣で蘭子が真似している。
表情は真剣だ。
「ちょっと!葵ちゃん!今からアタシが見本で投げるから受けてもらえる?」
マウンドからあぶさんのダンディーな声が響いた。
どうやら、大きな声を出す時はダンディーになるらしい。
「は、はい!わかりました!遠慮なく投げてください!」
慌ててホームベースの後ろにしゃがみ込むと、蘭子はマウンドから少し離れてあぶさんの動きを観察し始めた。
「それじゃあ、いくわよ!」
あぶさんはそう言うと腕を振りかぶった。
そして、綺麗なフォームで投げる。
シュッ!
ドスーン!
「いってぇ……」
想像していたよりも豪速球で重い球を掴んだ葵は、手のひらに伝わった衝撃を誤魔化そうと、キャッチャーミットをつけたままプラプラと手を揺らしていた。
(ちょっとストライクゾーンから外れたけど、今のは130kmぐらい出てるぞ……。ほんと、何者だよあの人)
経験者にしては万能過ぎるあぶさんに疑問を感じながら、ボールをマウンドに戻す。
次はどうやら蘭子が投げるようだ。
マウンドに立った蘭子の横であぶさんが見守る中、葵は再びしゃがみ込んでキャッチャーミットを構えた。
そして、あぶさんと同じように腕を振りかぶる。
高く上げた足を思いっきり踏み込み、体を捻りながら思いっきり腕を振る。
初めて投げるとは思えないほど、綺麗なフォームだった。
シュッ!
パスン!
ボールは、葵が構えたミットに吸い込まれるように消えていった。
ど真ん中のストライクだ!
(球速は100km前後ってとこか。でも、コントロールと球のキレは良かったな。偶然かもしれないけど……)
「ちょっと!凄いじゃない蘭子ちゃん!めっちゃいい球だったわよ!」
葵が感じていた通り、あぶさんも蘭子の投球を絶賛していた。
「蘭子!今の凄く良かったぞ!初めてにしちゃ出来過ぎなぐらいだ!この調子で、続けてどんどん投げてみてくれ!」
葵はそう言って、蘭子にボールを返した。
だが、2人に褒められた蘭子は少し調子に乗り始めたようだ。
「いや、今のは球が遅かった。もっと、あぶさんと同じくらいの球を投げたい」
ぶつぶつと独り言を呟くと、再び投球動作に入る。
フォームは先程と同じで完璧だ。
シュッ!
ズバーン!
(……は?)
先程と同じく、構えたミットに吸い込まれる素晴らしい球だった。
しかし、1球目と明らかに違うのはその球速だ。
(今の130kmくらい出てたぞ……)
あぶさんのように重くはないが、糸を引くような気持ちいいストレートだった。
そのあぶさんは、驚きのあまり、目を見開いて何も言えないでいる。
続いて3球目。
今度は投げた瞬間にフワリと球が浮いた。
そして緩く斜めに弧を描きながら、葵のミットに収まる。
今のは変化球だ。
それも、バッターのタイミングを惑わす緩いカーブだった。
「……」
葵が何も言わずにボールを返すと、蘭子はすぐに次の投球動作に入った。
投げたボールは、またしても緩い球だ。
そして、ホームベースの手前でユラユラと不規則に揺れると、力なく失速しながら下方向へと軌道を変えた。
ナックルボールのような変化球だ。
地面スレスレに落ちてきた球を掴んだ葵は、今度は投げ返さず、立ち上がってマウンドに向かった。
あぶさんはすでにパニックを起こしているようで、「ヤダっ!何?ヤダっ!何なの?」と、壊れた目覚まし時計のように同じ言葉を繰り返している。
その横で、ご機嫌で楽しそうな蘭子がはしゃいでいた。
「あおい!凄かっただろ!」
「……こらっ」
そんな蘭子の元へ辿り着いた葵は、キャッチャーミットで蘭子の頭をポンと叩いた。
「って!」
上目遣いで叩かれた頭を見る蘭子だが、その表情はイタズラがバレた子供のような顔をしていた。
「お前……、2球目から風術使ってただろ?」
葵にはお見通しだったのである。
1球目の球は、きっと普通の状態だったのだろう。
だが、2球目以降は受けてわかる不自然さがあった。
「ふっふっふー。さすが曲者のあおい。バレてしまっては仕方がない」
蘭子も隠す必要がないと思っているらしく、潔く真相を認めている。
「あのなぁ……」
ハァーっと深いため息を吐く葵は、少し考えた後、混乱しているあぶさんに向かって言った。
「あぶさん、コーチどうもありがとうございました。お陰様で、蘭子がピッチャーやれそうです。あとは俺が教えるので、あぶさんはバッティングの方、お願いします」
この後の話は、あぶさんの前では話しづらい内容だ。
だから葵は、2人っきりになれる状況を作ろうとしていた。
「やん。そうよね。このままじゃアタシお邪魔よね!もう!早く言ってよ葵ちゃん!」
なんか勘違いされている気もするが、とりあえず納得してくれたようだ。
あぶさんはスタスタとグラウンドに向けて歩き始めた。
そして、去り際に振り返って一言、経験者としての感想を言う。
「蘭子ちゃん。元甲子園球児だったアタシもビックリの投球だったわ。自信持っていいわよ」
酒の臭いをほのかに残しながら、その大きな背中はブルペンを去って行った。
(今……、元甲子園球児って言ったよな……。あぶさん……)
あぶさんが万能だった理由が判明したところで、全てが腑に落ちた葵だった。
どうしてオネエになったのかは謎なままだが……。
「あおい。なんかあぶさんがちょっとカッコよく見えたぞ。なんでだ?」
「奇遇だな。俺もそう思ってた所だ」
2人はグラウンドに向かって行く背中を見つめて、改めてタカヤが連れてきた助っ人の偉大さに感謝していた。
「……それでだ。蘭子」
2人っきりになったところで、葵は本題を切り出した。
「さっきの投球について確認だが、1球目は素で、2球目以降は風術で間違いないな?」
「そうだ。たまにこの力を見せないと、みんな忘れるだろ?」
蘭子はお泊まり会で言っていたことと同じようなことを言う。
「……だからその件はいい。正直に答えてくれ。あの風術は、お前の全力か?」
葵の真剣な顔を見て、蘭子はふざけるのを止めて答える。
「そうだな……。わたしの力ではあれが限界だ。でも、葵がダメって言うなら、もう使わないから安心しろ」
蘭子は風術を使ったことについて咎められると思い、苦笑いで返した。
しかし、葵から返ってきた言葉は、思いもよらない言葉だった。
「いや。ダメじゃない。むしろどんどん使ってくれ」
葵は、何かを企んでいるような顔をしている。
「ん?どういうことだ?」
話が見えない蘭子は葵に説明を求めた。
「これは俺の曲者としてのやり方だ。まず、今から蘭子と俺にしかわからないサインを決める。風術は俺のサインに合わせて使ってくれ」
葵には秘策があった。
野球部に対抗する為の、愉快で楽しい作戦が。
(ズルい?……いや、これが多分ウインドーズ9のやり方だ)
その作戦を、内緒話のように蘭子に説明する。
蘭子は話を聞きながらウンウンと頷いて、愉快そうな表情を浮かべている。
「しっしっしー。お主も悪よのぅ」
そして、お姫様のくせに悪代官のような台詞で作戦にのった。
「いいや。言っただろ?俺は曲者だ」
2人はニヤリと笑いあうと、グローブ同士でタッチをして投球練習に戻った。
グラウンドでは金属バットの快音が響いている。
あっちも順調に仕上がっているようだ。
(見てろよ野球部。見てろよヒロシ。俺の常識なった非常識を見せてやる)
葵はマウンドに向けて再びキャッチャーミットを構えた。
次話で練習編終わりです。




