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気になる蘭子は止まらない  作者: きら
野球って何だ?

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46/69

2人の秘策、2人の秘密

鉄仮面のように表情が見えにくい面。

重装歩兵のごとく守られた鋼の胸当てと膝周り。

それは、正に現代の甲冑を纏った守護騎士のようだった。


「……だれだ?」


蘭子は、突然現れた見慣れない騎士(?)に問いかける。

だが、警戒心はない。

ジト目で、半分だけ口を開けて見つめる。


「……俺だ。わかってて聞くな」


それは、キャッチャー防具に身を包んだ葵だった。

蘭子は防具を付ける様子を目の前で見ていたが、あまりの変貌ぶりに思わず聞いてしまったのだ。

だが、次第にその姿を見る目がキラキラと輝き始める。


「おおおおおお!あおい!それ、なんかすごいかっこよく見えてきたぞ!」


葵にとっては見慣れた防具だが、蘭子にとっては蘭子心をくすぐる最高の鎧に見えているらしい。

「……やっぱりキャッチャーをやるとか言わないだろうな?」

嫌な予感がした葵は、念の為に蘭子に尋ねた。

「いや。わたしはそういうのを身につけるのはちょっとな……。それに、これはあおいの仕事だ。わたしの球は、あおいに受けて欲しい」

「ふっ、そっか。わかりました。お姫様」

いつものように冗談が返ってくると思って面食らった葵は、蘭子の本音を聞いて思わず笑みがこぼれた。


「ちょっとヤダー!なんかアタシ場違いみたいじゃなーい!」

2人のやり取りを隣で聞いていたあぶさんは、自分の胸を抱きながらクネクネと悶えている。

「そんなことないんで、早く蘭子連れてマウンドに行ってください」


3人は今、グラウンドの隅に作られたブルペンに居た。

あまり管理されてないせいか、雑草混じりの芝生が広がり、マウンドの上はピッチャーの足がかかる部分だけ土が覗いている。

葵の居る場所は、ボロボロになったホームベースが雑草の隙間からこんにちわしている状態だ。

しかし、ここはブルペンなのである。

つまり、ピッチャーの投球練習が出来れば問題ないわけで、こんな状態でもピッチャーが投げられる環境になっているので不満はなかった。

だが、野球では頼りになりそうなのに、いちいち余計な事を言う酔っ払いのオカマに、葵は不満そうにため息をつきながらグラウンドを見つめる。

他のチームメイト達は、ラミーちゃん指導の元、バッティング練習を始めている。

蘭子の投球練習に付き合う代わりに、葵がラミーちゃんに任せたのだ。

バッティングの天才だったレジェンドが教えるのだから、心配はいらないだろう。


マウンドに視線を戻すと、あぶさんが自ら動いて、スローモーション動作で投球フォームを教えていた。

それを隣で蘭子が真似している。

表情は真剣だ。


「ちょっと!葵ちゃん!今からアタシが見本で投げるから受けてもらえる?」

マウンドからあぶさんのダンディーな声が響いた。

どうやら、大きな声を出す時はダンディーになるらしい。

「は、はい!わかりました!遠慮なく投げてください!」

慌ててホームベースの後ろにしゃがみ込むと、蘭子はマウンドから少し離れてあぶさんの動きを観察し始めた。


「それじゃあ、いくわよ!」

あぶさんはそう言うと腕を振りかぶった。

そして、綺麗なフォームで投げる。


シュッ!


ドスーン!


「いってぇ……」

想像していたよりも豪速球で重い球を掴んだ葵は、手のひらに伝わった衝撃を誤魔化そうと、キャッチャーミットをつけたままプラプラと手を揺らしていた。

(ちょっとストライクゾーンから外れたけど、今のは130kmぐらい出てるぞ……。ほんと、何者だよあの人)

経験者にしては万能過ぎるあぶさんに疑問を感じながら、ボールをマウンドに戻す。


次はどうやら蘭子が投げるようだ。

マウンドに立った蘭子の横であぶさんが見守る中、葵は再びしゃがみ込んでキャッチャーミットを構えた。

そして、あぶさんと同じように腕を振りかぶる。

高く上げた足を思いっきり踏み込み、体を捻りながら思いっきり腕を振る。

初めて投げるとは思えないほど、綺麗なフォームだった。


シュッ!


パスン!


ボールは、葵が構えたミットに吸い込まれるように消えていった。

ど真ん中のストライクだ!

(球速は100km前後ってとこか。でも、コントロールと球のキレは良かったな。偶然かもしれないけど……)

「ちょっと!凄いじゃない蘭子ちゃん!めっちゃいい球だったわよ!」

葵が感じていた通り、あぶさんも蘭子の投球を絶賛していた。

「蘭子!今の凄く良かったぞ!初めてにしちゃ出来過ぎなぐらいだ!この調子で、続けてどんどん投げてみてくれ!」

葵はそう言って、蘭子にボールを返した。


だが、2人に褒められた蘭子は少し調子に乗り始めたようだ。

「いや、今のは球が遅かった。もっと、あぶさんと同じくらいの球を投げたい」

ぶつぶつと独り言を呟くと、再び投球動作に入る。

フォームは先程と同じで完璧だ。


シュッ!


ズバーン!


(……は?)

先程と同じく、構えたミットに吸い込まれる素晴らしい球だった。

しかし、1球目と明らかに違うのはその球速だ。

(今の130kmくらい出てたぞ……)

あぶさんのように重くはないが、糸を引くような気持ちいいストレートだった。

そのあぶさんは、驚きのあまり、目を見開いて何も言えないでいる。


続いて3球目。

今度は投げた瞬間にフワリと球が浮いた。

そして緩く斜めに弧を描きながら、葵のミットに収まる。

今のは変化球だ。

それも、バッターのタイミングを惑わす緩いカーブだった。

「……」

葵が何も言わずにボールを返すと、蘭子はすぐに次の投球動作に入った。

投げたボールは、またしても緩い球だ。

そして、ホームベースの手前でユラユラと不規則に揺れると、力なく失速しながら下方向へと軌道を変えた。

ナックルボールのような変化球だ。


地面スレスレに落ちてきた球を掴んだ葵は、今度は投げ返さず、立ち上がってマウンドに向かった。

あぶさんはすでにパニックを起こしているようで、「ヤダっ!何?ヤダっ!何なの?」と、壊れた目覚まし時計のように同じ言葉を繰り返している。

その横で、ご機嫌で楽しそうな蘭子がはしゃいでいた。

「あおい!凄かっただろ!」

「……こらっ」

そんな蘭子の元へ辿り着いた葵は、キャッチャーミットで蘭子の頭をポンと叩いた。

「って!」

上目遣いで叩かれた頭を見る蘭子だが、その表情はイタズラがバレた子供のような顔をしていた。

「お前……、2球目から風術使ってただろ?」

葵にはお見通しだったのである。

1球目の球は、きっと普通の状態だったのだろう。

だが、2球目以降は受けてわかる不自然さがあった。

「ふっふっふー。さすが曲者のあおい。バレてしまっては仕方がない」

蘭子も隠す必要がないと思っているらしく、潔く真相を認めている。

「あのなぁ……」

ハァーっと深いため息を吐く葵は、少し考えた後、混乱しているあぶさんに向かって言った。

「あぶさん、コーチどうもありがとうございました。お陰様で、蘭子がピッチャーやれそうです。あとは俺が教えるので、あぶさんはバッティングの方、お願いします」

この後の話は、あぶさんの前では話しづらい内容だ。

だから葵は、2人っきりになれる状況を作ろうとしていた。

「やん。そうよね。このままじゃアタシお邪魔よね!もう!早く言ってよ葵ちゃん!」

なんか勘違いされている気もするが、とりあえず納得してくれたようだ。

あぶさんはスタスタとグラウンドに向けて歩き始めた。

そして、去り際に振り返って一言、経験者としての感想を言う。


「蘭子ちゃん。元甲子園球児だったアタシもビックリの投球だったわ。自信持っていいわよ」


酒の臭いをほのかに残しながら、その大きな背中はブルペンを去って行った。

 

(今……、元甲子園球児って言ったよな……。あぶさん……)

あぶさんが万能だった理由が判明したところで、全てが腑に落ちた葵だった。

どうしてオネエになったのかは謎なままだが……。


「あおい。なんかあぶさんがちょっとカッコよく見えたぞ。なんでだ?」


「奇遇だな。俺もそう思ってた所だ」


2人はグラウンドに向かって行く背中を見つめて、改めてタカヤが連れてきた助っ人の偉大さに感謝していた。



「……それでだ。蘭子」

2人っきりになったところで、葵は本題を切り出した。

「さっきの投球について確認だが、1球目は素で、2球目以降は風術で間違いないな?」

「そうだ。たまにこの力を見せないと、みんな忘れるだろ?」

蘭子はお泊まり会で言っていたことと同じようなことを言う。

「……だからその(くだり)はいい。正直に答えてくれ。あの風術は、お前の全力か?」

葵の真剣な顔を見て、蘭子はふざけるのを止めて答える。

「そうだな……。わたしの力ではあれが限界だ。でも、葵がダメって言うなら、もう使わないから安心しろ」

蘭子は風術を使ったことについて咎められると思い、苦笑いで返した。

しかし、葵から返ってきた言葉は、思いもよらない言葉だった。

「いや。ダメじゃない。むしろどんどん使ってくれ」

葵は、何かを企んでいるような顔をしている。

「ん?どういうことだ?」

話が見えない蘭子は葵に説明を求めた。

「これは俺の曲者としてのやり方だ。まず、今から蘭子と俺にしかわからないサインを決める。風術は俺のサインに合わせて使ってくれ」


葵には秘策があった。

野球部に対抗する為の、愉快で楽しい作戦が。

(ズルい?……いや、これが多分ウインドーズ9のやり方だ)


その作戦を、内緒話のように蘭子に説明する。

蘭子は話を聞きながらウンウンと頷いて、愉快そうな表情を浮かべている。

「しっしっしー。お主も悪よのぅ」

そして、お姫様のくせに悪代官のような台詞で作戦にのった。


「いいや。言っただろ?俺は曲者だ」


2人はニヤリと笑いあうと、グローブ同士でタッチをして投球練習に戻った。

グラウンドでは金属バットの快音が響いている。

あっちも順調に仕上がっているようだ。


(見てろよ野球部。見てろよヒロシ。俺の常識なった非常識を見せてやる)


葵はマウンドに向けて再びキャッチャーミットを構えた。

次話で練習編終わりです。

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